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第1章 ヤトノカミ編
第21話「参道での防戦」
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「どんだけいやがるんだ。こいつら」
もう、何体目になるのか数えていないヤトノカミを切り倒しながら、修は愚痴をこぼした。
最初のうちは二体づつ現れていたヤトノカミだったが、しばらくするとその出現スピードがだんだん速くなり、ついには三体同時に現れるようになった。
手にした弓や短刀は、ヤトノカミの堅そうな鱗を簡単に貫通したり切り裂いたりできるため、今のところそれほど苦戦はしていなかった。
しかしこのままヤトノカミの出現スピードが速くなっていけばどんどん不利になっていくことは目にみえていた。
しかも、倒し甲斐の無いことにとどめを刺したヤトノカミは、最初から何も存在していなかったの如く、死体は消えてしまうのだ。幻の様な存在なら幻のようにいくらでも現れるのではないか、という不安を抱えつつ戦ってきた。
どこかで逆転を狙う必要があったが、どうすれば良いのか考えがまとまらず、修は迎撃することしかできなかった。
ザリザリと音がして、また道の奥からヤトノカミが出現した。禍々しい赤い月の光に照らされた影の数は四体、やはり出現スピードはなおも加速していた。
「囲まれたらちょっときついかな」
前後左右から攻撃されたら防ぐことの難易度はかなり上がる。たとえ何度か防いだとしてもそのうち疲労や偶然により当たってしまうに違いない。
それを防ぐため、接近される前に少しでも数を減らそうと箙から矢を二本手に取り、連続で前を進む二体に対し放った。弓の癖に慣れてきており、矢は狙いを違わずヤトノカミを貫いた。
後から来る二体は、倒れ伏す矢に貫かれた仲間を気にする様子もなしに修に向かって殺到してくる。
(ちょっと近いか?)
もう一度弓を使うか、短刀による白兵戦に切り替えるか一瞬迷った。結局もう一度矢を放つくらいの間合いがあると判断し矢を取ろうと手を伸ばした。
が、ここで問題が起きた。
敵を倒すことに集中するがあまり矢が先程の射撃で尽きていることに気が付いていなかったのだ。箙に伸ばした手は空しく空を切り、三度ほど手をバタバタとした後やっと腰に目を向けて、空になった箙に気付いた。
(やっば)
慌てて腰に手挟んだ短刀を手に取ろうとするが、ヤトノカミはもう目の前に迫っていた。
仕方なく手近なヤトノカミの足を弓で払った。牽制くらいのつもりだったがうまく転倒してくれたため、立っているもう一体のヤトノカミに対して、転倒したヤトノカミを挟んだ位置に移動した。
倒れたヤトノカミが邪魔になって襲いかかれない位置に移動したのだ。相手同士が邪魔になって存分に攻撃できないようにするのは対複数戦の定石であり、多人数を相手にする普段の掛り稽古の成果と言える。
しかし誤算があった。相手にしているのは人間とは違う化け物。いつも道場で門人と稽古している時には安全地帯であった場所は、ヤトノカミの尻尾の射程圏内であった。あっという間に足首に尻尾が巻き付き今度は修が転倒した。
足首が折れるのではないかと思えるほどの力で締め上げられる痛みに耐えながら短刀を手に取り、尻尾に対し何度も突き刺した。その甲斐あって尻尾の締め上げる力は突き刺すたびに弱くなり、四度突き刺したところで完全に力を失った。
しかし、ほっとする暇はない。尻尾は力を失ったものの倒れたヤトノカミはまだ生きており、尻尾は巻き付いたままだ。巻き付いた尻尾を剥がしている間にも立っているヤトノカミは回り込み、依然倒れたままの修にとどめを刺そうと迫っていた。
(尻尾を攻撃するのではなく、本体のヤトノカミを攻撃するべきだったか)
そうすればヤトノカミは消えて尻尾から解放されていたかもしれない。そんなことを思ったが後の祭り、ヤトノカミの爪が修を切り裂こうと振り下ろされた。
しかし、振り下ろされた爪は修の体を逸れ地面を切り裂き、ヤトノカミの体が修に覆いかぶさってきた。その背中には薙刀が突き立っている。
「悲鳴を上げるとか、少しはあわてた方がいいんじゃないの? 助けなくてもいいんじゃないかと勘違いしそうになったわよ」
声のする方を見ると千祝がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「なんだよ。みっともなく泣き叫ぶところでも見たかったのか? そんなのはごめんだねっと」
修は強がって答えながら覆いかぶさっているヤトノカミの首を掻き切った。すると、それによってとどめを刺されたのか、ヤトノカミの体は輪郭がぼやけ消えて行き、後には突き刺さっていたはずの薙刀だけが転がった。ついさっきまで上にのしかかっていた重みが消えていくのを感じ、相手が本当に消えてしまうのだということを実感した。
