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40:記録映像
しおりを挟む「ここが……わたしのいた場所です」
アリスが、その小ぶりな口から絞り出すように言った。
「なるほど、上は、ほとんどフェイクみたいなもんだったんだな」
辺りを見回して、マクブライトが感心するように漏らす。
エレベーターは地階へと伸び、その先は、天井まで優に十メートルは下らないと思われる、幅も奥行きもある大きな部屋になっていた。
部屋の中央には天井を貫く大きな四角柱の機械があり、それに寄り添うようにして、横並びに、三つのモニターがついた操作盤のようなものが設えられていた。
機械の根元部分が空洞のようになっていて、卵を半分に切ったような楕円形の白い椅子が、そこにすっぽりとはまっている。
空洞の上部からは、その先にヘッドギアのような物がついた太い黒色のチューブが垂れ下がっていた。
歩み寄ってよく見てみると、四角柱のあちらこちらに、内がわから爆ぜたような焦げ跡のついた穴がいくつもあり、ヘッドギアから伸びるチューブは、半ばほどのところが裂け、文字どおり皮一枚だけでつながっている状態だった。
正直、この機械がなんなのかは、皆目見当が付かない。ふと部屋の向こう端に目をやると、病院の無菌室のような、四方を透明なビニールのカーテンで囲まれたベッドルームがあった。
そしてその反対側には小部屋があり、中には上のものとまったく同じ、中身が空っぽの人工子宮が一基だけ置かれている。
「おい、これを見てみろ」
操作盤を調べていたマクブライトに言われて中央のモニターを見ると、そこには〈Project-Alice〉という、白い電子文字が浮かび上がっていた。
「プロジェクト・アリス……?」
独りごちるように言って、『不思議の国のアリス』を思い出しながら視線を移すと、アリスは今まで見せたこともない不安の色を顔に浮かべていた。
「覚えはある?」
ハナコの問いかけに、アリスは力なくかぶりを振った。
マクブライトがモニターの下部にあるキーボードをいじると、モニターに表示されていた文字が消え、ノイズ画面がしばらく続いたのちにモノクロの映像が映し出された――
◆◆◆
《A.K.028/02/02》
人工子宮。
円筒の中に、液体が満たされている。
《A.K.028/10/10》
人工子宮。
円筒の中の液体に臍帯をつけた人型の胎児が浮いている。
《ノイズ画面》
《A.K.031/07/04》
部屋の中央部。
迷彩服の男が拳銃を構えて立っている。
銃口の先、幼女が向かい合うようにして立っている。
男、束の間のためらいの後、発砲。
一瞬、ノイズ画面になる。
再び部屋の光景。
男が四肢をあらぬ方向へ向けて倒れている。
幼女は、無表情のまま同じ場所に立っている。
何ごともなかったかのように、無傷。
ノイズ画面。
《ノイズ画面》
《A.K.032/10/13》
四角柱の機械。
椅子に、ヘッドギアを被せられた幼女が座らされている。
操作盤の前に、カメラに背を向けた白衣の男が立っている。
その横には同じく白衣を着た、側頭部に傷のある女の姿。
男が操作盤に何かを入力する。
カメラ、小さく揺れはじめる。
幼女が苦しみだし、のけ反る。
四角柱の至る所が爆発し、噴煙を上げる。
男が尻もちをつき、慌てふためく。
女、男に駆け寄る。
カメラ、大きく揺れ始める。
ノイズ画面。
《A.K.033/03/02》
部屋の中央。
四角柱の機械を小型化した、ほとんど椅子だけの機械がある。
操作盤、四角柱の側面に取りつけられている。
椅子に、ヘッドギアを被せられた少女が座らされている。
少女の額に浮き出た汗をタオルで拭っている女。
白衣の男、カメラに背を向けたまま操作盤を動かす。
カメラ、小さく揺れ始める。
少女が苦しみ出す。
一瞬、ノイズ画面になる。
白衣の男が首を横に振り、ヘッドギアのチューブを外す。
ノイズ画面。
《A.K.035/04/09》
