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神代 コウ

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悪意の質

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 人の狂気にも似た悪に触れ、シンの脳裏には過去のトラウマが蘇る。そして目の前の悪に感化されてか、それまでの解釈とは違った形で、当時を振り返ることになる。

 親友だと思っていた“彼“。しかし高校へ上がるのを皮切りに、彼は一変してしまった。シンの話題を種に、仲間内で楽しそうな日々を送る彼。彼の仲間はその内、シンに対し嫌がらせをするようになる。

 シンが嫌がるの見て笑い、人の苦痛を対価に自分達の娯楽を得ていたのだ。それは、純粋な悪意によるものなのだろうか。

 否、彼の仲間達が行っていたのは、退屈な時間を楽しくする為に行っていた悪いであり、そこにはその行動によっと得する人間、利益を得る人間がいた。

 シンにとっては苦痛であり、憎しみを覚えるべき対象でしかなかったが、彼の仲間らにとってそれは、悪事でさえないと思っている人間がほとんどだっただろう。

 中にはそれが、悪い事であることを理解しながら止められない者、今の仲間との関係を崩したくない者、逆らえない者といった善意のかけらくらいは持ち合わせていた人間もいたかもしれない。

 だが結果として、シンを取り巻く環境にいた者達は、誰一人彼らの行いに目を向ける事なく、まるで何事もないかのように日常を送り、見て見ぬふりを貫いた。

 今となれば、全員が全員悪とは思わない。だが当時のシンは、自分を視界に入れようとしない、いない存在のように扱う者達が恐くて仕方がなかった。

 身近でこんな事が行われているのに、何も見えないはずがないだろ。どうして誰もそれを大人の人に話してくれないのか、話題にすら持ち上げてくれないのか。

 その時感じた、シンの中での一つの結論に、いじめとは“いじめる側の人間“と“いじめられる側の人間“で完結することはなく、その空間にいた“第三者“もまた“共犯“であるというものに行き着いた。

 いじめが行われている現場だけが、まるでその世界から隔離されたかのようの誰も干渉しないししてこない。何も見えていないかのように、大きな声や物音がしようが、誰も視線を向けない。

 自分は関係ないと、触れようともしない。それも彼らにとっては、自己防衛本能だったのだろう。関われば次にあの対象になるのは自分かもしれない。この世界から隔離され、助けの声も手も届かない奈落に突き落とされる。

 誰も望んでそんなことはしたくないだろう。それでも隔離された世界に閉じ込められた者は、助けや希望の光を求めずにはいられない。現状を打開したい。この世界から解放され、所謂“普通“の日常へと戻りたいと願う。

 まるで、WoFのキャラクターデータを反映させた、覚醒者であるシン達と同じだった。現実の世界の人間達から隔離され、誰にも気づかれることのない空間に生きている。

 違うとすれば、助けを求めたところで解決する話ではなく、まるで自分達が底なしの沼に浸かっている者かのように、差し伸べらえた手を引き摺り込む要因にすらなってしまっていること。

 しかし、逆に言い換えれば、彼ら覚醒者はあの時のシンと違い一人ではない。違う場所や空間にいれど、彼らは繋がっており協力することができる。それだけが唯一にして最大の救いだっただろう。

 そして、シンが過去を振り返ると共に起きた最大の変化とは、彼を地獄へと突き落とした張本人である“彼“の存在。

 彼がシンを利用し、仲間内で楽しい日々を送っていたのを知った時、シンにとって恨みよりもショックの方が大きかった。

 何故彼は自分を貶めたのか。自分の立ち位置を確保する為か。シンに不満を抱えていたからか。今も昔も、シン自身には心当たりなど何処にもなかった。

 故にイルの純粋な悪を前にした時、シンは感じたのだ。彼もまた、利益や損得感情など抜きに、純粋にシンが堕ちていく様が見たかったのではないか。

 そこからシンが、どういった行動に出るのか。助けを求めるのか。

 或いは・・・。

 そう考えると、余計にシンの中に巣食った恐怖が増大していった。

 死を悟ったイルに引導をくれてやらねばならない。だが、自分の行いを悪であるとも思っていない無垢なる純粋さからくる笑みが、彼の足を石造のように動かなくさせる。

 イルは一向に仕掛けてこないシンに気がつくと、唖然としてこちらを向く彼に対しても、その不気味なまでに純粋な嬉しさからくる笑顔を差し向ける。

 「何だぁ?アンタも見惚れちまったのかぁ?」

 「・・・違う・・・違うッ!」

 「違わないとも。普通ならこんな状況を見て、俺を殺さなきゃならないって思うだろ?けどアンタはそうじゃない・・・。あの女の堕ちた姿と表情を見て、興奮してるんだ。・・・嬉しいよ、仲間が増えて。ようこそ“こちらの世界“へ」

 イルはシンの事を、何一つ理解していない。いや、初めからそんな気などないのだろう。これもこの男の作戦なのだろうか。僅かでもシンを動揺させ、何か別の手段を用いて逃げ出そうとでもいうのか。

 だが、イルに降り掛かってきた火の粉は、そこにある燻った火だけではない。絶対的な対立が生んだ、強く燃え盛る怒りの炎が、純粋な悪の化身を亡き者とせんと襲い掛かる。

 「・・・黙れ、屑がッ・・・!貴様には微塵の憐みすら必要ないッ!」

 動けなくなるシンに代わり、こちらにまでやって来たのか、友紀を抱き抱えていた筈の天臣が、一瞬の迷いもなく刀を振るい、イルの首を刎ねた。

 今度こそ間違いなく、飛んだのはイルの首だった。僅かに散った靄が、首を刎ねられる直前まで足掻こうとした証。だが男の行動は何かを成すまでもなく両断され、鮮血を吹き出し肉の塊を地に落とす。

 しかし驚いたことに、首を刎ねられても尚、イルはすぐには絶命しなかった。だがそこに、最早起死回生の手立てはなく、ただ遺言を残すだけだった。

 「俺は・・・死にはしない・・・ただ帰るだけ・・・。元いた世界へ・・・。あぁ・・・次はどんな顔が・・・堕ちた人生が・・・見れるのかな・・・」

 「こいつ・・・まだそんなことをッ・・・!それに帰るって・・・?」

 「戯言だ。死んで帰る場所なんて、何処にもない。こいつが逝くのは、
生き物の命を弄び、人の心を踏み躙り愚弄した屑を裁く地獄だけだ」

 イルの身体と切り離された首は、これまでの姿の消し方とはまるで別物で、消滅していったモンスターなどと同じく、細かな光の粒子がイルの身体から降りしきる雪のように放出されていき、実体を失いつつある。

 考えてもみれば、シンが覚醒者として目覚め現実世界で戦う中、異世界からやって来た者が死という概念に向かうのを見送るのは、イルが初めてだった。
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