40 / 53
39:秘密研究施設
しおりを挟む――ハナコは警棒を伸ばし、辺りを警戒しつつ、洞窟の秘密研究施設の構内へと足を踏み入れた。
ひしゃげた鉄扉からすぐの、やわらかい月の薄明かりに照らされた若草色のリノリウムの床面は、外から舞い込んだ落ち葉や土で汚れている。
すっかり、夜だ。
廊下の奥がまるで見えない。
左手に携えていた懐中電灯のあかりを頼りにして、辺りを見渡したハナコは、右手の壁に構内の見取り図が掛けられているのに気がついた。
見取り図から、秘密研究施設は一層だけの、カステラのような長方形のいたって簡素な作りだということが分かった。
恐らく洞窟を利用して作られたというのがその理由なのだろう。
「とりあえず、奥へ進んでみましょう」
トキオが言う。
気合いを入れ直し、ハナコは先頭に立って奥を目指した。
「これを見てみろ」
廊下の中程で、マクブライトが言う。
見ると、五枚も連なった大きなはめ殺しのガラス窓があり、その向こうがわの部屋には、いくつかの檻が廊下がわを向いて整然と立ち並ぶ光景が見えた。
しかし、ここからでもその檻のどれもが空っぽだということが分かる。
アリスを背負ったままのマクブライトに促され、はめ殺しの窓のすぐそばにあった、壊れた自動扉が開きっぱなしになっている敷居をまたぐと、まるで闖入者を歓迎するかのように、部屋の天井に備えつけられた照明が点灯した。
立ちこめる饐えた臭いに少しだけ躊躇していると、となりのマクブライトが臆することもなく、右にある最も大きな檻に近づいた。
はめられた鉄格子が内がわから強い力でねじ曲げられたらしく、その檻は大きくひしゃげていた。
「中身は逃げちまってるみたいだな」
マクブライトにうなずき、ふと見上げると、檻の上部には鈍色にひかる金属でできたプレートが嵌められていた。
そこには、
『〈被検体第十二号―ヤツメグマ―〉
備考
・ヤツメウナギ
・イノシシ
・ヒグマ』
と、簡潔な情報が書かれていた。
「……どうやら、あのバケモノグマは、ここで作られた代物らしいな」
マクブライトが言う。
「どういうこと?」
「同一個体内に複数の遺伝情報を持つ生物、つまり《遺伝子結合生物》をここで作ってたってことさ。まったく、悪趣味きわまりないぜ。ほら、ほかの檻も見てみろ」
促されて見てみると、他の檻には、〈サンジュウヤマカガシ〉〈ツメフクロウ〉〈サルカバ〉〈ケルベロスモドキ〉〈ムツアシガエル〉などの名前が書かれていた。
そして、その檻の横にある小さい鳥かご状の檻には〈サクテキチョウ〉の文字。さらにその上に置かれた二つの虫かご状の檻の上部には〈アイエンクソムシ〉〈チスイアゲハ〉というプレートがそれぞれ嵌められていた。
そして、〈チスイアゲハ〉と書かれた、扉の開いた檻の壁面には、あの黒い蝶が身を寄せ合うようにして、夥しく貼りついていた。
「ほかのヘンな生き物たちも、どうやらここで作られたみたいですねえ」
トキオが嘆息する。
「でも一体、なんのために?」
「おおかた、戦場へ投入される兵器として開発されたんだろう。だが、これらはどうやら失敗だったらしいな」
「なんで失敗だって分かるわけ?」
「おれが傭兵としていくつかの戦場を渡り歩いていた頃、こういったバケモノたちにはいっさい出くわさなかったからな。まあ、そんなことよりもおれが気になるのは、この〈サクテキチョウ〉ってやつだ」
空になった鳥かご状の檻を顎で指すマクブライト。
「このサクテキってのは、たぶん索敵ってことだろうな。人を、いや敵を見つけるために開発された鳥なんだろう」
「それが、なんなの?」
「人を探す鳥、言い換えれば、人を恐れない鳥に覚えがないか?」
「……クニオフィンチか」
「ご名答。おそらく、クニオフィンチこそが、この〈サクテキチョウ〉ってやつの正体だ。どうやら遺伝子操作で生まれたって噂は、真実だったようだな」
「ピクシーの野郎は、これを使ってあたしたちに辿り着いたってわけか」
それならば、一応の説明がつく。
しばらくその部屋を物色してみたが有益な情報は何もえられず、諦めて檻のあった部屋を出て先へと進むと、今度は左手に同じようにして大きな窓が嵌められた部屋が見えた。
その部屋には、なにやら精密な機械を思わせるメーターなどがついた金属質の基部を持つ、硬質ガラスでできた円筒状の装置がいくつも並んでいた。中央の三基には薄緑色の液体が充満し、その中には得体の知れない生物が浮いている。
気になりながら入り口の自動扉のプレートを見ると、〈ヒスト・ルーム〉と書かれていた。
入ってみようとその前に立ってみたが、自動扉はまったく開く気配をみせなかった。とりあえずその部屋は後回しにして、さらに奥を目指して進んでみると、すぐに廊下の端についてしまい、その突き当たりにあった〈センタールーム〉と書かれた部屋に足を踏み入れると、そこには九つの黒い研究机が並び、その上には、研究のために必要だったのだろう、埃を被ったさまざまな実験器具が散乱していた。
そこも調べてみたが、めぼしい物はなにも見当たらなかった。
「……まさか、これだけ、なんすかねえ」
トキオが言う。
「あの蝶だって実際にいたんだし、アリスの言葉を信じるなら、ここにはきっと何かがあるはずだよ。それに、情報がなにもないとしても、どこにもアリスがいたっていう痕跡すらないのは、どう考えたっておかしいよ」
「確かに、一理あるな」
マクブライトがうなずく。
その時、マクブライトに背負われていたアリスが小さく声を漏らしながらゆっくりと頭を上げ、難儀そうに瞼を開いて、視点の定まらない目で辺りを見回した。
失神していた間に起こったピクシーとアリスとを巡る顛末をハナコから聞かされ、半信半疑ながらも頷くことしかできなかった男たちが、かすかに強ばる。
「ここは……」
「秘密研究施設だよ。見覚えがある?」
うなずき、マクブライトに下ろしてもらったアリスは、ふらふらと部屋の奥のほうへと進んだ。
だがそこはただの壁で、特に変わったところはなさそうだった。
しかしアリスが導かれるように、その一部にあった出っ張りへ手をかざすと、低い機械音とともに、壁が横へと開いていった。
その先には、大きな搬出入用のエレベーターがあった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
追放聖女だってお茶したい!─セカンドライフはティーサロン経営を志望中─
石田空
ファンタジー
「ミーナ今までありがとう。聖女の座を降りてもらおう」
貴族の利権関係が原因でいきなり聖女をクビになった庶民出身のミーナ。その上あてがわれた婚約者のルカは甘味嫌いで食の趣味が合わない。
「嫌! 人の横暴に付き合うのはもうこりごり! 私は逃げます!」
かくしてミーナは神殿から脱走し、ティーサロン経営のために奔走しはじめた。
ときどき舞い込んでくるトラブル。
慌ててミーナを探しているルカ。
果たしてミーナは理想のセカンドライフを歩めるのか。
甘いお菓子とお茶。そしてちょっとの恋模様。
*サイトより転載になります。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる