World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
1,195 / 1,646

博物館での騒動

しおりを挟む
 案内された先で、二人は幾つかの部屋を巡りながらそこで映像と音声による解説、そして当時の楽器などによる演奏の様子を体験しながら、この世界の音楽の父バッハの歴史をその目と耳と全身で体験する。

 事前の知識無しでは、流石に難しい単語や言葉などが使われており、理解が難しいところもあったが各所に設けられていたパネルで検索することができ、音楽についての知識が少しだけ身についたような気がした二人だった。

 「思ったより時間掛からなかったね。歴史を体験なんて言うから、まさかお昼過ぎちゃうんじゃないかって、内心ドキドキしてたけど」

 「そうですね。でも有意義な時間を過ごせました!私、以前にも音楽というものを嗜んだ事があるのかしら・・・すごく馴染み深かったように感じます」

 「本当かい?それはよかった。もしかしたアカリも、音楽で有名な名家のお嬢様だったりしてね」

 「ふふふ、それなら一刻も早く記憶を取り戻して舞台に戻らないと。ですわね」

 楽しそうな会話をしながら二人は、シン達へ何かお土産でも買って帰ろうと売店で商品を眺めていた。

 すると、彼らの後を追うように男女のペアが体験型展示の部屋から、ロビーへと戻ってきた。しかし、ツクヨとアカリとは違い、そのペアの女性の方は酷く不機嫌そうに腕を組みながら声を荒立てていた。

 「何よ!こんなの都合のいいように他の人達が改竄した、作り物歴史じゃない!」

 「お静かに!他に誰が聞いているやもしれません」

 「聞きたければ聞かせておけばいいわ!商売の為、綺麗事ばかり並べ連ねて。どんなに業界に貢献しても、こんな不当な扱いをされるなんて私は嫌よ!」

 騒ぎを聞きつけた職員と警備が集まりだし、その男女のところへと集まる。一生懸命何かを説明し、何度も頭を下げる男に対し、女は全く聞く耳を持たないといった様子でそっぽを向いている。

 「誰もが楽しめるもの・・・という訳ではないのですね・・・」

 「何にしてもそうだよ。万人がいつ如何なる時も、喜び楽しめるものっていうのは存在しないと私は思う。あの女性も、今はただ虫の居所が悪かっただけなんじゃないかな。或いは・・・」

 何かを言いかけたところで言葉に詰まるツクヨ。その様子に気づいたアカリが彼の顔を覗き込むようにして見上げると、ふと我に帰ったかのように言葉を続けた。

 「あぁ・・・ごめん。或いは、彼女は本当の何かを知っているのかもしれないね・・・。世に出てない真実とか、自分しか知り得なかった出来事とか・・・」

 ツクヨの中に思い出されたのは、現実世界で彼の家庭を襲った悲劇。記憶を失っているという点では、ツクヨもアカリと同じように、あの夜自宅に帰ってからの重要な記憶が全くない。

 本当の意味で自我を取り戻した時には、既に一人ぼっちになっていた。その間に何があってどんなことが分かったのか。警察は本当に犯人を追ってくれているのだろうか。自分に何か隠してはいないだろうか。

 そんな疑いを持つ事もあった。自分しか知り得ないこと。それはツクヨの失われた記憶の中にもあるのではないか。その記憶さえ戻れば、あの悲劇を生んだ犯人に繋がる重要なヒントが出てくるかもしれない。

 「大丈夫・・・ですか?少し休んでいかれますか?」

 心配そうに語りかけるアカリに、空元気で応えるツクヨ。少なくとも、個人的な理由で周りの仲間達にいらぬ心配はかけたくない。ましてやツバキやアカリのようにまだ大人と呼ぶには早い者達に、嫌な思いをさせたくないというのがツクヨの気持ちだった。

 だがこれも、あの女が騒ぎ立ててたように都合の悪いものを隠し、成功したところや綺麗なところばかりを飾り立てるのと同じ事なのかもしれない。

 真実を知らずに歴史を知るということは、そこにあった苦労や犠牲も知らずに受け継がれていくということ。綺麗なものばかり見て育った者は、綺麗なものしか知らない。それで本当に正しい歴史と言えるのだろうか。

 しかし、実際にはこの博物館で体験したことの中には、物語を引き立てるスパイスのように挫折や苦労といった場面もいくつか描かれていたのは間違いない。あの女が見たものと同じものを、ツクヨとアカリも見てきたのだから間違いない。

 その上であの台詞を吐き捨てるということは、よっぽど彼女の機嫌が悪かったか、癇に障ることでもあったのだろう。

 トラブルに巻き込まれない内に建物を出ようとする。その去り際、聞こえてきた言葉の中に、先程騒ぎ立てていた女の名前らしきものを耳にしたツクヨ。

 その女は共にいた男から“カタリナ様“と呼ばれていた。どうやら二人の関係は夫妻や恋人といったものではなく、主人と従者だったらしい。今にして思えば、立派なスーツを着込んだ男と美しくも飾り気のない落ち着いたドレスで現れた彼らは、まるでどこかの貴族のような風貌にも見えた。

 バッハ博物館を出た二人はいい時間ともなり、宿屋で待つシン達の為の昼食を探し始めた。昨夜ミアが気を利かせて買ってきたサラダが気に入った様子のアカリは、他にも美味しそうなサラダはないかと既に目的のものを定めていた。

 彼女がサイドメニューを決めているのなら、メインとなるものは自分が決めなくてはと一人責任を感じるツクヨは、昼食という事もありある程度腹に溜まるものがいいと、アカリのサラダ選びに付き合いながらも他のメニューを探し回った。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。 しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。 彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。 一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―

山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。 Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。 最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!? ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。 はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切) 1話約1000文字です 01章――バトル無し・下準備回 02章――冒険の始まり・死に続ける 03章――『超越者』・騎士の国へ 04章――森の守護獣・イベント参加 05章――ダンジョン・未知との遭遇 06章──仙人の街・帝国の進撃 07章──強さを求めて・錬金の王 08章──魔族の侵略・魔王との邂逅 09章──匠天の証明・眠る機械龍 10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女 11章──アンヤク・封じられし人形 12章──獣人の都・蔓延る闘争 13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者 14章──天の集い・北の果て 15章──刀の王様・眠れる妖精 16章──腕輪祭り・悪鬼騒動 17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕 18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王 19章──剋服の試練・ギルド問題 20章──五州騒動・迷宮イベント 21章──VS戦乙女・就職活動 22章──休日開放・家族冒険 23章──千■万■・■■の主(予定) タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

処理中です...