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第三十六話 はな
しおりを挟む「う、オェ」
ヤッベェ、まじで臭いぞこの蝶。そりゃ誰も獲りに来ようとしないわけだ。ってか、あの受付まじで許さんぞ。薬草採取を三つもさせた上に、こんな臭い蝶をなんの説明も無しに取らせるとか普通に悪魔だ。
俺は街の雑貨屋で買った虫取り網を片手に森の中にきていた。
蝶が見つかるかが一番の懸念点だったのだが、その心配は杞憂に終わった。何故なら一瞬で見つかったからだ。なんならそこら中にいた。そして、そこまでは良かった。
悲劇が始まったのはいざ捕まえようとした時だった。今回のターゲットであるコメツキチョウは自分に危険が近づきそうになると刺激臭を発するのだ。つまり、俺が虫取り網を持って近づいた時点で鼻にその激臭が到達した。
最初はそんなに臭いとは思っておらず、ノーガードでクリーンヒットしてしまった。鼻がもげるほど臭い匂いで、他に例えようのない臭さだった。ヘドロともまた違うし、おならともまた違う。
なんというか、趣味の悪い香水を何倍にも濃ゆくして悪意を足したようなそんな匂いだ。
だが、臭いと分かっていれば対処はできる。息を止めればいいだけだ。その間に特攻してさっさと捕まえる。そうすればいける、そう思っていたのだが、この蝶々、無駄に素早い。
ひらりひらりと避けられ、逃亡ルートも非常に読みづらい。おまけに単純にスピードも速いときた。息を止めてる俺の全力疾走は持って精々15秒だ。最低でも30秒は欲しいのに半分では到底太刀打ちできないのだ。
それでも、相手はたくさんいる、その中で一匹だけでも。そう思えば思うほど狙いが定まらず蝶々に弄ばれる。かといって一匹に一点集中したところで本気を出されて仕舞えば余裕で逃げられる。
終いには俺のことを脅威とすら感じなくなったのか、逃げない奴らまで出てきやがった。
「クッソー、舐めやがって!」
でも、現状俺にあの蝶々たちに有効な手段が無いのもまた事実。これはどうしたものかなー。
依頼を解除してもらえという意見もあるだろうが、それはなんか負けたような気がして嫌なのだ。どうにか一匹だけでも捕まえたい。
「はぁ、はぁ、はぁ」
疲れた。もうやりたくない、頑張りたくもない。あー、無理だろこんなのー。
だってゲームとかだったら絶対に専用の蜜とかあってそれを塗ってたら集まって捕まえやすくなるとかあるだろう?
それに比べて現状の俺には……この婆さんからもらった花しかないんだよ。もうちょっと街で粘って探せば蜜とかあったかなー?
でも、もしそんなのがあったらこんな依頼とっくに消化されてるだろうから、ないんだろうなー。この花に釣られて集まってこないかなー。
俺が婆さんの花屋で買った花をブンブンと振り回していると、蝶の動きがなんだか大人しくなった。
ん、これは、もしかしたらもしかするのか?
俺は左手に花を装備し、右手で虫取り網を構えた。そして、左手を最大限に伸ばして蝶々よ止まれー! とひたすらに念じてみる。すると、一匹の蝶がふらりと近寄ってきた。
まだだ、完全に花に着地して油断した瞬間を狙う。…………今だっ!
パシッ
来たー! 遂に、遂に捕まることができたぞー!
「ってクッサ!」
その臭いは今までで一番臭い臭いだった。鼻がなくなるかと思った。
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