1,538 / 1,646
勝負の醍醐味
しおりを挟む柱の陰に潜り込んだシンを捕らえるように左右から弦を伸ばし巻きつけると、弦を綺麗に並べシンの投げた短剣の刃の部分を弓代わりにして、鼓膜に響く音を奏でる。
柱に巻かれたクリストフの弦は、音の振動で表面を削り石でできた柱にみるみる食い込んでいく。人の身体が巻き込まれていたら、確実に肉を切り裂き骨すら両断している事だろう。
しかし柱の根本を見ても、裏側からは血が垂れてこない。シンは既にどうやってかクリストフの攻撃を躱したようだ。仕留め損なったことを悟り、弦を切り落とそうとするクリストフ。
だがその寸前、柱側からクリストフが起こした音の振動とは別の振動が、彼の手元に迫って来ていた。
「何ッ!?」
急ぎ弦を手放したクリストフは、弦が宙で細かく振動しているのを見て、柱の裏で何が起きているのかを確認しに行く。そこにはシンの代わりに一本の刀剣が柱に巻き付けられており、床には投擲で用いられたであろうナイフが転がっていた。
「打ち鳴らしていた、という訳か・・・ッ!?」
すろと、天井から何かの気配を察したクリストフがその場を飛び退く。天井から降りて来たのはシンだった。彼は間髪入れずにクリストフの元へと飛び込んでいき、顔面へ向けて拳を振るう。
シンの拳はクリストフの目の前で彼の手によって止められる。体格はシンの方が大きい。しかしその力は人成らざる者のように強く、ゆっくりと下へ下ろされていく。
「俺の弦を利用したのには驚かされたが、所詮は物体同士が引き起こした振動。そこには魔力も何も込められていない。今にして思えば、避けてやる必要もなかったか・・・」
「チッ・・・!」
「影が使えないだけで随分と苦しそうですね」
「そうだな。自分が如何に能力に頼り切っていたのかを思い知らされる」
クラススキルやその特徴を活かして戦うのは、全てのゲームの醍醐味だろう。本人のステータスの上昇には限界がある。それぞれのパラメータを振り分けることで、同じクラスでも個性を出すことが出来るようになっているのがWoFだが、クラスの特徴やスキルを活かすとなると、やはり偏りは出てくる。
攻撃や防御、魔力や素早さやなど、自由にステータスを振り分けられるゲームをプレイした事はあるだろうか。一見自分だけのキャラクターを作れると思うかもしれないが、ステータスの振り分けるは結局のところ、自分が就いているクラスや使いたいスキルによって、必要なステータスやより強力に活かせる使い方などは決まっている。
故に、結局皆同じようなステータスに落ち着くというのが現実。魔法をメイン武器として戦おうというのに、力のステータスを上げつ続けても威力は上がらない。
シンのクラスであるアサシンは、力のステータスをそれほど必要としない。勿論、全く力のステータスがなければ投擲などの威力も落ちてしまうので、全く無いというわけでは無いが、今の強化されたクリストフと近接格闘をするにはあまりにも弱い。
それなのに何故シンが拳を使って殴り掛かって行ったのか。無論、そこにはシンの思惑があったからだ。作戦を成就させる為に、シンは直接彼に“触れる”必要があったのだ。
依然としてクリストフの共感覚により、礼拝堂が極彩色に見えているシンには影のスキルを使う事はできない。正確には床や壁など、本来ある筈の影が映し出されない事によって、影の中へ入ったり、影で相手を縛ったりと“表向き”なスキルが発動しないだけ。
先程シンがやって見せたように、自身の体内の影を使って目に直接影のフィルターを掛ける事などは出来る。それは実際に証明されている事で、勿論自分だけでなく、相手に対してもそれが有効である筈だとシンは考えたのだ。
「でもこの世界において、弱い者が革命を起こす為に必要なのが、その“能力”だと俺は思います。だから能力に頼るのは当たり前のことで、必然的なことですよ。その上でどちらの能力が上か・・・それが勝敗を分けるんです!」
シンの拳を掴んだまま、クリストフは彼の身体に蹴りを入れ吹き飛ばす。彼の攻撃を甘んじて受け入れたシンは、ダメージを負いながらも何とか受け身を取る。
「悪く思わないでください。俺だけ能力を存分に使える状況に持ち込める。それもまた俺の力だ。漸く計画が実って、望みが手の届くところまでやって来た・・・。こんなところで負ける訳にはいかないんですよ!」
「・・・・・」
クリストフの並々ならぬ想いが伝わってくる。この日の為に計画を立てて来たのも、準備をして来たのも事実だろう。そこに犠牲があった事には目を瞑るのかなどと、綺麗事を言うつもりはシンには無い。
そして今更言葉でクリストフをどうこうしようという気もない。彼を納得させるには、それこそ勝負に勝つしかない。確かにアサシンとしての個性を大きく削がれてしまっている事には変わりないが、その中でも工夫し、活路を見出すことこそアサシンの醍醐味だとシンは思っている。
0
あなたにおすすめの小説
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―
山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。
Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。
最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!?
ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。
はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切)
1話約1000文字です
01章――バトル無し・下準備回
02章――冒険の始まり・死に続ける
03章――『超越者』・騎士の国へ
04章――森の守護獣・イベント参加
05章――ダンジョン・未知との遭遇
06章──仙人の街・帝国の進撃
07章──強さを求めて・錬金の王
08章──魔族の侵略・魔王との邂逅
09章──匠天の証明・眠る機械龍
10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女
11章──アンヤク・封じられし人形
12章──獣人の都・蔓延る闘争
13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者
14章──天の集い・北の果て
15章──刀の王様・眠れる妖精
16章──腕輪祭り・悪鬼騒動
17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕
18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王
19章──剋服の試練・ギルド問題
20章──五州騒動・迷宮イベント
21章──VS戦乙女・就職活動
22章──休日開放・家族冒険
23章──千■万■・■■の主(予定)
タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
薬師だからってポイ捨てされました~異世界の薬師なめんなよ。神様の弟子は無双する~
黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト・シルベスタは偉大な師匠(神様)の教えを終えて自領に戻ろうとした所、異世界勇者召喚に巻き込まれて、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。
─── からの~数年後 ────
俺が此処に来て幾日が過ぎただろう。
ここは俺が生まれ育った場所とは全く違う、環境が全然違った世界だった。
「ロブ、申し訳無いがお前、明日から来なくていいから。急な事で済まねえが、俺もちっせえパーティーの長だ。より良きパーティーの運営の為、泣く泣くお前を切らなきゃならなくなった。ただ、俺も薄情な奴じゃねぇつもりだ。今日までの給料に、迷惑料としてちと上乗せして払っておくから、穏便に頼む。断れば上乗せは無しでクビにする」
そう言われて俺に何が言えよう、これで何回目か?
まぁ、薬師の扱いなどこんなものかもな。
この世界の薬師は、ただポーションを造るだけの職業。
多岐に亘った薬を作るが、僧侶とは違い瞬時に体を癒す事は出来ない。
普通は……。
異世界勇者巻き込まれ召喚から数年、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。
勇者?そんな物ロベルトには関係無い。
魔王が居ようが居まいが、世界は変わらず巡っている。
とんでもなく普通じゃないお師匠様に薬師の業を仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。
はてさて一体どうなるの?
と、言う話。ここに開幕!
● ロベルトの独り言の多い作品です。ご了承お願いします。
● 世界観はひよこの想像力全開の世界です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる