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一章
#23 ある不器用な騎士の物語18
しおりを挟む「これが......戦場。命がどんどん消えてゆく。人も、魔物も、次々と消えてゆく......」
マリーは城壁の上から眼下に広がる死の世界を涙を流しながら見詰めていた。
魔法が飛び交い、人の一部が宙を舞い飛び、次々と命が消えてゆく。
しかし、決して目を反らす事をせずその光景をしっかりと見届ける。自身のその身に刻み付ける様にしっかりと見届ける。
「私は何て愚かなのだろう。何の覚悟も無く、ただ漠然と助けたいと思っていただけだった。どこか自分は死なないと、そう思い込んでいたんだ。けど、この人達は......この人達は違う。死ぬ事を恐れ、震えながも......それでも命を散らす覚悟をしているんだ」
押し寄せる魔物の波を自身の身体を以て受け止める騎士。しかし、押し潰されるもそれを仲間ごと粉砕する騎士。自身の命を媒体に高威力の魔法を放つ魔法師。やがて魔力が尽き、それでも自身を魔物の只中へと捩じ込み諸共に大量の魔物を巻き込み爆散する。
皆が皆、死を覚悟して突き進む。それは全てこの王都を守る為。王都を守れるならば命をも投げ出すという覚悟を、今正に目の当たりにしている。
「何を自惚れていたのでしょうか。主神様から頂いたこの身体と、私に宿る《神力》で何かが出来ると勘違いをして......。こんな私が、あの戦場へ立つなどと、とんだ自惚れを......っ。馬鹿だ、私は大馬鹿者だっ!」
止めどなく溢れる涙を拭いもせずに滲む世界を見届ける。刻々と過ぎる時の様に、次々と消えてゆく命を決して忘れぬ様に刻み込む。
自分なら何かが出来るかもしれない。
自分なら上手く立ち回れるかもしれない。
とんだ大馬鹿者だ。とんだ自惚れだ。とんだ勘違いだ。
あの世界では自分の出来る事等何もない。それこそ、何かが出来るかもなどと考える事すら烏滸がましい。
命を賭けるとはこういう事なのだ。と、まざまざと見せつけられる。
「私には......何の覚悟も無かった。ごめんなさい、ごめんなさい。本当にごめんなさい」
口を吐いて出たのは謝罪の言葉。自分の至らなさに悔し涙を溢し、不甲斐なさに歯をきつく噛み、消えてゆく命達を見詰めるしか出来ない事。それでも決して目だけは反らさぬ様に、と。
「決して目を反らしてはなりません。それが貴女の責務です。全ての命を見届けなさい。それが《神域》より《彼》を引き戻した貴女の使命」
突然の声に驚き大きく身体を跳ねさせる。いつから居たのだろうか? 気付けばそこには一人の女性が大きな杖を携え立っていたのだ。
使い込まれたボロボロのローブを身に纏い、フードを被っているせいで顔は見えない。
「余所見をしている暇はありませんよ。そのまま聞きなさい。今回の《魔物集団暴走》は規模が余りにも大きい。如何にかの《勇者》が現界していると言えども苦しい戦いになるでしょう」
「え? い、今何て? 《勇者》? 今《勇者》と、そう言いましたか?」
「聞きなさい。ここで貴女が取れる手段は二つです。一つは、このままこの城壁の上から何もせずに戦いを見届ける事。もう一つは」
そこまで言うと、その女性は身体の向きをマリーへと向けて蒼く澄んだ瞳を向ける。
「私を雇い、少しでもこの戦況を変える事です」
◆◇◆◇◆◇◆
「くそっ、数が多すぎる! おい、絶対に前線を維持しろ! 俺達が抜かれたら全てが終わるぞ、気合い入れろ!!」
ラヴェルは己の力の限りに大剣を振るい続けていた。
前線を維持し仲間を鼓舞する。しかし、体力も気力も魔力でさえも時間と共に削られ、珠のような汗を流し続けていた。
既にどれ程魔物を倒したかなどは数えていない。仲間も決して少なくない数がやられている。それでも、大剣を振るう事を止める訳にはいかない。友の死に涙を流し足を止める訳にはいかない。
風を纏った大剣を叩きつける様に降り下ろす。それだけで暴風が周囲を吹き飛ばす。そのまま雄叫びを上げて引き摺る様に振り回す。小型の魔物達は風に切り裂かれ、枯れ葉の如く四肢が舞い飛ぶ。
「すげぇな......流石は《ハリケーン》だ。ムカつくが、やっぱりアイツは本物だぜ」
「でかい図体で良くもあれだけ動くもんだ......。おい! ラヴェルに負けてられんぞ! 俺達もいくぞ!!」
『応!!!!』
ラヴェルの戦う姿を見て周りの騎士達は士気を上げる。魔物を巻き上げ吹き飛ばす。その姿は、確かに《英雄》とも呼べる程の勇姿を飾っていた。
「数は多いがそれだけだ! 魔物共を分散して潰していけ! 絶対に諦めんじゃねーぞ!!」
ラヴェルは吼える。周りの騎士達に檄を飛ばし、自身も再び疲れ傷付いた身体を奮い起たせる。
しかし、突如その時は訪れる。
ーーなんだ? 大地が揺れて......仲間の魔法? いや、地震か? 違う、違うぞ!! 揺れだけじゃねぇ、これはーー!!
「総員! 周囲を警戒!! 何か来るぞ、気を付けろ!!」
踏み締める大地から伝わる振動。そして地鳴りの様な音。それらは少しづつ大きくなり、突然周りの全てを吹き飛ばした。
「がっ! ば、馬鹿な......! 仲間ごと......巻き込みやがった、のか!? うおおおおお!?」
咄嗟に大剣の腹を盾代わりに衝撃を受けるも、小型の魔物の集団を巻き込み、騎士達の守る前線すらも崩壊させたのは、恐らく後ろに控えていたであろう大型の魔物の集団だったのだろう。
《大猪》と《大熊》と呼ばれる魔物の群れが突如全てを押し潰し吹き飛ばした。
騎士達が軽々と吹き飛び、四肢があらぬ方向へと折れ曲がった身体を宙に浮かせる。地面に落ちる前に後続の塊の中へと消えて擂り潰される。
遂に本命の群れが現れたのだ。
『うわああああああ!!??』
騎士達の悲鳴が戦場を覆い、この世の終わりが如く全てを黒く染め上げてゆく......。
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