World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
738 / 1,646

現実への被害

しおりを挟む
 路上に残された血痕とガラスの破片を頼りに、シンは逃げ出した奇形のモンスターを追跡する。

 外は依然として騒がしく、街全体を飲み込んだ停電に乗じて各地で発生している事件や事故に、大勢の警察組織が動いているようだ。あちらこちらからサイレンの音と、赤いランプで路地裏まで照らされる。

 上空には普段以上に多くの警備ドローンが飛んでおり、搭載されたカメラが真っ暗な街並みの中、外出している人間達の顔を伺うように飛び回っている。

 ふと、建物の方を振り返ったシンは、破壊された建物を見て警備ドローンがどのような反応をするのか気になった。だがそこには、それまでの争いがまるで夢幻かのように、綺麗に建物が元に戻っていたのだ。

 そこでシンは、高速道路での戦いの時に朱影らに説明されたことを思い出す。

 現実世界に確かに存在する建物や人間は、シンやアサシンギルドの面々が見ている光景とは似て非なるもの。

 端的にいうと、異世界の者達が見ている光景はいくら破壊されようと、時間の経過と共に元の状態へと修復される。その際、破壊されたものは現実世界の者達には壊れたように見えないし、音や匂いもなく瓦礫などに触れることも無い。

 逆に現実世界のものが壊れると、異世界の者達が見ている光景でも同じく破壊される。つまり、現実世界のものが基準となっており、異世界の者達が破壊したものは、基準の世界に現時点で存在している状態に修復される。

 しかし、例外として“命あるもの“はその範疇にないらしい。

 例えれば、高速道路で朱影がバイクを強奪した際に乗っていた、弥上奨志という現実世界に生きる人物。彼は朱影によってバイクから落とされたが、現実には事故で落ちた事になっている。

 仮にあの時、朱影が彼を殺していたら、恐らく彼は現実の世界でも死んでしまっていたことになる。瑜那と宵命が街で襲われる者達を助けていた際、モンスターに殺された人物は、現実の世界では失踪事件として処理されている。

 要は、命の無いものは修復され、命あるものは何らかの形で現実世界に反映されてしまうということなのだろう。

 何となくだが、今自身が置かれている現状を把握したシンは、戦闘による建物や物の損壊を気にする必要はないことを理解する。逆に気をつけるべきは、生き物の扱いということだ。

 別に正義感があった訳ではない。ただ、被害者が出ることで自分達の首を絞める事になることを危惧していたシンは、奇形のモンスターが被害者を出す前に何とかしなければと、足を早める。

 すると早速、大通りの方で大きな物音が聞こえてきた。シンはすぐさま音のした方へ向かうと、そこには先ほど逃げ出した奇形のモンスターの姿があった。

 何故あんな目立つ道路上で止まっているのか違和感を覚えたが、まずは拘束し人目につかないところへ運ばなくてはと、影を操り拘束するスキルを放とうとした。

 だが、僅かにモンスターの足の間から見えた向こう側に、彼の危惧していたものがあるのが目に入る。

 そこにいたのは、奇形のモンスターの前で立ち尽くす一人の女性だった。

 姿からして十代後半から二十代前半といった、パンクファッションをした髪の長い女性が、俯いたまま棒立ちの状態で立ち尽くしている。

 目の前のモンスターが見えていないのか。それともあり得ないものを目にして呆然としてしまっているのか。

 何にせよ、面倒が起こる前に彼女を助けようとするも、あれだけモンスターと近距離にいては、シンのスキルでは間に合わない。

 「何してんだ!逃げろぉッ!!」

 「・・・・・」

 彼女からの返事はない。だが僅かに、こちらを向いたような気がした。しかしその表情は、垂れた前髪によって伺うことはできない。

 シンの声に触発されたのか、奇形のモンスターはそれまで動かなかったものの、突如として動き出し大きな前足で、正面に立ち尽くす女を薙ぎ払おうとした。

 「仲間・・・同じ・・・世界・・・食べる・・・人に・・・」

 「余計なことすんなよッ・・・ったく!」

 彼女の救出は間に合わない。だができる限り被害を小さく収めようと、シンは周囲の影を伸ばし、奇形のモンスターに向かって伸ばす。

 その巨体で前は確認できないが、振われたモンスターの前足は勢いよく前方を薙ぎ払うと、彼女が立っていた位置に差し掛かったところで、凄まじい血飛沫が飛び散った。

 何か黒いものがその場から吹き飛び、遠くのビルに激突したのが見えた。ガラスが弾け飛び、建物を大きく損壊しながら土煙をあげているのが窺える。しかし建物の損壊は、時間と共に修復される筈。

 シンは気にすることなく、奇形のモンスターの影に自身のスキルで伸ばした周囲の影を結びつける。モンスターの動きはピタリと止まったが、その巨体をどこへ運んだものかと悩んでいた。

 拘束に成功したシンは、モンスターの背後からホッとした様子でゆっくり近づく。モンスターの正面からは、人の血液によく似た赤黒い液体をドロドロと溢しているのが見える。

 「まさか・・・死体なんか残ってねぇよな・・・?」

 シンの心配も虚しく、モンスターの身体の隙間から先程の女の足が見えた。まだそこに立っているかのように、棒立ちの状態で道路に立ててある。

 あれだけの勢いで薙ぎ払われたのだ。足だけを残し、その上は破壊されたビルまで吹き飛んで行ってしまったのだろう。

 グロテスクな場面を想像してしまい、眉を潜ませ目をギュッと閉じるシン。大きな溜息と共に、ゆっくりとその凄惨な現場を確認しよう、恐る恐る目を開ける。

 だがそこには、彼の想像していた光景とは全く別の、凄惨な光景が広がっていた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―

山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。 Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。 最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!? ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。 はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切) 1話約1000文字です 01章――バトル無し・下準備回 02章――冒険の始まり・死に続ける 03章――『超越者』・騎士の国へ 04章――森の守護獣・イベント参加 05章――ダンジョン・未知との遭遇 06章──仙人の街・帝国の進撃 07章──強さを求めて・錬金の王 08章──魔族の侵略・魔王との邂逅 09章──匠天の証明・眠る機械龍 10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女 11章──アンヤク・封じられし人形 12章──獣人の都・蔓延る闘争 13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者 14章──天の集い・北の果て 15章──刀の王様・眠れる妖精 16章──腕輪祭り・悪鬼騒動 17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕 18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王 19章──剋服の試練・ギルド問題 20章──五州騒動・迷宮イベント 21章──VS戦乙女・就職活動 22章──休日開放・家族冒険 23章──千■万■・■■の主(予定) タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

【完結】デスペナのないVRMMOで一度も死ななかった生産職のボクは最強になりました。

鳥山正人
ファンタジー
デスペナのないフルダイブ型VRMMOゲームで一度も死ななかったボク、三上ハヤトがノーデスボーナスを授かり最強になる物語。 鍛冶スキルや錬金スキルを使っていく、まったり系生産職のお話です。 まったり更新でやっていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過しました。 ──────── 自筆です。

処理中です...