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18:彫られた名前
①
しおりを挟む直人に連れられてやって来た失恋大樹の傍らに、神妙な顔つきのワチコが待っていた。
「なんでこんなとこに?」
「これ見ろよ」
ワチコが真っ直ぐに指さした先、失恋大樹の木肌には〈林直人〉といういびつな文字が彫られていた。
「え、これって」
「さっきここに来たら、あったんだ」
「ワチコちゃんがいつも行ってたとこって、ここだったの?」
「うん。毎日、ここの名前を見に来てたんだよ」
慎吾はずっと前にここでワチコを見かけたことを思い出した。奈緒子も同じく思い出したらしく、なにか言いたげに目を向けてきた。
「でも、なんで直人くんの名前があるわけ?」
「それは、分からないよ」
「べつにいいんじゃないの? こんなのウソに決まってるじゃん」
呑気に言った直人が、つまらなそうにアクビをする。
「ウソじゃないって!」
突然、ワチコが大声を張り上げた。
「な、なんだよ。ビビったー」
アクビで涙目の直人が、ワチコを攻める。
「でも……でもウソなんかじゃないんだよ」
「ど、どうしてそう言えるわけ?」
たまらず訊くと、
「これ」
と、ワチコが〈瀬戸正次〉の四文字を指差した。
「瀬戸の名前か。でもこれ、すげえ古いぜ」
言って、直人がつぶさに観察する。
「六年になってすぐの頃のだよ。ナオちゃんが転入してくるちょっと前にさ、これを見つけたんだ」
「それって、セトくんが学校に来てる頃の話?」
「うん」
「なんでお前、これを見つけたんだよ?」
「そ、それは、いまどうでもいいだろバカ! それよりさ、これを見つけてからちょうど二週間後にマサツグは学校に来なくなったんだよ」
「ってことはさ、たしか罰のあるのが十五日目だから、ワチコが見つける前の日に、セトくんの名前は書かれてたってこと?」
「そうだよ、まちがいない。あたし、その次の日からマサツグが学校に来たらノートに○を書いていったんだもんよ」
「だから信じろって? バカじゃねえの」
「ホントだって! だからあたしはそれからここの名前を見に来て、知ってる名前があったら、そいつに罰が来ないように見張ろうと思ってたんだもん」
「えー、じゃあ、今日からおれを見張るわけ?」
「そうだよ。絶対になにかが起きるんだから」
「は、犯人のほうを探したほうがいいんじゃないのかな?」
「犯人なんて見つからないよバカデブ! 学校の誰かだと思うけど、今日はみんな縁日に来てるだろ。昨日は直人の名前はなかったんだから、きっとあたしたちがここに来る前に誰かが書いたんだよ。女子か男子かも分からないんだぜ、探しようがないよ」
「……男だよ、これ」
地面へ目を落としていた直人が、つまらなそうにつぶやいた。
「な、直人、まさか犯人分かったの?」
「まあね。100%だとは言えないけど。でも女じゃないよ、たぶん」
「なんで分かるんだよ」
「雨が降ってただろ、今日。でさ、ここの地面が濡れ――」
「あの! わたしだけ話に入れないんですけど!」
今まで黙って聞いていた奈緒子が、急に怒鳴った。
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