41 / 53
40:記録映像
しおりを挟む「ここが……わたしのいた場所です」
アリスが、その小ぶりな口から絞り出すように言った。
「なるほど、上は、ほとんどフェイクみたいなもんだったんだな」
辺りを見回して、マクブライトが感心するように漏らす。
エレベーターは地階へと伸び、その先は、天井まで優に十メートルは下らないと思われる、幅も奥行きもある大きな部屋になっていた。
部屋の中央には天井を貫く大きな四角柱の機械があり、それに寄り添うようにして、横並びに、三つのモニターがついた操作盤のようなものが設えられていた。
機械の根元部分が空洞のようになっていて、卵を半分に切ったような楕円形の白い椅子が、そこにすっぽりとはまっている。
空洞の上部からは、その先にヘッドギアのような物がついた太い黒色のチューブが垂れ下がっていた。
歩み寄ってよく見てみると、四角柱のあちらこちらに、内がわから爆ぜたような焦げ跡のついた穴がいくつもあり、ヘッドギアから伸びるチューブは、半ばほどのところが裂け、文字どおり皮一枚だけでつながっている状態だった。
正直、この機械がなんなのかは、皆目見当が付かない。ふと部屋の向こう端に目をやると、病院の無菌室のような、四方を透明なビニールのカーテンで囲まれたベッドルームがあった。
そしてその反対側には小部屋があり、中には上のものとまったく同じ、中身が空っぽの人工子宮が一基だけ置かれている。
「おい、これを見てみろ」
操作盤を調べていたマクブライトに言われて中央のモニターを見ると、そこには〈Project-Alice〉という、白い電子文字が浮かび上がっていた。
「プロジェクト・アリス……?」
独りごちるように言って、『不思議の国のアリス』を思い出しながら視線を移すと、アリスは今まで見せたこともない不安の色を顔に浮かべていた。
「覚えはある?」
ハナコの問いかけに、アリスは力なくかぶりを振った。
マクブライトがモニターの下部にあるキーボードをいじると、モニターに表示されていた文字が消え、ノイズ画面がしばらく続いたのちにモノクロの映像が映し出された――
◆◆◆
《A.K.028/02/02》
人工子宮。
円筒の中に、液体が満たされている。
《A.K.028/10/10》
人工子宮。
円筒の中の液体に臍帯をつけた人型の胎児が浮いている。
《ノイズ画面》
《A.K.031/07/04》
部屋の中央部。
迷彩服の男が拳銃を構えて立っている。
銃口の先、幼女が向かい合うようにして立っている。
男、束の間のためらいの後、発砲。
一瞬、ノイズ画面になる。
再び部屋の光景。
男が四肢をあらぬ方向へ向けて倒れている。
幼女は、無表情のまま同じ場所に立っている。
何ごともなかったかのように、無傷。
ノイズ画面。
《ノイズ画面》
《A.K.032/10/13》
四角柱の機械。
椅子に、ヘッドギアを被せられた幼女が座らされている。
操作盤の前に、カメラに背を向けた白衣の男が立っている。
その横には同じく白衣を着た、側頭部に傷のある女の姿。
男が操作盤に何かを入力する。
カメラ、小さく揺れはじめる。
幼女が苦しみだし、のけ反る。
四角柱の至る所が爆発し、噴煙を上げる。
男が尻もちをつき、慌てふためく。
女、男に駆け寄る。
カメラ、大きく揺れ始める。
ノイズ画面。
《A.K.033/03/02》
部屋の中央。
四角柱の機械を小型化した、ほとんど椅子だけの機械がある。
操作盤、四角柱の側面に取りつけられている。
椅子に、ヘッドギアを被せられた少女が座らされている。
少女の額に浮き出た汗をタオルで拭っている女。
白衣の男、カメラに背を向けたまま操作盤を動かす。
カメラ、小さく揺れ始める。
少女が苦しみ出す。
一瞬、ノイズ画面になる。
白衣の男が首を横に振り、ヘッドギアのチューブを外す。
ノイズ画面。
《A.K.035/04/09》
少女が機械に座らされている。
カメラ、小さく揺れる。
ノイズ画面。
《ノイズ画面》
《ノイズ画面》
《A.K.035/05/28》
少女が機械に座らされている。
カメラ、大きく揺れる。
ノイズ画面。
《A.K.035/07/17》
ベッドルーム。
少女がベッドに寝かされている。
頭にはチューブを外したヘッドギアが被せられている。
体中に測定器が着けられ、コードが心電図まで伸びている。
