当世退魔抜刀伝

大澤伝兵衛

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第1章 ヤトノカミ編

第15話「謎の襲撃者」

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 刀を拝見した後、中条の家を出てからすぐに後をつけられていることに修は気が付いた。

 少し前に不良を蹴散らしたばかりでもあり、身に覚えがあると言えばある。道場破りの青山は病院送りにしたばかりなので違うはずであるが。

 撃退しようか撒いてしまおうかと迷ったが、まずは本当につけられているのか確かめてみることにした。

 尾行に気付いていないふりをしながら角を曲がり、死角で尾行者を待ち受けた。

 予想通り修の後をつけて曲がって来た尾行者たちに出合い頭に声をかける。

「おいっ。後をつけてどういうつもりだ?」

 凄味を利かせながら相手を修は観察した。よく見ると相手の脇のあたりが少し膨らんでいる。嫌な予感がした修は言い終わるが早いか一気に駆け出した。

 尾行者たちはあっけにとられてとっさに反応できなかったが、すぐに我に返り、修の後を追って走り出した。

 かなり走ったところで、修は走り出したものの道に迷ってしまったことに気付いた。

 元々この辺りは地元ではない。しかも、土地勘の無さに加えて離脱することにのみ気をかけていたため大通りとは違う方向に向かってしまった。

 後ろからは男たちが追いかてくる足音が聞こえる。

 人通りの多い辺りに行けば追うのを諦めるかもしれないが、もしかしたら無関係な人たちを巻き込んでしまう。そう考えると大声を出して助けを呼ぶこともためらわれた。

 交番でも見つかればいいのだが残念ながら見つからないし、警官とも会わなかった。

 このまま逃げ続けても撒ける雰囲気は無いし、戦う力の無い人を巻き込んでしまうかもしれない。そう思った修は戦うのに有利な地形を探し始めたところでちょうど良い場所を見つけた。



「あそこを曲がったぞ」

「逃げ足の速い奴だ」

 修を追いかける男達はすっかり暗くなった道で追い続けた。修を追って道を曲がったが、その先に修の姿はなかった。

「どこへ行った?」

「足音も聞こえないぞ」

 見失うほど離れてもおらず。夜の静けさの中で先程まで足音が響いていたはずなのに辺りは静まり返っており、男達自身の足音と少し息の上がった話し声しかしなかった。

 撒かれたか?そう男達が思い始めた時、一人が指をさしながら叫んだ。

「おい! あれを見ろ。あそこから上って逃げたんじゃないのか?」

 男が指で示した方向には金網に被せられた布の様な物があった。金網の上には有刺鉄線が張られていたが、厚い毛布で覆われているため怪我をせずに登れそうだ。

「あそこにゴミ捨て場があるだろ。多分捨てられていた毛布を使って金網の向こうに逃げ込んだんだろう」

「なるほど。中々頭のまわる奴だ」

「物音もしないから多分まだ遠くに行っていないはずだ。早く追いかけるぞ」

 男達は毛布の上を登って金網を乗り越え、施設に侵入した。そして、まだ付近に潜んでいるはずの修を探し始めた。修がすぐ近くに隠れているというのは確かに当たっていた。しかし、それは男達の考えていたのとは少し違っていた。

 バサッ。

 後ろでした物音に男達は振り向いた。そこには地面に落ちた毛布と金網の向こうに立っている修を発見した。男達は驚きながらも反射的に懐から素早く拳銃を取り出し修に向けた。

「あー。やっぱりそんなもんを持っていたか。まともに戦わなくて正解だったよ。しかもサイレンサー付とはね」

 余裕を持った口ぶりで話しながらも油断なく男達の構えた拳銃の先に注意する。これを警戒したので戦わずに逃げ出したのだ。

「余裕ぶるんじゃねぇ。怪我したくなけりゃそこを動くな」

 リーダー格らしい男は拳銃を向けたまま脅し文句を言うと残りの男達に修を捕えるよう手で指示をした。有刺鉄線はジャケットを脱いで被せることにより越えるつもりのようだ。

「おやおや。そんな薄いジャケットじゃ痛そうだけどね。それに拳銃で狙うにはちょっと遠いんじゃないかな? まぁこれ以上付き合ってられないから失礼するよ。お前たちの相手は別の人がしてくれるから寂しくはないさ。拳銃で何とかできるかな?」

