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神代 コウ

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錆に侵された町

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 潮風に海賊旗を揺らしていた船が、帆を下ろし港へとやって来る。その数からそれ程大きな海賊団ではないようだ。港町である為、船を停泊させるスペースもあり、その海賊達はゆっくりと船を止め、次々に陸地へと歩みを進める。

 「さぁ、久々の飯だ!暫くはいらねぇって程食ってやるぞ、俺ぁ」

 「俺は酒だな。たらふく飲んで船にも積んで、また暫くは馬鹿騒ぎ出来そうだなぁ!」

 海賊達が我が物顔でもよりの酒場へと向かう。しかし、彼らを出迎える者はいない。異様な静けさに、先頭を歩いていた船員達が顔を見合わせ、何事かと尋ねるような視線を送り合い、頭を傾げる。

 「おい!誰かいねぇのかぁ~?」

 「客だぞ、客!とっとと酒を持って来い!」

 乱暴に席に座り、机に足を乗せて誰かが来るのを待つ。だが、店に入った時に感じたものは決して気のせいではなく、やはり酒場に人の気配はなく、彼らの元へやって来る者はいない。

 そこへ、海賊達の親方だろうか。他の者達に比べ身なりの豪勢な男が、酒場へと入ってきた。そして開口一番、彼らが不思議に思っていたことを口にする。

 「おい。誰かいたか?」

 「いやぁ?いつまで経っても、酒なんか出てきやしねぇ・・・」

 「飯もだ。その様子だと、他も同じ感じか?頭ぁ」

 船が港に到着し、船員達が次々に船を降りて町を物色していた。遅れて出てきた海賊達の頭の男は、陸地に足をつき町並みを見るなり、その物静かな様子と外に人が見当たらないことに気づく。

 店の外に陳列されている物を勝手に取り、食しながら建物を物色する海賊達。彼らは金など、初めから払う気などない。略奪を生業とする彼らは、人が見当たらないのをいいことに、好き放題していた。

 だが、どうにも彼らの欲は満たない。ここに足りないのは、やはり人の反応だ。悲鳴をあげ、怖がる様が彼らの略奪意欲に火をつける。しかし、この港町にはそれが無い。

 すると、外から海賊達の頭の男を呼ぶ声がした。酒場の様子を確認した頭の男は、まだ最初の家屋に入ったばかりなところを呼び出され、振り回されることを危惧したのか、重い足取りで広場へと向かう。

 「どうするよ?」

 「奥の方でも見てみるか。何か食いモンくらいあるだろぉ?」

 頭の男が店を後にし、残された彼らも店内を物色し始める。椅子や机、家屋に置かれた物を蹴ってどかし、どこかに居るはずの住人を探す。

 呼び出された頭の男は、声のする方へ向かう。どうやらそこは民家のようだ。金品を強奪しようと押し入った他の目に入る船員が、先程の酒場とは違いとあるものを見つけたようだ。

 それは彼らが探し求めていたもの。海賊達が押し入ろうと、全く動く気配もなく動じない。それどころか、身体を動かすことすら困難な様子の、町の住人のようだ。

 「見てくれ・・・。ずっとこうして、呻き声をあげるだけで話にならねぇ・・・」

 先に入っていた船員が、状況を頭の男へ報告する。どうやら民家に入ったこの船員の男は、物を物色し奥の部屋に入ると、敷かれた布団の上で横たわる住人と思しき人物を発見する。

 家にある金目の物を脅し取ろうと思っていた船員だったが、あまりにも奇妙な姿で横たわる住人を見て、背筋を巨大な獣に舐められたかのようにゾッとした。

 衣類から顔を出すその素肌は、赤茶色に変色し、鉄などによく見られる錆と同じようなものに、身体中を覆われているようだったのだ。喉元からも錆の侵食が激しく、顔の半分ほど錆に侵されながらも、かろうじて呼吸だけは出来ていると言った状態だった。