白衣の男、心電図を見ながら女に指示。
ノイズ画面。
《ノイズ画面》
《A.K.035/09/14》
部屋の中央。
小型化された機械。
少女が座らされている。
白衣の男が少女にヘッドギアを被せようとしている。
エレベーターから、銃を持った軍服の男たちが現れる。
膝をつき、両手をあげる白衣の男。
軍服たちの影から、白髪の男が現れる。
白衣の男、白髪の男に何ごとかを言う。
白髪の男、少女に視線を走らせ、口を動かす。
軍服に拘束され、白衣の男と白衣の女が連行される。
白髪の男、意識のない少女を抱え上げ、部屋を出て行く。
ノイズ画面。
◆◆◆
――こまぎれで次から次へと映し出されるサイレントの映像に、ハナコは混乱していた。
一体なにがここで行われていたのかはよく理解できなかったが、しかしそれでも、アリスがここで生まれたのだろうということは分かった。
そして、白衣の男が、アリスのあの力をなにかに――恐らく兵器として――利用しようとしていたのだろうことも、おぼろげながらに理解できた。
もしかするとアリスは、階上で作られたキメラとかいうバケモノたちと、同じ経緯で誕生したのかもしれない。
それに、意外だったのは、白衣の男とともに映っていた側頭部に傷のある女だ。
あの女は、ツラブセにいた女だ。
アリスが言うには、セイさんとかいう人だった。
彼女はもともと〈赤い鷹〉にいたのではなく、政府側の人間だったのだ。
だがなによりもハナコの目をひいたのは、最後の映像に映っていた白髪の男だった。
実際に会ったことは一度もないが、それでも毎日のようにテレビで〈最重要危険政治犯〉として流されるその男の顔写真は、どす黒い怨嗟とともにハナコの脳裡に強く焼き付いていて、忘れようとしても、とても忘れることなんてできない代物だった。
「……ムラト・ヒエダ」
歯ぎしりを堪えながら独りごちると、
「〈悪漢の中の悪漢〉は、ここでアリスに出会ったことになるな」
言って、マクブライトが深く息を漏らした。
「娘でもなんでもなかったってわけね」
「アリスがここで造られ……生まれたことは分かった。だが、それをムラトがどうするつもりだったのかまでは、断定できんな」
言って、マクブライトがバックパックから黒いマッチ箱大のUSBメモリスティックのような物を取りだし、コネクターを操作盤の差し込み口に挿入した。
「それは?」
「これは、昔レーダーマッキーから高値で売りつけられた〈見えざる蚊〉っちゅう代物だ。おれも詳しいことはよく分からんが、これを使えば、どんなに厳重なセキュリティがかけられていようが、それをかい潜ってデータを吸い取ることが可能らしい。ここで得た記録映像を奴に解析してもらおう。上手くいけば、ノイズ画面で観られなかった箇所の修復も可能かもしれん」
うなずき、視線をアリスに移したが、うつむいているせいで、その表情は分からなかった。
「ネエさん、あ、ありません!」
突然、トキオが素っ頓狂な声をあげた。
「なにが?」
「小さいほうの機械が、ですよ」
言われ、部屋を見渡すと、確かに映像にあった小さいほうの機械が、まるではじめからこの部屋には存在しなかったかのように、どこにも見当たらなかった。
「どうやら〈赤い鷹〉に回収されちまったようだな」
マクブライトが神妙な面持ちで言う。
その事実が何を意味しているのか、その時のハナコには露ほども理解できていなかった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
追放聖女だってお茶したい!─セカンドライフはティーサロン経営を志望中─
石田空
ファンタジー
「ミーナ今までありがとう。聖女の座を降りてもらおう」
貴族の利権関係が原因でいきなり聖女をクビになった庶民出身のミーナ。その上あてがわれた婚約者のルカは甘味嫌いで食の趣味が合わない。
「嫌! 人の横暴に付き合うのはもうこりごり! 私は逃げます!」
かくしてミーナは神殿から脱走し、ティーサロン経営のために奔走しはじめた。
ときどき舞い込んでくるトラブル。
慌ててミーナを探しているルカ。
果たしてミーナは理想のセカンドライフを歩めるのか。
甘いお菓子とお茶。そしてちょっとの恋模様。
*サイトより転載になります。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる