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第2章 火曜日
火曜日
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目が覚めたとき、隣の布団はすでに空で、シーツの乱れがあるだけだった。漁師の朝は早い。俺は昨夜の濡れた服を洗濯機に放り込み、洗い終えたそれらをベランダに干した。潮風にたなびく彼のシャツやズボンを見つめていると、昨夜の指先の感触が蘇る。
漁業組合の事務所に出勤すると、市場はすでに水揚げを終え、競りの準備で活気づいていた。床は濡れ、活気ある音が響いている。いつもなら、威勢のいい彼の姿をすぐに見つけられるはずなのに、今日はどこを探してもいない。伝票を整理していても、数字が頭を滑り落ちていく。胸の奥がざわつき、ペンを握る指先がわずかに震えた。
競りが終わる頃、彼が不意に事務所に上がってきた。顔色は昨日よりいいが、どこか落ち着かない様子で俺を外へと誘い出した。
「昨日のこと、あんまり覚えてねえんだ」
潮風に吹かれながら、彼は困ったように笑った。海に入っていた理由も、ましてや俺と一緒に狭い風呂に入った記憶も、彼の中には欠落していた。朝起きて慌てて漁に出たものの、自分の服も靴も、財布と携帯の入ったバッグすら手元にないことに気づき、途方に暮れているという。
「服なら俺の家で洗濯して干してある。……でも、靴と鞄は俺も見てないな」
そう答える俺の言葉に、彼は眉を下げた。昼休み、俺たちは連れ立って、昨夜の海岸を探して回ることにした。
砂浜を歩いていると、遠くの波打ち際で、長い髪の女性が笑顔で大きく手を振っているのが見えた。彼女の傍らには、見覚えのある鞄と靴が置かれている。
「あった!」
彼は喜んで彼女のもとへ駆け寄り、何度も頭を下げてお礼を言った。「どこにあったんですか?」と彼が尋ねても、女性は一切言葉を発さず、ただ嬉しそうに彼を見つめ返している。やがて、彼女は喉に手を当て、困ったように微笑んだ。そこで初めて、俺は彼女が声が出ない人なのだと気づいた。
彼女の瞳が彼を捉えて離さない。その視線の熱に、俺は心臓を素手で掴まれたような感覚に陥った。彼は決して男前ではない。背も低く、お世辞にも女性にモテるタイプではないはずだ。なのに、彼女の瞳は彼を「特別な存在」として映している。
だが、何かが決定的に、おかしい。
冷たい風の中、彼女の長い髪も、服も、ぐっしょりと濡れている。足元は裸足で、砂にまみれていた。言葉も通じない。日本語がわからないのか、こちらの問いかけに首を傾げるばかりだ。このあたりには観光地もなければ、駅だって遠い。
とりあえず、俺たちは彼女を彼の実家へ連れて行くことにした。市場から戻ってきた彼の母親に事情を話し、後のことは任せて、俺は午後の仕事へと戻った。後で彼から聞いた話では、言葉も通じない彼女を、しばらく彼の家で泊めることに決めたそうだ。
夕方、自分のアパートに戻り、乾いた洗濯物を畳み始めた。
彼の服を、鞄に入れようとしたとき、抑えていた感情が堰を切って溢れ出した。俺は抗うこともできず、彼の服、そして彼が身に着けていた下着に顔を埋めた。
鼻腔を突くのは、清潔な洗剤の香りだけだ。いつもの元気な彼に戻ってくれたことに、心は間違いなく喜んでいる。それなのに、俺の汚れている身体は、そんな綺麗な喜びとは別の、生々しく、重い質量を持った欲望を激しく求めていた。
今まで、親友に対してこんな歪んだ執着を抱いたことはなかった。自分自身の身体の反応に吐き気がするほどの羞恥を感じながらも、俺は抗えなかった。胸を締め付ける苦しさに耐えかね、俺は彼の服を抱きしめて眠った。
漁業組合の事務所に出勤すると、市場はすでに水揚げを終え、競りの準備で活気づいていた。床は濡れ、活気ある音が響いている。いつもなら、威勢のいい彼の姿をすぐに見つけられるはずなのに、今日はどこを探してもいない。伝票を整理していても、数字が頭を滑り落ちていく。胸の奥がざわつき、ペンを握る指先がわずかに震えた。
競りが終わる頃、彼が不意に事務所に上がってきた。顔色は昨日よりいいが、どこか落ち着かない様子で俺を外へと誘い出した。
「昨日のこと、あんまり覚えてねえんだ」
潮風に吹かれながら、彼は困ったように笑った。海に入っていた理由も、ましてや俺と一緒に狭い風呂に入った記憶も、彼の中には欠落していた。朝起きて慌てて漁に出たものの、自分の服も靴も、財布と携帯の入ったバッグすら手元にないことに気づき、途方に暮れているという。
「服なら俺の家で洗濯して干してある。……でも、靴と鞄は俺も見てないな」
そう答える俺の言葉に、彼は眉を下げた。昼休み、俺たちは連れ立って、昨夜の海岸を探して回ることにした。
砂浜を歩いていると、遠くの波打ち際で、長い髪の女性が笑顔で大きく手を振っているのが見えた。彼女の傍らには、見覚えのある鞄と靴が置かれている。
「あった!」
彼は喜んで彼女のもとへ駆け寄り、何度も頭を下げてお礼を言った。「どこにあったんですか?」と彼が尋ねても、女性は一切言葉を発さず、ただ嬉しそうに彼を見つめ返している。やがて、彼女は喉に手を当て、困ったように微笑んだ。そこで初めて、俺は彼女が声が出ない人なのだと気づいた。
彼女の瞳が彼を捉えて離さない。その視線の熱に、俺は心臓を素手で掴まれたような感覚に陥った。彼は決して男前ではない。背も低く、お世辞にも女性にモテるタイプではないはずだ。なのに、彼女の瞳は彼を「特別な存在」として映している。
だが、何かが決定的に、おかしい。
冷たい風の中、彼女の長い髪も、服も、ぐっしょりと濡れている。足元は裸足で、砂にまみれていた。言葉も通じない。日本語がわからないのか、こちらの問いかけに首を傾げるばかりだ。このあたりには観光地もなければ、駅だって遠い。
とりあえず、俺たちは彼女を彼の実家へ連れて行くことにした。市場から戻ってきた彼の母親に事情を話し、後のことは任せて、俺は午後の仕事へと戻った。後で彼から聞いた話では、言葉も通じない彼女を、しばらく彼の家で泊めることに決めたそうだ。
夕方、自分のアパートに戻り、乾いた洗濯物を畳み始めた。
彼の服を、鞄に入れようとしたとき、抑えていた感情が堰を切って溢れ出した。俺は抗うこともできず、彼の服、そして彼が身に着けていた下着に顔を埋めた。
鼻腔を突くのは、清潔な洗剤の香りだけだ。いつもの元気な彼に戻ってくれたことに、心は間違いなく喜んでいる。それなのに、俺の汚れている身体は、そんな綺麗な喜びとは別の、生々しく、重い質量を持った欲望を激しく求めていた。
今まで、親友に対してこんな歪んだ執着を抱いたことはなかった。自分自身の身体の反応に吐き気がするほどの羞恥を感じながらも、俺は抗えなかった。胸を締め付ける苦しさに耐えかね、俺は彼の服を抱きしめて眠った。
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