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スピリット・オブ・ランゲージ
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喉元に僅かに食い込んだ男の爪から、男の体温が伝わる。身体を焼かれながらも、潮風に晒されたその指先は冷たく生気を感じさせない。だがそれももう時間の問題。
冷たい指先から火花が散り始める。ウォルターの能力をここまでまじかに感じるのは初めてだ。熱く沸る熱気を冷ますような潮風の中に、時折熱を感じる。
それまで苦痛に歪んでいた男の顔は、この場の気温からは想像もできない程の量の汗をかきながら、勝利が確信したかのような笑みを浮かべている。喉に刺さる爪が、僅かにロバーツの身体に吸い込まれる。
死線を超える瀬戸際というのは、こうも時の流れを遅く感じるものなのだろうか。全身の感覚が研ぎ澄まされ、匂いや温度、痛みなどが通常の数倍はあるかのように感じる。
上下の歯を強く噛み締めながら、握る刃物を男に突き立てようと全身の力を乗せるが、互いの力は均衡している。万全の状態のウォルターであったのなら、こうはいかなかっただろう。
ウォルターを動きを封じ苦しめるアンスティスの調合した薬品に感謝しなければ。後は己の力で、この男を超えるしかない。
デイヴィスは殺すなと言っていたが、やはりこの男だけは許すことが出来ない。その顔を目の前にして、ロバーツの中に芽生えた復讐心が、ウォルターの背を焼く業火のように燃え上がる。
「よくもデイヴィスをッ・・・。お前は必ず殺してやるッ!“その炎に焼かれ、全身の力を奪われろッ!“」
「・・・? そうか、ロバーツ。お前の武器は、その“言葉“だったのか。だが残念だったな。お前の言うその炎で、お前の言葉に意識を持っていかれることはないッ!万策尽きたのはお前の方なんだよッ!ロバーツッ!!」
男の瞳にドス黒い光が見えたロバーツ。トドメを刺すならここだという、強い意志を感じる。それと同時に、ウォルターを焼く炎のように熱く燃え滾る熱が、ロバーツの喉に駆け巡る。
その瞬間、ウォルターの顔の近くで薄いガラスで作られた容器が割れるような音がした。中に入っていたものだろうか、液体が跳ねて僅かにウォルターの顔に付着する。
咄嗟に目を瞑ったウォルター。何の液体か分からなかったが、すぐにそれが自身の身体に悪影響を与えるものだと分かった。付着した箇所が、まるで火山から噴き出すマグマにでも触れたかのように熱くなる。
「ぅああああ“あ“あ“ッ!!」
男の顔を焼いたのは、酸だった。激痛に暴れ、ロバーツの首から手を離し、刃物を向けるロバーツの腕を振り払い、転げ回る。思わず飛び退き、ウォルターの苦しむ様子をただ呆然と眺め立ち尽くすロバーツ。
同時に、彼らを乗せた船が大きな物音と共に大きく揺れた。緊張の糸がとぎれたかのように気の抜けたロバーツは、バランスを崩し甲板の端まで飛ばされ、縁にもたれ掛かる。
何事かと周囲を見渡すと、彼らの乗る船に突き刺さるようにして、フィリップスの海賊旗を掲げた船が衝突していた。
あと一歩のところで、ウォルターを救助しに来た裏切り者達が到着してしまったのだ。大きく響き渡る海賊達の声と共に、大勢の武器を持った船員達が雪崩のように乗り込んでくる。
満身創痍のロバーツには、大勢の海賊達を相手にすることはおろか、追い詰めたウォルターを捕まえることすら叶わない。駆け寄って来た海賊達がウォルターの身体に付き纏う炎を消し、男の身体を引き上げる。
そして、後を追わせぬよう幾人もの海賊達が壁のようにロバーツの前に立ちはだかる。遠のいて行くウォルターの背中を、取りこぼした栄光のように眺めるロバーツ。
デイヴィスは望みを叶えられず、その上目の前で大事な人を失ったというのに、この男は望みを叶え、代償なしにその場を去ろうというのか。積み上げて来たものが崩れ去ったように唖然としていたロバーツの思考を、ウォルターに対する憎悪が突き動かす。
