World of Fantasia

言葉の意味

　ランゲージと名乗る男の追跡は続く。だが、朱影どんなに速く移動しようと、どんなに気配を消して隠れようと、決して彼から逃れることは出来なかった。

　そして同時に、もう一つ朱影を取り巻く環境で不可解な点があった。それは無意識なのか、はたまたランゲージによる何かのトラップなのか。朱影はランゲージから逃れながらも、東京のセントラルシティから出ようと動いていた筈なのに、一向に抜けることが出来ないのだ。

　迷っている訳ではなかった。ただ、何度か見たような景色を繰り返していることに、気がつき始めたのだ。

　「あぁ？どうなってやがんだ、これは・・・？俺が迷う筈ねぇ・・・。野郎、何かしやがったか？」

　ランゲージは、どこへ行こうと様々なところから現れる。直前に見た場所、聞こえた声の方向などお構いなしに。時にはビルの上から、時には先回りした路地で。

　つまり朱影は、一定の区画内を永遠と巡り巡っているのだ。彼がどんなに意識して直進しようと、眼前に現れるランゲージを押し退けて通ろうとそれは変わらない。

　まるで街の一部が迷宮になったのかと疑いたくなるほどに、朱影は彼の追跡から逃れることが出来ない。

　そして決定的だったのは、建物を登り屋上から建物を飛び回り、高所から景色を見渡すことで確実に抜け出そうと試みた時の事だ。彼が建物の間を飛び回り、セントラルシティから離れようと前進するも、周囲の景色が変わることはなかった。

　足元や周囲の建物は確かに彼の背後へと流れていく。なのに遠くの景色や、一定以上先の建物は、朱影の元へやってくることは決してなかった。

　明らかに異様な雰囲気を悟った朱影は、唖然として足を止める。すると、彼が足を止めた建物の屋上の扉が開き、一人の男が姿を現す。

　「追いかけっこはお終いか？それとも諦めてしまったのかな？」

　「・・・・・」

　何度も聞いた声が、彼の背後から聞こえてくる。もはや顔を見ずとも誰がそこにいるのか、どんな表情で朱影を眺めているのか想像がつくほどに。

　しかし、こんな奇妙な現象に見舞われながらも、朱影は男の方を振り返ることもなく、意外にも落ち着いた様子で、自身が思い付いた事実を確認していく。

　「ランゲージっていやぁ、言葉や言語って意味じゃなかったかぁ？」

　「そうだな。だが、それがどうした？」

　「テメェは俺に、“槍は当らねぇ“だの、“逃げられねぇ“だの言ってたな」

　「・・・言ったなぁ、そんな事も・・・」

　突如、朱影は槍を手に取り屋上に突き刺す。そして再び、無数の槍が飛び出しながら男の方へ向かっていく。度重なる手段に余裕を見せたのか、ランゲージは天を仰ぎ両腕を開き始めた。

　すると槍は、まるで男の身体だけを避けたかのように突き出し、結果は今までと変わらなかった。ように思われた。

　微かに感じた痛覚に目を開けたランゲージが、自身の頬に手を当て確認すると、何か鋭利なものが掠ったかのように傷が出来ており、血がじわりと滲み出していたのだ。

　「舐め腐りやがってッ・・・。わざとか！？」

　ここまで朱影を攻撃する事なく追い回したのも、何故ヒントとなるような名を名乗ったのかも、全ては男の余興に過ぎなかったのだろうか。馬鹿にされているのだと、プライドの傷ついた朱影が男に問う。

　「試したのは認めよう。そしてお前は上出来だとも言っておこう。ここまで冷静に判断の出来る男だとは思わなかった。気がついてもどうする事もできない者ばかりで、退屈していたんだよ・・・」

　頬から立てる血を拭い、ポケットから出したハンカチで手を拭き取ると、ランゲージはそれまでの目つきとは違い、獲物ではなく朱影を“敵“として認めたかのように、鋭い目つきへと変わる。

　「今更無かったことにしてくれって言ったってオセぇからな！」

　「何を言っている。後にも先にも、お前が私に傷を負わせられるのは、これが最後だ。“お前はもう、私に傷一つつけられない“のだからなッ！」

　朱影は槍で屋上の柵を切断し、それをランゲージに向けて弾き飛ばしていた。要するに自分の意思とは関係なく、間接的に攻撃を仕向けたのだった。

　男との戦闘の中で、初めての攻撃手段だったが故に外れはしたものの、僅かに掠らせることには成功した。これにより、完全に攻撃が通用しないという概念が崩れ去った。