World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
1,067 / 1,646

突然の再会

しおりを挟む
 ツクヨはこちらの世界に来てから、妻や子供の蜜月がどうなってしまったのか、あまり深く考えないようにしていた。それは二人の身を案じていなかったからではない。

 あの時、自宅からWoFの世界に転移してから、自身の身に起きたあり得ない出来事に二人も巻き込まれたのだと思い込むようになった。

 だが現実の世界では、二人はツクヨの留守中に何者かによって殺害されている。これは警察に事件として取り上げられている為、ツクヨ自身の勘違いや思い込みではない。

 幾人もの人間が事実として認識している現実の出来事なのだ。しかし、ツクヨはその時のショックで当時の記憶を失っており、生きる屍のようになってしまった彼が巻き込まれたこの“異変“に、一つの可能性を見出そうとしていた。

 そうしなければ彼は立ち上がれなかった。二人も自分のように異世界に転移したものだと思わなければ、彼は駄目だったのかもしれない。いつしかそれは、現実世界での出来事を凌駕し真実を塗り替えていた。

 二人はWoFの世界で生きている。それが今のツクヨにある全てだった。

 だが今まで、こちらの世界で二人に関する情報は一切見つかっていない。二人の名を知る者も姿が目撃されたと言う情報も。或いは異世界から来た者がいるという情報すらない。

 しかしそれは彼の為にもなっていた。下手に真実や手掛かりを掴んでしまうと、どんなに気を紛らわせようとしてもそれが脳裏に過ぎるようになってしまう。

 そうなればツクヨは今までのツクヨでは無くなってしまう。シン達と共に二人を探す旅をしていても、どこか上の空になってしまったり、判断が鈍り決断を誤るかもしれない。

 無意識の内に彼は、二人に関する情報を遠ざけていたのかもしれない。だが、そんな彼の歩みも長くは続かない。

 運命がツクヨの目を覚まさせようとしているかのように、それは突然彼の眼前現れた。予期せぬタイミングと姿でツクヨの目に入ってきた情報は、今の彼が置かれている状況や立場を忘れさせる程の衝撃を与えた。

 「なっ何故・・・?本当に十六夜なのか・・・?」

 覚束ない足取りで研究員の机に置かれた写真に手を伸ばすツクヨ。すると、周囲には研究員の姿はなかった筈なのに、突如として彼に声を掛ける者が現れた。

 それは男の声ではなかった。更に付け加えるのなら、ツクヨはその声に聞き覚えがあったのだ。大人びた冷静な声でありながらも、何処か温かみのあるような優しい言葉が、彼の脳裏で十六夜のビジョンで再生されていた。

 「その写真に何かありまして?」

 「ッ・・・!」

 突然声をかけられたことに何よりも驚いたツクヨは、咄嗟にその場から離れ相手の姿を確認する。その声に嫌な予感を感じていたツクヨの目に入って来たのは、とても信じられないような人物の姿だった。

 それは白衣を着た十六夜の姿をした人物だったのだ。

 思わぬ再会に言葉を失うツクヨ。眼前に現れたのは探し求めていた最愛の妻の姿。いつかは再会を望んでいたが、こんなにも早く再開できると思ってもみなかったツクヨの思考は完全に停止してしまっていた。

 あんぐりと開いた口をワナワナと震わせながら、一歩二歩と後退りしていると、彼女は更にツクヨを驚かせる発言をする。

 「何をそんなに驚いているのよ。やっと会えたって言うのに・・・。久しぶりね、元気そうで何よりだわ」

 「なッ・・・本当に君なのか?本当にこっちに来ていたのか・・・?」

 「そんなに驚かなくてもいいじゃない。もっと喜んでくれるものだと思ったわ」

 「そりゃぁ無事でいてくれたことは嬉しいが・・・。まだこれが本当のことなのか信じられない・・・」

 唖然とするツクヨに、彼女をため息をついた後に優しい表情を浮かべると、ゆっくりと確かめ合うように歩み寄り抱きしめる。

 「会えて嬉しいわ・・・」

 「・・・・・」

 触れたことで感じた彼女の体温に、目の前にいる十六夜が幻ではないことを確信するツクヨ。現実の世界で目にした凄惨な光景。そしてその時感じた二人の体温は、とても人のものとは思えないほど冷え切っており、彼を絶望の淵へと突き落とした。