このまま逃してなるものか。
ロバーツの中に、最早デイヴィスとの約束はなかった。彼が危惧していたように、憎悪は更なる憎悪を呼び、悲劇を招く。今のロバーツはまさにそれを体現しようとしていた。
無謀だと分かっていても、その足は前に進む。生存という光に逃げていくウォルターの背を追いかけようと、足元に残った残炎を蹴散らし、裏切り者達の前に身を投じる。
「逃がすかよ・・・。そこを退けッ!“俺の前から消え失せろッ!!“」
ウォルターが燃え盛る生死の境で見破ったロバーツの能力。それは言葉で対象を操る言霊の力。スピリット・オブ・ランゲージというものだった。彼の言葉を受け、立ちはだかっていた海賊達が一斉に海へと投げ出される。
しかし、ロバーツもまた膝をつきその歩みを止めてしまう。大きな力の代償もまた大きい。そもそものクールタイムが長い上に、多くの対象へ向けて放てば、それだけ一辺に代償もやって来る。ウォルターを逃したくない一心で、そんなことまで意識が回らなかったロバーツ。
第一波を退けたところで、後に続く海賊はまだまだいる。それでも身体を前に進めようと、折れる膝を無理矢理起こし立ち上がる。そして海に投げ出された者達の後に続き、次なる壁がロバーツを襲おうとしたところで、彼の身体は何かに引っ張られるようにして、後ろへと飛ばされた。
「ッ・・・!?」
ウォルターを逃すまいと奮闘したロバーツに身体を労り、後退させたのはアンスティスだった。入れ違うようにしてすれ違う彼は、ロバーツへ決意に満ちた視線を送りながら、その瞳はどこか寂しそうでもあった。
まるで、これで最期だと言わんばかりの目。ロバーツはそれを、僅か数分前にも目撃している。デイヴィスだ。死に際にロバーツを送り出した彼もまた、今のアンスティスと同じ目をしていた。
それは命を諦めた目ではない。決意を固めた目だ。決して負けに行くのではない。ましてや犠牲になるつもりもない。己が役目を果たすのだという、強い眼差し。
しかし、ロバーツはその目にいい思い入れがない。嫌な予感は拭えない。海賊達に救助され連れて行かれたウォルターを見送ったのと同様に、同じくデイヴィスを慕っていた友、アンスティスをも何も出来ないまま送り出してしまった。
「アンスティスッ・・・!!」
「アレは僕が解き放ってしまった怪物だ・・・。ケジメは僕がつけるよ。ありがとう、ロバーツ・・・」
最後の言葉を言い残し、アンスティスはウォルターが運ばれた船へと飛び込んで行った。その直後、船は後退し始め距離を空け始めた。ウォルターの乗船を確認した海賊が舵を切り、逃走を図ろうと旋回し始める。
まだ今なら飛び乗れる。軋む身体に鞭を打ち立ち上がるロバーツ。だが、そんな彼にトドメを刺そうと、殿を務める海賊達が斬りかかる。すると、床から石柱が飛び出し、海賊達を海へ突き飛ばした。
「もうよせ。アンタは仲間の元へ戻りな・・・」
「まだだッ!俺をあの船まで飛ばしてくれッ!まだ俺はッ・・・!」
「アンタが成そうとしているのは、自身の望みか?それとも死者の遺言か?」
その言葉を聞いて、ロバーツはデイヴィスに言われた言葉を思い出し、我に帰る。デイヴィスは復讐を望んでいない。彼がロバーツに頼んだのは、アンスティスを止めることと、ウォルターを許すことだった。
「俺の故郷では、生者の最期の遺言ってのは何よりも優先されるべきものだ。少なくとも、その器がこの世に止まっている内はな・・・」
「しかしアンスティスが・・・。アイツを連れ戻すこともデイヴィスから頼まれた・・・」
「アイツはその者の最期の言葉を聞けなかった、違うか?アイツはアイツなりに、その最期を見て感じたこと、決意したことを成そうとしている。それは死者の言葉ではなく、アイツ自身の固い意志だ。アイツは俺にお前を頼むと言った。だから俺も、アイツの意地を通させてもらうぜ」
