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連載
霧の貴婦人
「アビゲイル殿下とも相談しましたが、あの御方が皇国の女王となったあかつきには、“モナ王国”の復興をお約束します」
「っ!?」
僕の言葉に、男は目を見開いた。
「よく考えてみてください。知ってのとおり、ヴァルロワ王国の必勝の策だった皇都制圧作戦は、僕達の手によって未然に防がれました。情報ギルドはモナ王国の復興を餌に王国に手を貸したのでしょうが、もはやそれも叶わなくなった」
「…………………………」
「もちろん、そちら側の皇国に対する積年の恨みは理解しています。今こうしている時も、僕達が憎くて仕方ないでしょう。ですが、これはそちら側にとって最後の機会です。これを逃せば、モナ王国は永遠に復興できないでしょう」
僕は身を乗り出し、男にたたみかける。
モナ王国の復興と取るか、それとも、復讐を取るか。
『霧の貴婦人』にとって、どちらも譲れない想いだろう、それは、同じく王国に対してこれ以上ない憎悪を抱えている僕にはよく分かる。
だけど、もし真に復讐を果たしたいのであれば、それこそ手段を選ぶべきじゃない。
だから。
「そもそも、皇国を打ち倒すのに、何も他人の手を借りる必要はないのでは?」
「……どういう意味でしょう?」
「簡単な話です。ここで僕達に協力し、アビゲイル殿下が女王となればモナ王国は復興できる。その上で、皇国に負けないだけの強国に発展させればいいんですよ。人も物資も劣る皇国が、技術力をもって王国を圧倒するように」
さあ、僕にできるのはここまで。
あとは、『霧の貴婦人』の選択に委ねるしかない。
「……少々お待ちいただいてもよろしいですか?」
「もちろんです。何時間でも、何日でも」
「失礼いたします」
男は恭しく一礼し、応接室を出ていく。
ただ、その表情は苦悩に満ちていた。
「……ギュスターヴ殿下、大丈夫なのか?」
「どうだろう。勝算は五分五分ってところかな」
復興と復讐、どちらも彼女の悲願であり、天秤にかけることなどできないだろう。
ひょっとしたら、目先の復讐に囚われて、引き続き僕達と反目するかもしれない。
まあ、その時は手を結ぶに値しない者達なのだと、割り切るしかないけどね。
「……念のため、いつでも逃走できるようにしよう」
「そうだな。まあ、俺と殿下の二人ならば、容易いと思うが」
「慢心はよくないよ。どんな搦手でくるか分からないんだから」
正面から戦うのであれば、僕達の実力なら切り抜けるのは簡単だけど、連中は皇国の目から逃れ、陰で生きて抜いてきたんだ。
油断はできないし、僕達を始末するのに手段を択ばないだろうからね。
とはいえ、グレンは皇国の矛。慢心というより、己の武に対する絶対的な自信によるものだと思うけど。
そして、待つことに時間。
「お待たせいたしました」
現れたのは先程の男ではなく、鮮やかなオレンジ色のドレスをまとった女性。
ハニーブロンドの輝く髪に、琥珀色の瞳。
唇には赤いルージュがひかれており、男ならその美しく気品のあるたたずまいに、簡単に心を奪われてしまうだろう。
「“ハンス”よりお話は伺いました。これより、“サンドラ=ノイ=モナ”がお二人のお相手を務めさせていただきます」
サンドラと名乗った女性は、胸に手を当てて一礼する。
「ご丁寧に痛み入ります。既にご存知でしょうが、僕の名はギュスターヴ=オブ=ストラスクライド。こちらは、騎士団長のグレン=コルベットです。それで……あなたが、『霧の貴婦人』ということでよろしいですか?」
「ウフフ……ギュスターヴ殿下はせっかちなんですね。ですが、『そのとおり』とお答えいたしましょう」
席に着き、『霧の貴婦人』サンドラがクスリ、と笑った。
「あなたがここにいらっしゃったということは、答えが出た……ということで?」
「はい」
彼女が頷いた瞬間、この応接室にいくつもの殺気が溢れた。
これは……どうやら、失敗みたいだな。