 そう言い残すと修は男達が金網を超えるのに手間取っている隙に走り去ってしまった。

「どうします? もうおいつけませんよ」

「しょうがない。逃げられた報告を入れて車両組に迎えに来てもらうぞ。奴の能力は惜しいが計画に必要不可欠ってわけじゃない。あくまで保険だからな」

 修に逃げられた男達は一旦リーダー格の男の元に集まって今後の行動について話し始めた。

「やっぱり鉄条網を越えるにはもう少し厚い布が欲しいですね。急いで使える物を探しましょう。誰かに見つかる前にここを出ないと」

「ああ、そうだな。早く離脱しよう。もっとも、見つかったところでこいつの餌食になるだけだがな」

「違いない」

 男達は拳銃を手にしながら逃走経路の探索をはじめた。鉄条網で囲まれたこの敷地はかなり警戒が厳重なようだが、たかが警備員ごとき何人来ようと簡単に射殺してしまえる自信が男達にはあった。そんな余裕は突如浴びせられた怒号によって打ち砕かれた。

「誰か!」

「なっ」

 男達は突然の誰何の声に驚きつつも声のする方へ拳銃を構えた。つい先ほど話していた通り、銃器の規制が厳しい日本の警備員など物の数ではない。銃を向けられれば怯むだろうし、簡単に射殺できるはずだった。

 しかし、

「武器を捨てろ! 捨てなければ撃つぞ!」

 予想に反し、警告が発せられた。そして、男達が見たのは怯える警備員などではなく、銃を構えた迷彩服の男達の集団だった。

「まさかここは……」

 何とか事態に対応しようと状況を分析しようとする男達はあることに思い至った。修を追跡し始めたのは津田沼駅付近である。そこから少し離れたところにはあるのは……

「防衛隊の駐屯地かよ!」

「なんてこった」

「どうする? 撃つか?」

「囲まれる前に逃げろ! すぐに分散だ!」

 男達のリーダー格の男は戦うことよりも逃げることを選択した。拳銃と小銃では撃ち合いになったら勝ち目はない。それにこちらから撃たずに逃げれば、撃っては来ないだろうとの判断だった。

 予想は正しく、リーダー格の男は後ろから撃たれる事は無く引き離す事が出来た。しかし、仲間の二人はついてこれなかった。彼らが犠牲になったおかげで逃げ延びられたと言えるかもしれない。

 後は敷地から逃げるだけだと離脱するのに適当な場所を探していると、真っ暗で静かだった敷地内の建物に灯りが点り騒がしくなってきた。どうやら捜索のための招集がかかったようだった。

「くそっ。無理にでも行くしかないか……」

 不安を感じ思わず独り言をつぶやいてしまう。強引に脱出できないか有刺鉄線を観察すると棘はあまり鋭くなく怪我を覚悟すれば何とかなりそうだ。米軍が使っているような触れただけでズタズタに切られてしまいそうな刃を連ねたタイプではないのは幸いだった。

「くっ」

 痛みに耐えながら有刺鉄線を乗り越えた。乗り越えるときに服があちこち引っかかってしまったためバランスを崩し着地に失敗し肩から落下してしまったが大きな悲鳴を上げることはこらえた。

 部下のことは気になったが追手が来る前に駐屯地から離れることを優先しなければならないと考えた。部下が捕まった場合、手をまわして釈放させるか処分するか、等の色々な対応があるがそれは組織の上の者が考えること。今しなければならないのは自分の身の安全を確保し、状況を速やかに報告することだ。連絡を取ろうと携帯電話を手に取った時、後ろから声が響いた。

「脱出するとは中々やるねー。まっ、それはいいとして俺を襲った理由を聞かせてくれないかな?」

 リーダー格の男が声に驚いて振り向くとそこには修の姿があった。逃げ去ったように見せかけて実のところは外から様子を窺っていたのだ。男はすぐさま修から離れて懐のホルスターから拳銃を引き抜こうとした。

「おいおい。防衛隊の基地の前で発砲する気か? サイレンサーが付いてないようだけどまずいんじゃない?」

 拳銃を引き抜くことは出来なかった。離れようとして飛び退いたはずなのにあっという間に間合いを詰められ、懐に入れた手を押さえつけられてしまった。

「てめえ。このやろっ。うわっ!」

 男は抑えられた手を強引に振り払い拳銃を引き抜こうとしたが、引き抜こうとする力を利用され捻じりあげられてしまった。

「合気道でも習得するべきだったな。力任せじゃ無理がある」

 捻じりあげた動きをそのまま利用して拳銃を奪いながら軽い口調で修が言った。

 合気道や古流柔術の技の中には手首を掴まれることを想定したものが数多くある。現代の格闘技の試合ではまず見ることのできない状態であり、単なる型や八百長的なものに見える事すらある。

 しかし、これらの技法の生まれた時代、武士は刀を携行し、町人だって懐剣を忍ばせているかもしれなかった。つまり、手首を掴む行為は相手の最大の武器を封じる行為であり、手首を掴まれた状態から繰り出す技は有効な対抗手段であった。そして、その技術は応用すれば、掴む側が技をかける事が出来る。今の修の様に。

