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17:縁日
③
しおりを挟む目の前の光景にどう声をかけるべきか悩んでいると、とつぜんナニカにふくらはぎを突かれ、仰天した慎吾は無様に尻もちをついた
「アッハ! またビビった!」
見上げると、次郎が笑っていた。
「ちょ、ちょっとやめてよ」
「だって、そんなにビビると思わないもん」
次郎の笑い声に気がついて、紀子がこっちを見る。
「チャー、どうしたの?」
笑いながら立ち上がって手を差し伸べて来る紀子の優しさが、いつものように心を傷つける。紀子の手を掴んで立ち上がり、目も合わすこともできずに慎吾は礼を言った。
「大丈夫?」
「うん」
「あ、おしり濡れてるじゃん。もう、次郎ってばなんでこんなことするの?」
「べつに関係ないだろ。怒ってばっかだな、お前」
言いとがめる紀子に、次郎が噛みついた。
ふたりの言い争いの原因であることに居心地が悪くなって、なんとはなしに奈緒子を見ると、奈緒子はその様子を楽しげに見つめていた。
「あ、あのさ。学たちが次郎のこと捜してたよ」
「え、ホントに? どこにいた?」
「もっと奥のほう」
「じゃあ、おれ行くわ」
「ちょっと、まだ話が終わってないよ」
「うるせえなあ」
眉間にシワを寄せ、次郎が逃げていった。
ひとつため息を吐いた紀子が、
「山下さんを捜してたんでしょ?」
と、慎吾にふたたび微笑みかける。
「う、うん」
「直人は?」
「なんか、ワチコとどっかに行っちゃった」
「あ、そうなの?」
紀子は少し落胆の色を浮かべながら、手招きをして慎吾を奈緒子のとなりにやった。
「来ないと思った」
横にズレながら、奈緒子がつっけんどんに言う。
「え、だって金魚すくいやろうって、約束したでしょ」
「……」
店のオバサンに三百円を払って、ポイと水色のプラスチックボウルをもらった慎吾も、さっそく金魚すくいに挑戦し、すぐに赤い金魚を二匹ゲットした。
「チャー、やっぱり器用だね」
紀子に褒められ、まんざらでもなかった。吉乃と清実も同様に感心しながら慎吾のポイさばきを食い入るように見つめている。
「コツさえ覚えればね、簡単だよ」
「へえ、じゃあ教えてよ。オバサン、もうひとつちょうだい!」
紀子が新しいポイをもらい、袖をまくって大げさに構えた。
「真ん中ですくおうとしないで、端っこに寄せてすくうようにするんだよ」
「……あ、できた」
単純な教えが功を奏し、紀子がすぐに金魚を一匹ゲットした。
喜ぶ顔が、近い。
ドキドキとしながら、紀子は人との距離感がいつもおかしいな、と慎吾は思う。
「あーあ、破れちゃった」
二匹目の金魚の抵抗にあえなく破れたポイを見つめて、紀子が嘆いた。
「惜しい! でもすぐにとれるなんてさすが紀子だね」
「えー、そうかな。うん、でもありがとう。チャーのお陰です」
「い、いいよ。お礼なんて」
ビニール袋の中で揺れる金魚を嬉しそうに眺めた紀子は、吉乃たちに促されて雑踏の中へ消えていった。
「なんか、楽しそうですねえ」
紀子たちのうしろ姿を目で追っていると、険のある奈緒子の言葉に後頭部を叩かれた。
「え、あ、うん、ごめん」
「だから、謝らないでよ」
「う、うん」
やっぱり変だ。奈緒子とふたりきりだと、言葉がどこかに隠れてしまう。
「わたしのこと、忘れてたでしょ?」
「そ、そんなわけないじゃん」
戸惑いながら返すと、奈緒子がボウルに蓋をするようにして手を被せた。
「じゃあ、何匹とったか分かる?」
「えっと、ご……七匹くらい?」
「それでいいの?」
「う、うん」
奈緒子が手をどけたボウルの中で、十匹の金魚が窮屈そうに身を寄せ合っていた。
「不正解!」
「あ、でもすごいね! ぼくそんなにとれないよ」
「ギブアップするの? 命令をひとつ聞く約束だけど」
「あ、うん、そうだった。頑張んなきゃ」
欲をかいて黒い出目金を狙うと、ポイが気持ちいいくらいに破れてしまった。
「はい、負けー」
奈緒子が嬉しそうに笑う。
「じゃあ、なんか考えておくからね」
「う、うん」
金魚をビニール袋に入れてもらい、これからどうするか相談していると、向こうから直人がひとりでやって来た。
「あれ、ワチコちゃんは?」
「なんかよく分かんないんだけど、ふたりを呼んでこいってさ」
「ワチコちゃんは、どこにいるの?」
「こっち」
言って、直人が元来た道をもどりはじめた。
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