僕は僅かに腰を浮かせ、サンドラの一挙手一投足に注視する。
いざという時、人質にすることも想定して。
すると。
「……一つだけ、お伺いしたいことがあります」
「は、はい……」
一体、何を尋ねるつもりだろう。
予測がつかず、僕は身構える。
「ギュスターヴ殿下は人質扱いで皇国に差し出されたとはいえ、ヴァルロワ王国の第六王子。王国内で決して恵まれた状況ではなかったことは存じ上げておりますが、それでも、皇国はあなたにとっても自身の命を脅かす敵でしょう」
「…………………………」
「ですが殿下は、まるで皇国に忠誠を尽くすかのように、王国による皇都襲撃を阻止するなど、素晴らしい活躍を見せておられます。まあ、そのせいで私達の宿願を果たせなくなってしまったのですが」
皮肉を交えて話すサンドラを、僕はただ見つめている。
何を言いたいのかは分からないが、殺意の宿る彼女の琥珀色の瞳から目を逸らすわけにはいかない。
「どうしてあなたは、皇国などのためにそこまでなさるのですか? 今もこうして、自分の身を危険に晒して」
ああ……なるほど。
確かに僕のことを知らない者からすれば、不思議に思うだろうね。
普通なら、一度目の人生と同じように皇国に人質として差し出されたことに悲観し、自分の身を守るためにも王国の企みに協力したりもするだろう。
だけど、僕は知っているんだ。
その先に待っている、最低最悪の結末を。
そんな状況の中、たった一人だけ寄り添ってくれた、世界一の女性を。
だから。
「全ては、愛するアビゲイル殿下のために」
そして……あの日に見せてくれた、不器用な笑顔のために。
「そう、ですか……」
サンドラには、僕の気持ちなんて分からないだろう。
だけど、あなただってそのような人が現れれば、その時に分かるかもしれない。
身を焦がすような復讐などよりも、もっと尊く輝いて大切なものが。
さあ、逃げる準備を始めるとしよう。
僕はグレンに目配せし、合図を送った。
その時。
「……私達は、ギュスターヴ殿下に協力することにいたします」
サンドラは微笑みを湛え、静かにそう告げた。
「っ!?」
僕の言葉に、男は目を見開いた。
「よく考えてみてください。知ってのとおり、ヴァルロワ王国の必勝の策だった皇都制圧作戦は、僕達の手によって未然に防がれました。情報ギルドはモナ王国の復興を餌に王国に手を貸したのでしょうが、もはやそれも叶わなくなった」
「…………………………」
「もちろん、そちら側の皇国に対する積年の恨みは理解しています。今こうしている時も、僕達が憎くて仕方ないでしょう。ですが、これはそちら側にとって最後の機会です。これを逃せば、モナ王国は永遠に復興できないでしょう」
僕は身を乗り出し、男にたたみかける。
モナ王国の復興と取るか、それとも、復讐を取るか。
『霧の貴婦人』にとって、どちらも譲れない想いだろう、それは、同じく王国に対してこれ以上ない憎悪を抱えている僕にはよく分かる。
だけど、もし真に復讐を果たしたいのであれば、それこそ手段を選ぶべきじゃない。
だから。
「そもそも、皇国を打ち倒すのに、何も他人の手を借りる必要はないのでは?」
「……どういう意味でしょう?」
「簡単な話です。ここで僕達に協力し、アビゲイル殿下が女王となればモナ王国は復興できる。その上で、皇国に負けないだけの強国に発展させればいいんですよ。人も物資も劣る皇国が、技術力をもって王国を圧倒するように」
さあ、僕にできるのはここまで。
あとは、『霧の貴婦人』の選択に委ねるしかない。
「……少々お待ちいただいてもよろしいですか?」
「もちろんです。何時間でも、何日でも」
「失礼いたします」
男は恭しく一礼し、応接室を出ていく。
ただ、その表情は苦悩に満ちていた。
「……ギュスターヴ殿下、大丈夫なのか?」
「どうだろう。勝算は五分五分ってところかな」
復興と復讐、どちらも彼女の悲願であり、天秤にかけることなどできないだろう。
ひょっとしたら、目先の復讐に囚われて、引き続き僕達と反目するかもしれない。