「動くと撃つぞ。と言いたいところだけど、それは勘弁してやるよ。でも、何で俺を狙ったかを聞かせてもらおうか」

 修は拳銃から弾倉を引き抜きながらそう言った。薬室に残った銃弾を抜くことも忘れない。

 拳銃は強力な武器であるが修は訓練などしていないし、いざとなった時に引き金を引くことは出来そうもないと思っていた。ならば、拳銃は使えない状態にしてしまうのが一番だと判断した結果だった。

「話すとでも思ってててててっ!」

「こら。近所迷惑だろ? あまり大きな声を出すなよ。ちょっと刺激の強いツボを押しただけじゃないか。まだ、指を折ったわけでも目を抉ったわけでもないだろ?」

 本気とも冗談とも取れない口調で、修は物騒なことを口にした。周囲に気づかれるのを警戒しているのか穏やかな口調ではある。しかし、男の腕に伝わる激痛は耐え難いものであり、逃れられそうもない。

「まだ粘ってみるか? 話せば開放してやってもいいぞ? このままだと捜索に来た防衛隊に捕まるだろうね。まあ俺も事情を話すのが面倒だから、避けられるもんだったら避けたいところだ」

「うう……」

 余裕を感じさせる口調の修に対し、男は痛みと防衛隊に捕獲されることの不安でまともな言葉にならない。

「言っておくが面倒なだけで大した問題はないんだ。片や拳銃を持った一味、片や単なる高校生、どう判断されるかは自明の理だ。ついでに言っておくとこの基地のお偉いさんに伝手があるんだ」

「……」

 男の損得勘定に働きかけるように理詰めで語りかける。男の心はかなり揺れており、効果はあるようだ。なお、修の言っているお偉いさんは、道場に来ていた中条のことだが、彼は二等陸尉という幹部の中では下から二番目の階級であり、お偉いさんに該当するかは甚だ疑問である。ただ、修は防衛隊に詳しくないため逆に脅し文句に真実味が増していた。

「わかったよ。話す。話すから無事に解放してくれ」

「いいだろう。ただし、嘘をつく。はぐらかす。逃げるとかのそぶりが見えた段階でそれなりの対応を取らせてもらうからな」


 数分後、駐屯地の外まで捜索しに来た防衛官たちが目にしたものは、四肢の関節が外され、気を失っている黒服の男だけだった。


 修は自宅に戻ることなく太刀花家に向かった。黒服から聞いた情報を相談するためだ。

 千祝の部屋で出された茶を飲んで気持ちを落ち着けて切り出す。

「聞いてくれ。実は俺は狙われているらしい。さっき拳銃を持った男達に襲われたんで、防衛隊の基地に誘導してやった」

 かなり危険な内容ではあったが、見事に対処してやったという思いからかちょっと誇らしげな口調である。

「ああ。さっき私も八重ちゃんと夕飯中に、知らない人達に襲われたわ。弟が捕まりそうになったけど、ダイキチが不意を突いて攻撃したおかげで助かったけど、逃げられてしまったわ」

 千祝の経験も負けず劣らずであった。

 よく見ると襖に大きな爪痕が残っている。どうやら襖の向こうから爪で切り裂いたようだ。猫の爪はいざとなるとこんなに大きくなるんだと、修は感心した。

「そ、そうか。こっちにも来たのか」

「ええ。お父様がいればもっと安全なのだけれど、やっぱり仕事中で連絡がつかないの。メールの返信もないわ」

「一人捕獲して尋問したんだが、何でも俺は「神剣の使い手」なるものらしくて、その力を利用しようとして捕まえようとしたらしい」

「「神剣の使い手」ねえ。うちの流儀は塚原卜伝の新当流の系統だから、遡れば神様から伝えられた「香島の太刀」に行き着くから修ちゃんが「神剣の使い手」って言えなくもないけど、それを言ったらお父様も私も道場生も皆当てはまっちゃうわね」

「うん。それはそうなんだが、俺はこの前夢に出てきた大きな剣が関係していると思うんだ」

「いきなりお父様に挑戦してきて、一瞬でやられた日に見たって言ってたやつね?」

「う……ん。今日行った中条の家で見たネットであの剣と同じものを見つけたんだ。香島神宮にあるらしい」

「なるほどね。神社の神剣と、神様から伝えられた流儀の両方の繋がり、何かありそうね。なんで修ちゃんに関係しているのかわかならいけど調べてみる価値はありそうね」

「ああ。俺だけが標的ならほっといても良かったんだけど、千祝にも手が伸びてるんならすぐにでも調べたい」

 明日にでも調べに行くことを約束し、その日は太刀花家に皆で泊まることになった。
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