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6:失恋大樹とたそがれ坂
③
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「……なんだったんだろうね」
奈緒子が落胆して、ため息混じりにつぶやく。
慎吾にも、ワチコがここに来た理由はさっぱり分からなかった。ワチコが誰かのことを好きだなんて絶対にあり得ない。きっと他の目的があって失恋大樹を見に来たのだ。
眉間にシワを寄せて考えていると、不意にお尻をなにかに撫でられた。
一瞬、まさか奈緒子に撫でられたのかと思って振り返ると、白い蛇が這っていた。
「きょあえぇー!」
叫び声をあげた慎吾は、そのまま尻餅をついて金魚のように口をパクパクとさせた。
一瞬ビクッと身を震わせた奈緒子が白蛇を見つけ、
「あ、ヘビだ」
と、呑気に笑う。
「え、ウソ? だって、ヘビだよ」
「うん、べつにヘビなんて、怖くないじゃん。それにこのコ、きっと毒とかないよ」
「なんだよそれ、なんで分かるの?」
「わたしどっかで聞いたことあるけど、頭が三角のヘビには毒があって、丸いヤツには毒がないんだって」
言われてよくよく見ると、確かに白蛇の頭部は丸く、少しだけ安心した。とは言っても、ヘビはヘビ。微動だにできなかった。いつの間にかとぐろを巻いた白蛇は、慎吾には興味がないと言わんばかりに奈緒子だけををしばらくじっと見たあと、ふたたび這って草むらに消えていった。
「ああ、触りたかったのに……」
落胆する奈緒子に、慎吾は耳を疑った。
「な、なんで、怖くないんだよ?」
「えー、でもだって、可愛くない?」
「可愛くないよ、こ、怖いよ」
「じゃあ、チャーは、クモとか好きな人なんだ?」
「え?」
「クモ。虫の。お父さんが言ってたんだけど、人間には、ヘビが苦手な人と、クモが苦手な人の二種類がいるんだって。ヘビが嫌いなら、クモは好きでしょ? わたしはクモ苦手」
「クモも嫌いだよ」
「アハハ、じゃあ、チャーは三種類目の人間ね。おめでとうございます」
「や、やめてよ」
バカにされたような気がして少しだけ腹立たしくなりながら、『ヘビとクモのウンチク』を誰かに試してみたいという気にもなった。
ようやく落ち着いて汗で剥がれかけた絆創膏をまた額に貼り直してから、「まだもう少しいたい」と言う奈緒子を説得して、神社を出た。
たそがれ坂を下りながら、
「神社どうだった?」
と訊くと、
「うーん、ヘビとかワチコちゃんとか、いろいろ面白かったけど、あの樹はダメかな。やっぱり、バチアタリだもん」
〈都市伝説コレクション〉にするためと拾った五寸釘を手持ち無沙汰にいじりながら、奈緒子がこたえた。
「でも、アレだよ、この坂にも都市伝説っていうか、言い伝えがあるんだよ」
「え、ホント?」
「うん」――
◆◆
『たそがれ坂』
神社へ続く坂道には、古くからの不思議な言い伝えがある。
たそがれ時に下から坂の上を見上げると、ほんの少しだけの間、そこにもう死んでしまった一番会いたいヒトが夕陽を背にして立っているという。そのヒトに近づくと、陽炎のようにぼやけ、しまいには消えてしまうらしい。
ちなみに、『たそがれ坂』でヒトに会えるのは、一人につき一生に一度だけだと言われていて、その見たヒトが誰なのかを、誰にもしゃべってはいけないとも言われている。
もしそのことをしゃべると、そのヒトとの生前の思い出が、すべて消えてしまうらしい。
現在では、有線放送の『夕焼け小焼け』が流れるタイミングで見上げるのが、いちばん出会える確率が高い方法とも言われている。
◆◆
――「ホントに?」
奈緒子が、嬉々として言う。
奈緒子が落胆して、ため息混じりにつぶやく。
慎吾にも、ワチコがここに来た理由はさっぱり分からなかった。ワチコが誰かのことを好きだなんて絶対にあり得ない。きっと他の目的があって失恋大樹を見に来たのだ。
眉間にシワを寄せて考えていると、不意にお尻をなにかに撫でられた。
一瞬、まさか奈緒子に撫でられたのかと思って振り返ると、白い蛇が這っていた。
「きょあえぇー!」
叫び声をあげた慎吾は、そのまま尻餅をついて金魚のように口をパクパクとさせた。
一瞬ビクッと身を震わせた奈緒子が白蛇を見つけ、
「あ、ヘビだ」
と、呑気に笑う。
「え、ウソ? だって、ヘビだよ」
「うん、べつにヘビなんて、怖くないじゃん。それにこのコ、きっと毒とかないよ」
「なんだよそれ、なんで分かるの?」
「わたしどっかで聞いたことあるけど、頭が三角のヘビには毒があって、丸いヤツには毒がないんだって」
言われてよくよく見ると、確かに白蛇の頭部は丸く、少しだけ安心した。とは言っても、ヘビはヘビ。微動だにできなかった。いつの間にかとぐろを巻いた白蛇は、慎吾には興味がないと言わんばかりに奈緒子だけををしばらくじっと見たあと、ふたたび這って草むらに消えていった。
「ああ、触りたかったのに……」
落胆する奈緒子に、慎吾は耳を疑った。
「な、なんで、怖くないんだよ?」
「えー、でもだって、可愛くない?」
「可愛くないよ、こ、怖いよ」
「じゃあ、チャーは、クモとか好きな人なんだ?」
「え?」
「クモ。虫の。お父さんが言ってたんだけど、人間には、ヘビが苦手な人と、クモが苦手な人の二種類がいるんだって。ヘビが嫌いなら、クモは好きでしょ? わたしはクモ苦手」
「クモも嫌いだよ」
「アハハ、じゃあ、チャーは三種類目の人間ね。おめでとうございます」
「や、やめてよ」
バカにされたような気がして少しだけ腹立たしくなりながら、『ヘビとクモのウンチク』を誰かに試してみたいという気にもなった。
ようやく落ち着いて汗で剥がれかけた絆創膏をまた額に貼り直してから、「まだもう少しいたい」と言う奈緒子を説得して、神社を出た。
たそがれ坂を下りながら、
「神社どうだった?」
と訊くと、
「うーん、ヘビとかワチコちゃんとか、いろいろ面白かったけど、あの樹はダメかな。やっぱり、バチアタリだもん」
〈都市伝説コレクション〉にするためと拾った五寸釘を手持ち無沙汰にいじりながら、奈緒子がこたえた。
「でも、アレだよ、この坂にも都市伝説っていうか、言い伝えがあるんだよ」
「え、ホント?」
「うん」――
◆◆
『たそがれ坂』
神社へ続く坂道には、古くからの不思議な言い伝えがある。
たそがれ時に下から坂の上を見上げると、ほんの少しだけの間、そこにもう死んでしまった一番会いたいヒトが夕陽を背にして立っているという。そのヒトに近づくと、陽炎のようにぼやけ、しまいには消えてしまうらしい。
ちなみに、『たそがれ坂』でヒトに会えるのは、一人につき一生に一度だけだと言われていて、その見たヒトが誰なのかを、誰にもしゃべってはいけないとも言われている。
もしそのことをしゃべると、そのヒトとの生前の思い出が、すべて消えてしまうらしい。
現在では、有線放送の『夕焼け小焼け』が流れるタイミングで見上げるのが、いちばん出会える確率が高い方法とも言われている。
◆◆
――「ホントに?」
奈緒子が、嬉々として言う。
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