World of Fantasia

神代 コウ

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純粋な悪

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 思わず手にしていた、誰の物とも分からぬ首を手放す天臣。鈍い音と共に、たっぷり果汁の詰まった実を落としたかのように、床を血で染め上げ転がり落ちた。

 その頭部に視線を送って初めて、シンもそれがイルのものでない事を確認する。全く見知らぬ男の首。それが床に転がっていた。一体いつの間にすり替わったのか。

 天臣が刀でその男の身体を両断するまでは、確かにイルであったことは間違いない。その証拠に、寸前までなぎさもイルを助けようとしていた。しかし最も驚いているのは、一番近くにいた天臣だろう。

 今まさに首を手放す寸前まで、彼は男から目を離してはいなかった。すり替わる時間などどこにもなかった筈。どうやってイルは、この窮地を脱したのか。そして今、イルはどこにいるのか。

 すると突然、布が破けるような音が僅かに聞こえた。シンと天臣が音のする方へ振り向く。音が聞こえて来たのは、友紀となぎさの方からだった。

 「・・・えっ・・・?」

 「・・・・・」

 なぎさを抱きとめていた友紀が、ゆっくりと手を離し後退りする。

 妙に大人しくなった二人に違和感を感じた天臣が、すぐに友紀の元へ駆けつけると、彼女の腹部が徐々に赤色へと染まっていた。

 「友紀ぃぃぃッ!!」

 糸の切れた人形のように倒れる彼女の身体を、天臣がすぐに駆け寄り床に倒れぬよう受け止めて、そっと降ろしていく。

 友紀の腹部には、刃物で突き刺されたような痕があり、今も尚出血が止まらない。

 顔を真っ青にしてその名を叫び続ける天臣。何よりも誰よりも身を案じていた友紀から、生気が失われていくのを感じ気が気ではなかった。最早イルのことなど頭から抜けてしまうほど、目の前の光景に動揺し取り乱した彼の様子は、見るに耐えないほどだった。

 シンは友紀から離れたなぎさの方を見る。するとそこには、友紀の血で染まる短剣を両手で力強く握りしめる光景があった。

 友紀を刺したのは、親友である筈のなぎさだった。

 状況が飲み込めないまま、シンはその手から短剣を取り上げようとなぎさに急接近する。すると、彼女の中から突如黒い靄と共に男のものと思われる腕が飛び出し、シンの伸ばした腕に刃を突き立てた。

 「うッ・・・!!」

 刃はシンの腕を擦り、辛うじてその一撃を避けたシンは床に転がり、すぐに身を起こしてなぎさの方を向く。

 するとそこには、呆然と短剣を持ったまま立ち尽くすなぎさの横に、姿を消していた男が四つん這いの状態で倒れていた。

 「なッ・・・どうやってすり替わった!?」

 「・・・そうか・・・。お前が俺のデータを細工し、重くしたのか・・・。おかげでこのザマだ・・・やってくれたなぁ・・・」

 イルは、自分のデータ化の情報をシンが盗み出していった事を知っていた。自分の記憶の中に介入する何者かの気配が、シンのものと一致していたこと、ステージでの戦いの時に悟っていた。

 彼を逃した事が、イルにとって最大の痛手となった。まさかデータ化したところを狙われるなど、想定していなかったからだ。

 だが、そんなウイルスによる遅延の中でも、イルは残された力で何ができるのかを蒼空との戦いの中で確認していたのだ。

 蒼空の決死の一撃を避けた際、イルはデータ化による瞬間的な移動を試みた。本来であればもっと距離も速度もあった筈だったが、間一髪のところで蒼空の攻撃範囲から抜け出す程度の距離しか移動できなかった。

 だが、ウイルス攻撃を受けた中でも移動できる距離をそこで把握し、今この場でその成果を発揮した。

 そしてイルがステージから逃げた途中で、彼は一般人を巻き込みその身体に自身のデータ化した姿を反映させ、屋上へと登って来た。

 遅延効果を受け、大幅に移動速度を下げられてはいたが、元々天臣と蒼空との戦闘で重傷を負っていたイルには関係なかった。

 どの道這いつくばるしかなかったイルは、そのまま友紀となぎさのいる元へ姿を現し説得を始める。

 そして天臣に斬られる刹那、イルは再びデータ化による移動を試み、今度は近づいてきたなぎさの身体へと飛び込んでいったのだ。

 天臣が殺したのは、イルが途中で身体を乗っ取った一般人であり、友紀を刺したのはなぎさの身体を操ったイルだった。

 限界を迎えた能力の酷使により、イルの身体はなぎさの中から追い出されてしまい、今に至る。これがイルの図った最後の奥の手だった。

 再び惨めな姿を晒すイルの横で、漸く自我を取り戻したなぎさが、自分のしてしまったことを見て、絶望し崩れ落ちる。

 「ぁぁっ・・・ぁぁぁあ“あ“あ“ッ!!」

 イルによって身体を操られていたとはいえ、道を踏み外した自分に救いの手を差し伸べてくれた親友を、自らの手で刺してしまった事実が、彼女の心を押し潰した。

 悲痛な叫び声をあげて泣き叫ぶ彼女の横で、そんななぎさの様子を見ながら、イルは恍惚とした表情で笑っていた。

 「ハハハハハ・・・・アーッハッハッハッハッハッ!!」

 イルとなぎさの関係について知らないシン。彼女を助けるためにここまで逃げてきたと思っていたイルだったが、どうやら二人の関係性は、シンの思っていたものとは大きく違っていたようだった。

 「俺ぁもう逃げられねぇだろうな。けど・・・最期に最高のものが見れたぜ、なぎさぁ・・・!」

 彼女には最早、イルの言葉さえ届いていない。周りのことに気を回せるほどの意識がなくなっていた。ただ、身体から溢れ出す感情を放出する肉塊でしかなくなっていた。

 「堕ちるところまで堕ちた人間の絶望する姿と表情・・・俺が何よりも大好きなものだッ!なぎさ!お前は最高だよ!今まで見てきた誰よりも、お前は俺を満足させてくれた!・・・あぁ~、最高の気分だよ・・・ありがとうなぁ・・・」

 何一つ理解できない事を喋り出すイルを見て、シンはそのあまりにも悍ましい姿に思った。

 この男は“純粋に悪“なのだと。

 利益の為ではない。その行動によって誰が得する訳でも、誰の為になる訳でもない。

 ただ人が堕ちる様を見たかった。それがこのイルという男を突き動かす、ただ一つの行動原理。

 人が堕落し、絶望する姿を見て興奮し満たされる。堕ちていく者に魅力を感じる堕ち専。それがこの男の本質であり本性。

 つい最近シンが出会った、WoF内での悪党、ロッシュやロロネーとも違った別のタイプの悪。その男の無垢なる悪に、嫌悪と共に背筋が凍り付く程の恐怖を、シンは感じていた。
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