アンスティスは、ロバーツと同じ復讐心に駆られながらも、仲間のことを気遣っていたのだ。それなのに自分はと、ロバーツは自らの浅はかな行いを悔いて、尚更身体を動かすことが出来なかった。
冷たい指先から火花が散り始める。ウォルターの能力をここまでまじかに感じるのは初めてだ。熱く沸る熱気を冷ますような潮風の中に、時折熱を感じる。
それまで苦痛に歪んでいた男の顔は、この場の気温からは想像もできない程の量の汗をかきながら、勝利が確信したかのような笑みを浮かべている。喉に刺さる爪が、僅かにロバーツの身体に吸い込まれる。
死線を超える瀬戸際というのは、こうも時の流れを遅く感じるものなのだろうか。全身の感覚が研ぎ澄まされ、匂いや温度、痛みなどが通常の数倍はあるかのように感じる。
上下の歯を強く噛み締めながら、握る刃物を男に突き立てようと全身の力を乗せるが、互いの力は均衡している。万全の状態のウォルターであったのなら、こうはいかなかっただろう。
ウォルターを動きを封じ苦しめるアンスティスの調合した薬品に感謝しなければ。後は己の力で、この男を超えるしかない。
デイヴィスは殺すなと言っていたが、やはりこの男だけは許すことが出来ない。その顔を目の前にして、ロバーツの中に芽生えた復讐心が、ウォルターの背を焼く業火のように燃え上がる。
「よくもデイヴィスをッ・・・。お前は必ず殺してやるッ!“その炎に焼かれ、全身の力を奪われろッ!“」
「・・・? そうか、ロバーツ。お前の武器は、その“言葉“だったのか。だが残念だったな。お前の言うその炎で、お前の言葉に意識を持っていかれることはないッ!万策尽きたのはお前の方なんだよッ!ロバーツッ!!」
男の瞳にドス黒い光が見えたロバーツ。トドメを刺すならここだという、強い意志を感じる。それと同時に、ウォルターを焼く炎のように熱く燃え滾る熱が、ロバーツの喉に駆け巡る。
その瞬間、ウォルターの顔の近くで薄いガラスで作られた容器が割れるような音がした。中に入っていたものだろうか、液体が跳ねて僅かにウォルターの顔に付着する。
咄嗟に目を瞑ったウォルター。何の液体か分からなかったが、すぐにそれが自身の身体に悪影響を与えるものだと分かった。付着した箇所が、まるで火山から噴き出すマグマにでも触れたかのように熱くなる。
「ぅああああ“あ“あ“ッ!!」
男の顔を焼いたのは、酸だった。激痛に暴れ、ロバーツの首から手を離し、刃物を向けるロバーツの腕を振り払い、転げ回る。思わず飛び退き、ウォルターの苦しむ様子をただ呆然と眺め立ち尽くすロバーツ。
同時に、彼らを乗せた船が大きな物音と共に大きく揺れた。緊張の糸がとぎれたかのように気の抜けたロバーツは、バランスを崩し甲板の端まで飛ばされ、縁にもたれ掛かる。
何事かと周囲を見渡すと、彼らの乗る船に突き刺さるようにして、フィリップスの海賊旗を掲げた船が衝突していた。
あと一歩のところで、ウォルターを救助しに来た裏切り者達が到着してしまったのだ。大きく響き渡る海賊達の声と共に、大勢の武器を持った船員達が雪崩のように乗り込んでくる。
満身創痍のロバーツには、大勢の海賊達を相手にすることはおろか、追い詰めたウォルターを捕まえることすら叶わない。駆け寄って来た海賊達がウォルターの身体に付き纏う炎を消し、男の身体を引き上げる。
そして、後を追わせぬよう幾人もの海賊達が壁のようにロバーツの前に立ちはだかる。遠のいて行くウォルターの背中を、取りこぼした栄光のように眺めるロバーツ。
デイヴィスは望みを叶えられず、その上目の前で大事な人を失ったというのに、この男は望みを叶え、代償なしにその場を去ろうというのか。積み上げて来たものが崩れ去ったように唖然としていたロバーツの思考を、ウォルターに対する憎悪が突き動かす。
このまま逃してなるものか。