 何か未知の病気か呪いだろうか。頭の男は、そこに横たわる住人の衣類を脱がせるよう、船員の男に言う。何が起こるか分からないと、住人に触れぬよう剣先で毛布を剥がさせ、上に着たものを肌けさせる。

 すると、その住人の身体は他の箇所と同じように全身を錆に覆われ、痛々しくボロボロとその変色した肌を削り落としていた。それを見た船員の男が、眉を潜ませ小さな悲鳴をあげる。

 無理もない。大凡想像も出来ぬ病に侵され、見たこともない症状に驚きを隠せない。鉄が錆てボロボロになる様子は、別段不思議な光景でもない。斯くいう彼らも、船の上ではよく見て来たものだ。

 海の上を生業とする彼らならば尚更だ。潮風により、陸地よりも錆る量が多く、悩みの種の一つでもあった。それこそ、ただそれだけの為に船員の誰かを、錬金術師のクラスにクラスチェンジさせてしまいたい程に。

 「何だこりゃぁ・・・。見たこともねぇ姿だな。おい、アンタ。これは一体どういう事だ?何があった?」

 「ぁ・・・ぅあ・・・ぁぁ・・・」

 まるで、人の言葉を話そうとする獣のような呻き声だ。返事のない住人を前に、頭の男が横たわる住人の指を見て、僅かに足で小突いてみる。すると指は崩れ去り、原型を留めない錆の粉へと変わってっしまった。

 空かさず住人の表情を伺う。だがどうやら、自分の指が粉々になったことに気づいていないのか、全く反応を示さなかった。

 「痛みもねぇのか・・・。ったく、面倒な町に行き着いちまったようだな。おい、金目の物だけかっぱらって、とっととズラかるぞ」

 「あぁ、こんな訳の分からねぇモンには、関わらねぇのが一番だ」

 指示を出して外へと出る頭の男。丁度そこへ、別の船員の男が駆け寄ってきて、先程家屋で見た奇妙な状態の住人と同じ住人を発見したという報告が入る。港町に人が見当たらなかった理由が、徐々に浮き彫りになってきた。

 どうやらこの町は、謎の現象に侵され、そのほとんどの住人が錆の塊となり身動きのとれぬ状態に陥り、餓死や呼吸機能の停止により死んでいっているということだ。

 「頭ぁ!人は見つけたんだがよぉ・・・。それが・・・」

 「人が錆びてるってか?」

 「!? どうしてそれを・・・」

 「ここの奴もそうだった。何にしろ、関わらねぇことだ。金目の物だけ船に積んで、とっととこんなところから離れるぞ」

 病気や呪いの類であれば、他の者へと広がっていかないとも限らない。出来るだけ関わることなく、ことなきを得ようとしていた海賊達であったが、それは突然の叫び声で一変する。

 「ぅあああああッ!!」

 話をしていた海賊の頭と船員が、急ぎ声のする方へと向かい、その家屋へと入る。するとそこには、ここの住人達と同じような症状に侵された船員の姿があった。

 危惧していたことが早速起きてしまった。一人同じ症状に見舞われたとあらば、他の者達もその症状に侵されるということだ。どのような条件で発症するのかは分からない。

 今できることと言えば、出来るだけ錆の症状にやられた人に近づかないことだけだ。

 「おいッ!物色はもうやめだ!とっととズラかるぞッ!!」

 大声で港町に散らばった船員達に指示を出す頭の男。すると、町から少し離れた小さな家屋から、船員の一人が頭の男へ向けて返事を返してくる。

 「頭ぁッ!人だ!話の出来る人がいるぅッ!!」

 「あぁ?何だとぉ・・・?」

 町の静けさから、この町は錆によって侵され壊滅したとばかり思っていた。余所者である海賊達にも、その症状は現れた。こんなにも僅かな時の中で伝染する現象の中で、会話のできる者がいるなど想像もしていなかった。
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