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第2章
保護者面談
しおりを挟む長雨が途絶とだえた六月のある日。僕の保護者面談が行われた。
この学校では毎年六月に保護者面談が行われる。今年はお母さんだけじゃなくて、お父さんも学校に来てくれた。
中学二年生ともなれば卒業後の進路のことを検討しなきゃいけないから、とお父さんは言っていた。
「ちゃんと二人で見張ってないと優磨は進学するのをやめちゃいそうだからね」とお母さんは冗談めかしていたけど、多分それは本心なんだろう。
面談では、学校での僕のエピソードを荒坂先生が披露して――教室で他の生徒に勉強を教えているとか、そういう些細なことだけど――両親を喜ばせていた。でも「本山君と仲が良いみたいですね」と言われたのには納得がいかなかった。あいつが僕にまとわりついてくるだけなのに。
成績は申し分ないので、あとは本人が行きたい学校を見つけられるようにご両親も手伝ってくださいと、荒坂先生が締めて、面談はあっさり終わった。
そう、僕の面談なんて、本当になんてことなかった。
両親と一緒に荒坂先生に挨拶をして、廊下に出た。各教室の前には、面談を待つ親子のために椅子が並べられている。
隣の教室の前に、涼乃が座っていた。俯いて、多分僕と目を合わさないようにしている。
その隣で、女の人がスマホをいじっていた。
僕はその女の人に釘付けになった。
肩先で切り揃えられた髪は、よく手入れされて、その人が少し動くたびにさらりと揺れる。
肩の線、長い足、細い指先。
全てが涼乃にそっくりだった。
そうか。この人が、涼乃のお母さんなんだ――ネグレクトで涼乃を苦しめている、彼女の親の一人。
六月は、保護者面談の季節。
――涼乃が六月を嫌うのは、面談のせいなんじゃないか?
棒立ちになった僕を怪訝に思ったのか、お母さんが僕の顔をのぞき込んだ。
「あの……僕、少し友だちと話して帰りたいので、先に帰ってくれますか?」
そう頼むと、二人とも喜んで応じてくれた。(さっきの面談の時もそうだったけど、お父さんたちは僕に友だちがいるのが嬉しいみたいだ)
両親を見送ったあと、僕は思い切って涼乃たちに近づいた。
彼女の母親の声が聞こえてくる。
「ねぇ、涼乃、まだ始まらないの?」
夏原母は苛立っているようだ。スマホを忙しく操りながら、学校のスリッパで床をかつかつと鳴らしている。
「あの……30分からのはずなんだけど」
「もう5分もたってるわよ? 信じられない。忙しい中、しようがなくこんなところに来てるのに」
「うん。ごめん……」
凍てついた声が所在なげな涼乃に向かっていく。
そうか、いつも彼女はこんな刃で傷つけられているのか。
ここにお母さんを連れて来るだけでも、ものすごい心労があったのかもしれない。
「あの」
僕は二人に声をかけた。
二人して顔をあげて僕を見上げる。並んだ二つの顔が瓜二つで、この二人は本当に親子なんだって実感した。
「涼乃さんのお母さんですよね? 僕、涼乃さんの友人で、山丘優磨といいます」
「……はい?」
夏原母の眉間に薄らと皺が寄る。
隣の涼乃はさりげなく首を横に振っていた。余計なことをしないで、と言いたげに。
「いつも涼乃さんにお世話になってるので、ご挨拶しなきゃと思って……あの」
この人には言ってやりたいことがたくさんある。
もっと涼乃を大事にしてくれ、とか。あなたはひどい、彼女は傷ついていますよ、とか。
でも――。
僕は深く頭を下げた。
「涼乃さんを産んでくれて、ありがとうございます」
顔を上げると、唖然とした顔の夏原母と目が合った。
すっと持ち上がる互い鼻も、切長の瞳も。涼乃はこのお母さんから多くのものを受け継いで、今の涼乃なんだ。
僕の大事な女の子を傷つけ、泣かせ、苦しめ続ける、お母さん。
でも、この人がいなければ、僕は涼乃と出会えなかった。
「本当にありがとうございます」
もう一度言うと、夏原母はなんとも言えない表情をした。何を言われたのかよく分からない、といった困惑。それに僕を見る目には、嫌悪と怯えがからんでいる。
「……変なこと言う中学生ね。涼乃、あんたって友だち作りが本当に下手ね」
ため息とともに吐き出して、夏原母は僕から目を逸らした。
「くだらない男に引っかかって、子どもなんて作るんじゃないわよ。そんなことになったら全部終わりなんだから」
「……っ!」
実の娘の前でなんてことを言うんだ。僕は頭が沸騰しかけた。さっき飲み込んだ罵倒が、喉もとから飛び出していきそうになる。
けれど、今まで黙っていた涼乃が先に立ち上がった。
「……お母さんっ!」
椅子がガタンと大きな音を立てる。
「私のことはなんとでも言っていいよ……でもっ山丘君のことは悪く言わないで!」
静まった廊下に涼乃の声が響いた。
夏原母は目を見開いて娘の顔を凝視する。涼乃は自分が発した大きな声に驚いたようで、立ち上がったまま固まっていた。
親子の間に沈黙が張り詰めた。
僕は何もできず、ただ二人の視線がぶつかるのを眺めていた。
その沈黙は、気怠い声に破られた。
「……はぁ。なに? 涼乃、あんた反抗期? めんどくさ」
夏原母は席を立った。
「もう帰るわ。面談はあんた一人でやっといて」
娘にも僕にも何も言わせず、夏原母は僕たちに背を向けた。パンツスーツを完璧にきこなした後ろ姿は、問答無用で遠ざかっていった。
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