ロバーツの中に、最早デイヴィスとの約束はなかった。彼が危惧していたように、憎悪は更なる憎悪を呼び、悲劇を招く。今のロバーツはまさにそれを体現しようとしていた。
無謀だと分かっていても、その足は前に進む。生存という光に逃げていくウォルターの背を追いかけようと、足元に残った残炎を蹴散らし、裏切り者達の前に身を投じる。
「逃がすかよ・・・。そこを退けッ!“俺の前から消え失せろッ!!“」
ウォルターが燃え盛る生死の境で見破ったロバーツの能力。それは言葉で対象を操る言霊の力。スピリット・オブ・ランゲージというものだった。彼の言葉を受け、立ちはだかっていた海賊達が一斉に海へと投げ出される。
しかし、ロバーツもまた膝をつきその歩みを止めてしまう。大きな力の代償もまた大きい。そもそものクールタイムが長い上に、多くの対象へ向けて放てば、それだけ一辺に代償もやって来る。ウォルターを逃したくない一心で、そんなことまで意識が回らなかったロバーツ。
第一波を退けたところで、後に続く海賊はまだまだいる。それでも身体を前に進めようと、折れる膝を無理矢理起こし立ち上がる。そして海に投げ出された者達の後に続き、次なる壁がロバーツを襲おうとしたところで、彼の身体は何かに引っ張られるようにして、後ろへと飛ばされた。
「ッ・・・!?」
ウォルターを逃すまいと奮闘したロバーツに身体を労り、後退させたのはアンスティスだった。入れ違うようにしてすれ違う彼は、ロバーツへ決意に満ちた視線を送りながら、その瞳はどこか寂しそうでもあった。
まるで、これで最期だと言わんばかりの目。ロバーツはそれを、僅か数分前にも目撃している。デイヴィスだ。死に際にロバーツを送り出した彼もまた、今のアンスティスと同じ目をしていた。
それは命を諦めた目ではない。決意を固めた目だ。決して負けに行くのではない。ましてや犠牲になるつもりもない。己が役目を果たすのだという、強い眼差し。
しかし、ロバーツはその目にいい思い入れがない。嫌な予感は拭えない。海賊達に救助され連れて行かれたウォルターを見送ったのと同様に、同じくデイヴィスを慕っていた友、アンスティスをも何も出来ないまま送り出してしまった。
「アンスティスッ・・・!!」
「アレは僕が解き放ってしまった怪物だ・・・。ケジメは僕がつけるよ。ありがとう、ロバーツ・・・」
最後の言葉を言い残し、アンスティスはウォルターが運ばれた船へと飛び込んで行った。その直後、船は後退し始め距離を空け始めた。ウォルターの乗船を確認した海賊が舵を切り、逃走を図ろうと旋回し始める。
まだ今なら飛び乗れる。軋む身体に鞭を打ち立ち上がるロバーツ。だが、そんな彼にトドメを刺そうと、殿を務める海賊達が斬りかかる。すると、床から石柱が飛び出し、海賊達を海へ突き飛ばした。
「もうよせ。アンタは仲間の元へ戻りな・・・」
「まだだッ!俺をあの船まで飛ばしてくれッ!まだ俺はッ・・・!」
「アンタが成そうとしているのは、自身の望みか?それとも死者の遺言か?」
その言葉を聞いて、ロバーツはデイヴィスに言われた言葉を思い出し、我に帰る。デイヴィスは復讐を望んでいない。彼がロバーツに頼んだのは、アンスティスを止めることと、ウォルターを許すことだった。
「俺の故郷では、生者の最期の遺言ってのは何よりも優先されるべきものだ。少なくとも、その器がこの世に止まっている内はな・・・」
「しかしアンスティスが・・・。アイツを連れ戻すこともデイヴィスから頼まれた・・・」
「アイツはその者の最期の言葉を聞けなかった、違うか?アイツはアイツなりに、その最期を見て感じたこと、決意したことを成そうとしている。それは死者の言葉ではなく、アイツ自身の固い意志だ。アイツは俺にお前を頼むと言った。だから俺も、アイツの意地を通させてもらうぜ」
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