バラバラ女

ノコギリマン

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21:犯人

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 すっかり抵抗する気も失せて神社の石段を無理矢理にのぼらされる次郎に、なにを言って良いものか分からない。

「行くぞ」

 直人に尻を蹴り上げられた次郎がよろめく。咄嗟に体を支えた慎吾の手を振り払い、悲しみとも怒りともつかない表情で睨みつけてきた次郎は、すぐに目を逸らして左足を気にかけながら歩き出した。

「お、どこに行くのか分かってるの?」

 直人がチクリと次郎を刺す。

「うるせえよ、証拠が無かったら、帰るからな」
「はいはい」

 直人がわざとらしくため息を吐いて、次郎の横に並ぶ。

 失恋大樹の前まで来て、もはや完全に開き直った次郎が直人と対峙した。

「で、証拠は?」
「まあ、今さら証拠なんか出さなくてもいいと思うけど、一応ね。チャー、松葉杖」
「あ、うん」

 直人に松葉杖を渡すと、次郎が戸惑いの表情を浮かべた。

 慎吾にも、その意味は分からなかった。

「この松葉杖が証拠。お前さ、知ってるかどうか分かんないけど、おれたち、あの日にはもう名前が書かれてるのに気づいてるんだよ」
「な、なんでだよ?」
「まあ、色々とあってね。ワチコが毎日ここに来て名前を確認してたんだよ」
「なんだよ、それ……?」
「でさ、あの縁日のときも、まあその時おれも一緒にいたんだけど、ここに来て名前を確認したんだよ。そしたら、名前があった」
「だから、なんでおれが犯人なんだよ、お前の名前を書く理由なんてねえよ!」
とは言ってねえよ。チャーのかもしれないじゃん。まあ、いいや。でさ、あの日ってさ、夕方まで雨が降ってただろ。だから、ここらへんの土が湿ってたんだよ」
「そ、それがなんなんだよ」
「最後まで聞けって。湿ってたからさ、足跡とかがつきやすかったんだな、あの日は。そんでさ、地面をよーく見て気づいたんだけど、土にさ、丸い穴が点々とついてたんだ。たぶん、この松葉杖の跡だと思う」
「バ、バカじゃねえの。そんなのもう残ってないだろ。証拠に無んねえよ」
「でもさ、まだ残ってるんだよ」
「え?」

 直人が指さした地面に、確かに小さな丸いくぼみが点々とついていた。

「これに松葉杖の先っぽがピッタリ合ったら、お前が犯人なんじゃねえかな。まあそんなことしなくても、もういっぱい変なこと言ってるから無駄だけど。どうする? ダメ押しで合わせたほうがいい?」

 直人に詰め寄られた次郎が、ついに観念したらしく深いため息を吐いた。

「……おれが書いたよ、認める」
「やっと認めたか。ああ、疲れた。もう出てきていいぞ!」

 頬を緩めた直人がうしろの生け垣に向かって呼びかけると、松葉杖を手にしたワチコが穴から這い出てきた。

「な、なんでワチコまでいるんだよ?」

 目を白黒させながら、次郎が慎吾を見る。

 慎吾もその理由が分からずに、首を横に振った。

「ごめんな次郎、その松葉杖の跡、あたしがつけたんだよ」
「なっ…?」
「いやあ、たしかに縁日の時にはあったんだけど、消えてたらイヤじゃん。だから先にワチコに行ってもらって、つけさせたんだ」
「ず、ずるいぞ!」
「まあでも認めたじゃん、お前。それに悪いのは、おれたちじゃなくてお前だろ?」

 次郎の逃げ場をどんどんと潰していく直人が、怖かった。

「でも卑怯っちゃ卑怯だからさ、なんでおれの名前を書いたのかとかは聞かないし、×印さえつけてもらえば、このことを誰にも言わないって約束するよ」
「はい」

 ワチコが五寸釘を素早く次郎の手に握らせる。

 すっかり観念して失恋大樹に近寄った次郎が、ハッとした顔で直人を見た。

「なんだよ、早くつけろよ」
「いや、コレ……」

 次郎が、困惑しながら失恋大樹を指差す。

「お、おれじゃないぞ」

 次郎の力ない言葉が蝉時雨せみしぐれにかき消された。

 失恋大樹には、新たに〈宮瀨慎吾〉という名前が刻み込まれていた。

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