まあ、その時は手を結ぶに値しない者達なのだと、割り切るしかないけどね。
「……念のため、いつでも逃走できるようにしよう」
「そうだな。まあ、俺と殿下の二人ならば、容易いと思うが」
「慢心はよくないよ。どんな搦手でくるか分からないんだから」
正面から戦うのであれば、僕達の実力なら切り抜けるのは簡単だけど、連中は皇国の目から逃れ、陰で生きて抜いてきたんだ。
油断はできないし、僕達を始末するのに手段を択ばないだろうからね。
とはいえ、グレンは皇国の矛。慢心というより、己の武に対する絶対的な自信によるものだと思うけど。
そして、待つことに時間。
「お待たせいたしました」
現れたのは先程の男ではなく、鮮やかなオレンジ色のドレスをまとった女性。
ハニーブロンドの輝く髪に、琥珀色の瞳。
唇には赤いルージュがひかれており、男ならその美しく気品のあるたたずまいに、簡単に心を奪われてしまうだろう。
「“ハンス”よりお話は伺いました。これより、“サンドラ=ノイ=モナ”がお二人のお相手を務めさせていただきます」
サンドラと名乗った女性は、胸に手を当てて一礼する。
「ご丁寧に痛み入ります。既にご存知でしょうが、僕の名はギュスターヴ=オブ=ストラスクライド。こちらは、騎士団長のグレン=コルベットです。それで……あなたが、『霧の貴婦人』ということでよろしいですか?」
「ウフフ……ギュスターヴ殿下はせっかちなんですね。ですが、『そのとおり』とお答えいたしましょう」
席に着き、『霧の貴婦人』サンドラがクスリ、と笑った。
「あなたがここにいらっしゃったということは、答えが出た……ということで?」
「はい」
彼女が頷いた瞬間、この応接室にいくつもの殺気が溢れた。
これは……どうやら、失敗みたいだな。
僕は僅かに腰を浮かせ、サンドラの一挙手一投足に注視する。
いざという時、人質にすることも想定して。
すると。
「……一つだけ、お伺いしたいことがあります」
「は、はい……」
一体、何を尋ねるつもりだろう。
予測がつかず、僕は身構える。
「ギュスターヴ殿下は人質扱いで皇国に差し出されたとはいえ、ヴァルロワ王国の第六王子。王国内で決して恵まれた状況ではなかったことは存じ上げておりますが、それでも、皇国はあなたにとっても自身の命を脅かす敵でしょう」
「…………………………」
「ですが殿下は、まるで皇国に忠誠を尽くすかのように、王国による皇都襲撃を阻止するなど、素晴らしい活躍を見せておられます。まあ、そのせいで私達の宿願を果たせなくなってしまったのですが」
皮肉を交えて話すサンドラを、僕はただ見つめている。
何を言いたいのかは分からないが、殺意の宿る彼女の琥珀色の瞳から目を逸らすわけにはいかない。
「どうしてあなたは、皇国などのためにそこまでなさるのですか? 今もこうして、自分の身を危険に晒して」
ああ……なるほど。
確かに僕のことを知らない者からすれば、不思議に思うだろうね。
普通なら、一度目の人生と同じように皇国に人質として差し出されたことに悲観し、自分の身を守るためにも王国の企みに協力したりもするだろう。
だけど、僕は知っているんだ。
その先に待っている、最低最悪の結末を。
そんな状況の中、たった一人だけ寄り添ってくれた、世界一の女性を。
だから。
「全ては、愛するアビゲイル殿下のために」
そして……あの日に見せてくれた、不器用な笑顔のために。
「そう、ですか……」
サンドラには、僕の気持ちなんて分からないだろう。
だけど、あなただってそのような人が現れれば、その時に分かるかもしれない。
身を焦がすような復讐などよりも、もっと尊く輝いて大切なものが。
さあ、逃げる準備を始めるとしよう。
僕はグレンに目配せし、合図を送った。
その時。
「……私達は、ギュスターヴ殿下に協力することにいたします」
サンドラは微笑みを湛え、静かにそう告げた。
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