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第二話 『ズル道の怪』を終わらせる

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「おれに聞かれても分からないよ。いつも使っている道だけどなにも起きないし」
「それが最大の謎なんだよ、柿谷くん」

 更に翌日の放課後、部室に呼び出した柿谷くんへの尋問がはじまった。

「むしろおれはズル道で大幅に時間を短縮できるから遅刻しないですんでるんだよ。木原がバカなこと言っているみたいだけど、そんなこと起こるわけがないだろ」

 伊織さんを鼻で笑った柿谷くんは、伸び切った髪についている寝ぐせすら気にしていないズボラな人だった。シャツもズボンからはみ出しているしずっとあくびをしているし、伊織さんと正反対の不真面目な人間だろうなってことはさすがのわたしにも分かる。

「まあ、きみとは反りが合わないだろうな」
「いつも『ゲームだけやっていてもプロにはなれない』って言って来るんだ。あいつが遅刻した前の日も口げんかになったから、『SAIKYOU5』で勝ったら言うことを聞いてやるって言ったら黙り込んじゃったよ」
「……ほお」
「でも木原の遅刻とおれになんの関係があるんだ?」
「まだ確信はできないが、わたしはきみが事件に深くかかわっていると思っている」

 きっぱりと言い切って、オワリちゃんが不気味な笑みを浮かべた。またなにか良からぬことを考えているのだろう。

「きみも知ってのとおり、わたしは『幽霊部』だ。怪奇現象がらみの事件をボランティアで解決する活動をしている」
「……まさかおれが結界を張ったとでも言いたいのか?」
「いや、残念ながらきみにそんな能力はない。ただの凡人だ」

 オワリちゃんの失礼な言葉に立ち上がりかけたところをひとりくんに宥められ、圧倒された柿谷くんがふたたび腰を下ろす。

「もう帰ってもいいだろ? 『SAIKYOU5』をしたいんだよ」
「さっきも言っていたが、本気でプロになるつもりなのかい?」
「ああ、おれの夢は世界最強の格ゲーマーだ」

 ここまではっきりと自分の夢を語れるなんて凄いなあ。わたしは未だに将来の夢が明確にあるわけじゃないから、その点だけで言えば柿谷くんを尊敬できる。

「ちなみにきみのランクは? わたしはもうすぐシルバーに上がる、ブロンズ5だが」

 自慢気に言って、オワリちゃんがソファにふんぞり返る。

「ダイヤ3だよ」
「ぎゃひいっ!」

 オワリちゃんが聞いたこともない声を上げてソファから転げ落ちた。ここまで無様な人を初めて見たから、その点だけで言えばオワリちゃんを尊敬できる。

「ダダダ、ダイヤ3様であられましたか」

 オワリちゃんの驚愕ももっともだった。『SAIKYOU5』は、プラチナ帯までは初中級者のモチベーションを維持するために最低でも46%以上という負け越しの勝率でもランクが上がっていくポイントシステムになっている。でもダイヤ帯からは55%以上の勝率を維持しないと上がれなくなる。つまりダイヤ3は勝ち越せているわけで、マジで凄い。

「ほんとは根崩高校にeスポーツ部があればいんだけど、どうやれば作れるのかもわからないからひとりでずっと頑張っているんだ」
「いやはや尊敬します。こんどわたしにコーチングをお願いできますでしょうか?」

 揉み手をしながら柿谷くんに聞くオワリちゃんが、とことん情けなく見える。

「『シブガキ』ってIDでやっているから、検索してフレンド申請しといてよ。おなじクラスに弟子がふたりいるから、ランクを上げるコツは教えられる。格ゲー仲間が増えるのはそれだけで嬉しいからさ」
「わたしは『オワリチャン』というIDなのでよろしくお願いします、師匠!」

 いつのまにかオワリちゃんが柿谷くんの弟子になってしまった。

「分かった。じゃあもう帰っていいか?」
「師匠、あと四つだけ聞かせてください」
「多くね?」

 うんざりする柿谷くんと同じく、わたしも多くね?と思った。さっきも言っていたとおり、オワリちゃんは彼が今回の事件の重要人物だと確信しているのだろう。

「すぐに終わります。ひとつ目。伊織ちゃんが遅刻した日、師匠も遅刻しましたか?」
「……前の日に『SAIKYOU5』をやっていたらフレンド申請が飛んできたんだ。『キイロイ』っていう知らない名前だったけどダイヤ5の人で、ボコボコにされたけど楽しくなって深夜三時くらいまで対戦していたから起きたのが朝の十時だった。また木原に小言を言われるのも嫌だったから、あの日はサボったよ」
「そうですか。さぞや白熱した戦いだったんでしょうねえ」

 あくまでも下手に出るオワリちゃんの真意がわたしにはさっぱり分からなかった。

「ではふたつ目。師匠はズル道をどうやって知ったんですか?」
「七個上の兄貴がいてさ。兄貴も根崩高校の出身でズル道をよく使っていたらしくて、入学したときに教えてくれたんだ」
「なるほど。みっつ目。伊織ちゃんに『ズル道』を教えたのは師匠ですか?」
「そんなわけないだろ。何度も言うけど、おれは木原が苦手なんだよ」
「分かりました。よっつ目、この六日間で師匠は遅刻をしましたか?」
「……一回だけな。そのときもズル道を使ったけど遅刻した。いつもとおなじ時間しかかかってないはずだったのにさ」
「なるほど、分かりました」
「じゃあ、いい加減に帰るよ」

 三度目の宣言でようやく解放された柿谷くんが帰って行った。

「伊織さんが遅刻した日に柿谷くんが遅刻したかどうかって、関係あるんですか?」

 柿谷くんへの四つの質問の意味がわたしには分からなかった。とても『発動条件』に関係する質問だとは思えない。

「そうだな。ここで今回の事件の気になる点を整理しよう」

 言って、オワリちゃんがホワイトボードに、

 1 ズル道の結界の力はなぜ木原伊織にだけルールを発動させたのか?
 2 ズル道を頻繁に使っている柿谷翔人にはなぜルールが発動しないのか?
 3 事件前夜、木原伊織はほんとうに勉強をして夜更かしをしたのか?
 4 ズル道に結界を張ったのは誰か?(野良の結界だったので解決済み)

 という四つの点を重要度の順に書いていった。

「ぼくにはさっぱり分かりません」

 首を傾げる前島くんと同じく、わたしにもなにがなんだかさっぱりだ。

「ふっふっふ。もうすべて分かったよ」
「え、ほんとうですか?」

 わたしの戸惑いなんて気にすることもなくオワリちゃんが不気味に笑った。さっぱり分からない。柿谷くんからも伊織さんからも大した情報を引き出せたとは思えないんだけど。

「さっぱり分からないといった顔だな、要ちゃん」
「はい」
「ではひとつヒントをあげよう。わたしは今の聞き込みの最中にこれを使って師匠にある検証をしていたんだ」


 と言ってオワリちゃんが指さした制服の胸ポケットには、伊織さんの物と同じゲンゲツのキーホルダーがぶら下がっていた。

「ゲンゲツが関係しているんですか?」
「べつにキャラクターはなんでもよかったんだが、ガチャガチャで出たのがたまたま伊織ちゃんとおなじゲンゲツだったんだ」

 さっぱり分からないどころかもっとわけが分からなくなって首を傾げているわたしを見てオワリちゃんがいつもの不気味な笑みを浮かべた。
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