 しかし、今その身体に伝わるのは紛れもなく生きた人間の体温だった。再びこの感覚を味わうことが出来たという感覚に、ツクヨは涙を堪え切ることが出来なかった。

 何に対する涙なのか。彼自身はっきりとは理解できなかった。例えこれが夢であっても、ずっと暗闇の中で探し求め、時には目を背けようともした淡い期待という望んだ光景と感触に、ツクヨは今だけはと身を任せて彼女を抱きしめた。

 「本当に・・・本当によかった。生きていてくれて・・・」

 「もう、さっきからそればっかり。でもよかった・・・。私も不安だったの。貴方が無事かどうか・・・。でもきっと迎えに来てくれるって信じてた」

 「そうだ、蜜月はどこだ?あの子もこっちに?」

 十六夜とは再開することが出来た。しかし、愛娘である蜜月の姿は見当たらない。先程の写真にも子供の姿は写っていなかった。

 彼女がこちらの世界に来ていたというのであれば、蜜月もこちらにやって来ている筈。ツクヨはてっきり十六夜と共にいるものだとばかりに思っていた。しかし、どうやら十六夜も蜜月の所在については分かっていないようだった。

 「ごめんなさい。ここにいるのは私だけなの。あの子が今どうしているのかは分からないわ・・・」

 「そうか・・・。それで何故君はここに?あまり良い噂を聞かない場所のようだが・・・」

 すると彼女は、ツクヨの質問に後ろめたいことでもあるのか、視線を逸らしながら申し訳なさそうに、この研究所に身を置いていた理由を話し出す。

 「仕方がなかったの・・・。転移したらここに出て・・・。でもここで研究員として手伝っている内に、大きな組織の研究所だと分かって、彼らの力を借りられれば貴方やあの子を探し出せると思ったの・・・だから・・・」

 十六夜が転移のことについて知っていることに驚いたが、施設で働いていれば転移の魔法や装置がある事も目にするだろうと、ツクヨは深く考えることはなかった。

 何より、アークシティと繋がりのある組織に身を置くことで、WoFの世界からたった二人の人間を見つけるという、途方もない事を成し遂げようとしていた彼女の判断と覚悟に、ツクヨは彼女の心の強さを感じていた。

 「そうか。でももう大丈夫だよ。一緒に行こう、十六夜。ここの組織は何やら良くない事をしているようなんだ。あまり深く関わっていては、君にも危険があるかもしれない・・・。それに今、俺は信頼できる仲間と一緒にいるんだ。彼らも俺らのようにこっちに・・・」

 漸く再開することのできたツクヨは、彼女をシン達のパーティに加えようと考えていた。もう二度と離れない為に。そして愛娘の蜜月を一緒に探す為にと。

 だが、十六夜は彼のその提案を断ってしまう。彼女はまだ、彼女の属している組織の力を使い、蜜月の居場所を特定する事を諦めてはいなかったのだ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―

山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。 Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。 最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!? ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。 はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切) 1話約1000文字です 01章――バトル無し・下準備回 02章――冒険の始まり・死に続ける 03章――『超越者』・騎士の国へ 04章――森の守護獣・イベント参加 05章――ダンジョン・未知との遭遇 06章──仙人の街・帝国の進撃 07章──強さを求めて・錬金の王 08章──魔族の侵略・魔王との邂逅 09章──匠天の証明・眠る機械龍 10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女 11章──アンヤク・封じられし人形 12章──獣人の都・蔓延る闘争 13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者 14章──天の集い・北の果て 15章──刀の王様・眠れる妖精 16章──腕輪祭り・悪鬼騒動 17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕 18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王 19章──剋服の試練・ギルド問題 20章──五州騒動・迷宮イベント 21章──VS戦乙女・就職活動 22章──休日開放・家族冒険 23章──千■万■・■■の主(予定) タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

【完結】デスペナのないVRMMOで一度も死ななかった生産職のボクは最強になりました。

鳥山正人
ファンタジー
デスペナのないフルダイブ型VRMMOゲームで一度も死ななかったボク、三上ハヤトがノーデスボーナスを授かり最強になる物語。 鍛冶スキルや錬金スキルを使っていく、まったり系生産職のお話です。 まったり更新でやっていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過しました。 ──────── 自筆です。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

処理中です...