少女が機械に座らされている。
カメラ、小さく揺れる。
ノイズ画面。
《ノイズ画面》
《ノイズ画面》
《A.K.035/05/28》
少女が機械に座らされている。
カメラ、大きく揺れる。
ノイズ画面。
《A.K.035/07/17》
ベッドルーム。
少女がベッドに寝かされている。
頭にはチューブを外したヘッドギアが被せられている。
体中に測定器が着けられ、コードが心電図まで伸びている。
白衣の男、心電図を見ながら女に指示。
ノイズ画面。
《ノイズ画面》
《A.K.035/09/14》
部屋の中央。
小型化された機械。
少女が座らされている。
白衣の男が少女にヘッドギアを被せようとしている。
エレベーターから、銃を持った軍服の男たちが現れる。
膝をつき、両手をあげる白衣の男。
軍服たちの影から、白髪の男が現れる。
白衣の男、白髪の男に何ごとかを言う。
白髪の男、少女に視線を走らせ、口を動かす。
軍服に拘束され、白衣の男と白衣の女が連行される。
白髪の男、意識のない少女を抱え上げ、部屋を出て行く。
ノイズ画面。
◆◆◆
――こまぎれで次から次へと映し出されるサイレントの映像に、ハナコは混乱していた。
一体なにがここで行われていたのかはよく理解できなかったが、しかしそれでも、アリスがここで生まれたのだろうということは分かった。
そして、白衣の男が、アリスのあの力をなにかに――恐らく兵器として――利用しようとしていたのだろうことも、おぼろげながらに理解できた。
もしかするとアリスは、階上で作られたキメラとかいうバケモノたちと、同じ経緯で誕生したのかもしれない。
それに、意外だったのは、白衣の男とともに映っていた側頭部に傷のある女だ。
あの女は、ツラブセにいた女だ。
アリスが言うには、セイさんとかいう人だった。
彼女はもともと〈赤い鷹〉にいたのではなく、政府側の人間だったのだ。
だがなによりもハナコの目をひいたのは、最後の映像に映っていた白髪の男だった。
実際に会ったことは一度もないが、それでも毎日のようにテレビで〈最重要危険政治犯〉として流されるその男の顔写真は、どす黒い怨嗟とともにハナコの脳裡に強く焼き付いていて、忘れようとしても、とても忘れることなんてできない代物だった。
「……ムラト・ヒエダ」
歯ぎしりを堪えながら独りごちると、
「〈悪漢の中の悪漢〉は、ここでアリスに出会ったことになるな」
言って、マクブライトが深く息を漏らした。
「娘でもなんでもなかったってわけね」
「アリスがここで造られ……生まれたことは分かった。だが、それをムラトがどうするつもりだったのかまでは、断定できんな」
言って、マクブライトがバックパックから黒いマッチ箱大のUSBメモリスティックのような物を取りだし、コネクターを操作盤の差し込み口に挿入した。
「それは?」
「これは、昔レーダーマッキーから高値で売りつけられた〈見えざる蚊〉っちゅう代物だ。おれも詳しいことはよく分からんが、これを使えば、どんなに厳重なセキュリティがかけられていようが、それをかい潜ってデータを吸い取ることが可能らしい。ここで得た記録映像を奴に解析してもらおう。上手くいけば、ノイズ画面で観られなかった箇所の修復も可能かもしれん」
うなずき、視線をアリスに移したが、うつむいているせいで、その表情は分からなかった。
「ネエさん、あ、ありません!」
突然、トキオが素っ頓狂な声をあげた。
「なにが?」
「小さいほうの機械が、ですよ」
言われ、部屋を見渡すと、確かに映像にあった小さいほうの機械が、まるではじめからこの部屋には存在しなかったかのように、どこにも見当たらなかった。
「どうやら〈赤い鷹〉に回収されちまったようだな」
マクブライトが神妙な面持ちで言う。
その事実が何を意味しているのか、その時のハナコには露ほども理解できていなかった。
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