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第二話 『ズル道の怪』を終わらせる

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 翌日の放課後。現場検証のために訪れたズル道を前にして緊張が走る。ズル道は赤い屋根の家と青い屋根の家の塀と塀のあいだにある、路地裏へと続く至って平凡な道だった。

「特に変わったところはなさそうですね」
「ほんとうにそう思うかい、磯崎さん」

 優さんが珍しく口を挟む。

「優の言うとおりだ。いきなり答えに出くわすなんて、面白くないな」

 頷いたオワリちゃんが顎に手を当てて考え込む。

「どういうことですか?」
「目を凝らして見てみたまえ」

 言われるがまま集中すると、修行の説明のときにオワリちゃんの体から出ていたのと同じような膜でズル道全体が半球状に覆われているのが見えた。

「ぼくはどうやら、ここに入れないようだ」

 ズル道へ向かって突き出した優さんの手が膜に弾かれる。

「どういうことですか?」
「要ちゃん、ここにはどうやら結界が張られているようだ」
「結界?」
「ああ。優が入れないのがなによりの証拠だ。これは『触れる力』の膜と同質のものだ」
「なんでそんなものがここに?」
「それを調べるための現場検証だよ、要ちゃん。優は裏門で待っていてくれ」

 言って、オワリちゃんが躊躇うこともなくズル道へ足を踏み入れた。

「わたしも行ったほうがいいんでしょうか?」

 なんだか怖くなって聞くと、

「オワリを信用するしかないな。ぼくは裏門で待っているよ」

 と言って、優さんは裏門の方へ飛んで行ってしまった。幽霊ってこういうとき便利だよなと思いながら仕方なく足を踏み入れたズル道は、塀と塀とに囲まれた人ひとりが通れるくらいの幅の、突き当りを何度も曲がりながら裏門に向けて進む迷路のような構造だった。

「うーむ、やはり変だ。とりあえず進んでみよう」

 ほとんど独り言のように呟いてオワリちゃんが更に先を行く。

「結界としてほとんど機能していない。だとすると――」
「――あ、あの、結界ってなんなんですか?」
「結界とは『場に霊力を付与して世界から隔離した世界』だ。内と外は全く違う世界であり、さらに結界を作った本人がルールを付与することができるんだ」
「つまり、結界の中ではなんでもできるってことですか?」
「いい質問だ、要ちゃん」

 嬉しそうなオワリちゃんが足を止めることもなく講釈を続ける。

「なんでもかんでもできるわけじゃないが解釈としてはおおむね正しい。結界にルールを付与するには『結界を世界の理からどこまで遠く離すことができるか』が重要だ。世界の法則を捻じ曲げるためには結界に相応の霊力を付与する必要がある。今回の『五分程度で抜けられる場所を四時間かけて抜けるようにする』なんていう目茶苦茶なルールを付与するのはよほどの能力者でもなければ無理だ。少なくともわたしにはできない」
「そんな凄いひとがいるってことですか?」
「どこかにはいるだろうが、生憎とここに張られているのは『野良の結界』だ」

 またよく分からない言葉が出てきた。

「『自然発生した結界のことを『野良の結界』と呼ぶんだ。能力者が作ったものに比べて極端に弱い力しか持っていないのが特徴だ」
「そんなことがあるんですか?」
「心霊スポットが良い例だ。肝試しに来た人間の『幽霊が出るかもしれない』という感情が蓄積していって『幽霊が出るかもしれないという感覚が増幅されるルールの結界』が張られることがある。出ると言われている場所って異常に怖いだろう。そこに幽霊が出るかどうかとはべつの現象だ」
「なるほど」
「まあこの結界は放置していても数日で消えるだろう。対処するまでもない」

 なんとなく理解したところで、ひとつ疑問が生まれる。

「でもここが弱い『野良の結界』だとしたら、ルールが強力なのはおかしくないですか?」
「さすがは要ちゃん。ここはありえないほど強力なルールを持った消えかけの『野良の結界』という矛盾した場所だ」
「さっぱり分かりません」
「なにか重大な見落としがあるのかもしれないな」

 話している間も変わったことはなく、わたしたちはあっさりと裏門へ着いてしまった。

「なにも起こりませんでしたね」
「ああ、かかった時間も五分足らずだ。適正の時間だな」

 腕時計を見ながら言ったオワリちゃんがため息を吐く。

「とりあえず『ズル道』に張られているのが『野良の結界』だと分かっただけか」
「『人が作った結界』と『野良の結界』って違いがあるんですか?」
「いい質問ばかりだな、要ちゃん。きみはやはり幽霊部にうってつけの人間だ」

 オワリちゃんの不気味なニヤリ顔には一ヶ月の付き合いでもまだ慣れない。

「人間ないし怪異が結界を張るためには、結界の中心点にかすがいとなるしろを設置する必要がある。それによって結界を場に固定するんだ。依り代はお札やらの具体的な物の場合もあれば、依り代となる呪文が地面や壁に書かれている場合もある」
「ここにはそれが無かったってことですね」

 一言で結界と言っても色々と複雑だな。

「更にわたしたちには何も起こらなかったことで、ここには何かしらの発動条件があることが分かる」
「わたしたちでは発動できないってことですか?」
「そうだ。結界には『中に入っただけで無条件にルールが適用されるもの』と『発動条件を満たしている場合にのみルールが適用されるもの』の二種類がある」

 説明を終えたオワリちゃんがわたしに意味ありげな視線を向けた。

「つまりこの結界がどういった結界なのかまとめてくれ、要ちゃん」
「えっと……ここは自然発生した力が弱い『野良の結界』のはずなのに、『四時間の時間経過』を与えるとても強い結界という矛盾したものになっていて、ルールを付与されるためには『発動条件』が必要って感じでしょうか」

 たどたどしく答えたわたしに、オワリちゃんが満足そうにうなずいた。

「百点だ。まずは『発動条件』を解明する必要がある。ある程度の予測はついたが、矛盾点を潰すためにも伊織ちゃんに当日の状況を詳しく聞く必要ができたな」

 今回のカギは『発動条件』を見つけることなのか。わたしもそろそろ幽霊部に貢献したいし、伊織さんの聞き込みは頑張ってみよう。

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