「何なのこれ。いなくなっちゃったじゃないの」
駆け寄ってきた千祝は薙刀を拾い、いまだに尻尾を修の足に巻き付けたままのヤトノカミの首を刎ねながら驚きの声を上げた。驚いてはいるが首を刎ねるその動きはいつもの稽古のまま滑らかであり動揺は見られない。
「理由は分からない。だけど見ての通りで、しかも、際限なく現れてるんだ。ついでに言えば出てくるスピードが早くなっている。なんか手を打たないといけないと思う」
立ち上がった修は息を整えながら言った。先程までは一人で戦っていたため押されていったが、二人なら何とかなるかもしれない。
「手を打つってどんな?」
「一、要石のところまで戻って何とかする。多分あの割れ目を塞げばいいと思う。難点は、どうやって塞ぐか分からんてことだな」
「追加すれば、あの大きな蛇の怪物を倒すかやり過ごすかしないとたどり着けないことね」
これからの行動方針を相談し始めた。一人の時には考える事さえできなかったが、千祝の顔を見ているだけで心が落ち着き、言葉が自然に出てきた。
「二、あの黒マント野郎をとっちめて何とかする方法を聞き出すってことだ。多分奴はどうにかする方法を知っているはずだ。じゃないと自分の身も危険だからな」
「けど、かなり手ごわそうよ。あの佇まいからすると多分お父様と同じくらいの実力がありそうよ」
「ああ。俺もそう思う。得物は何か分からんがな。ただ分からないってことは長物は持ってないってことだから、こちらの武装と二人がかりってことを考えれば勝機はある」
「そうね。こちらは弓に薙刀、あっちは長くても脇差程度、いやもっと短いかな?うまく連携すればいけるかもね」
「三つ目はこのまま応援が来るのを待つってところだな。敵はこの直線の道からしか来れないから迎え撃つにはもってこいだと思う。少なくとも要石の周辺の林みたいにどこから襲われるのか分からない地形とは違う。難点は応援が確実に来るかってことだ。こんな訳のわからない事態を通報してもまともに対応してくれるか自信がない」
「その点は大丈夫かも。神主さんを交番に預けた時に怪物のことをお巡りさんに話したら、すぐに応援を呼ぶって。悪戯だとかは疑ってなかったと思う」
千祝の言っていることは修には意外だった。先程から戦ってきて、切り捨てた感触が手に残っている修にさえまだこれは夢なのではないかという甘い考えが捨てきれないほど現実味のない常識はずれのことなのに、大人の警官が子供の言うことを疑いすらしないのはどういうことか。
「疑いもしない。なら、こういう事態があり得るってことは想定の範囲内ってことか」
「でしょうね。ねえもしかして……」
「ああ。俺も多分同じことを考えていると思う」
この異常事態に対し、疑いもせずに対処するという警察、そのことから導き出される答えに二人は同時にたどり着いた。
「五年前の事件は……」
「怪物との戦いだったてことだ」
一般的な常識からは考えられない、人を襲う怪物など発表しても混乱を招くだけだろう。しかも、倒したそばから消えてしまうのでは信じてもらうのも難しい。
「じゃ、あの黒マントの男が五年前の事件の黒幕かもしれんな?」
「だとすると、抜刀隊壊滅だけじゃなく、名のある武術家が皆消えたのも」
「千祝のお母さんが死んだのも土砂崩れなんかじゃなく怪物や奴のせいかもしれない」
「おいおい。人聞きの悪いことを言うなよ。俺が五年前の黒幕? 逆だよ逆。あと付け加えておくとマントじゃなくてインバネスコートな? 日本語で言えば二重回しとも言うがな。武の世界に身を置くなら和装をする機会も増えると思うからちゃんと覚えておけよ」
事件の真相を口々に推理する二人に、気配を全く感じさせずに近づいてきた黒マントの男が口を挟んできた。敵対関係にあるというのにその口調には緊張感など微塵も感じさせておらず、余裕が感じられた。
もう、何体目になるのか数えていないヤトノカミを切り倒しながら、修は愚痴をこぼした。
最初のうちは二体づつ現れていたヤトノカミだったが、しばらくするとその出現スピードがだんだん速くなり、ついには三体同時に現れるようになった。
手にした弓や短刀は、ヤトノカミの堅そうな鱗を簡単に貫通したり切り裂いたりできるため、今のところそれほど苦戦はしていなかった。
しかしこのままヤトノカミの出現スピードが速くなっていけばどんどん不利になっていくことは目にみえていた。
しかも、倒し甲斐の無いことにとどめを刺したヤトノカミは、最初から何も存在していなかったの如く、死体は消えてしまうのだ。幻の様な存在なら幻のようにいくらでも現れるのではないか、という不安を抱えつつ戦ってきた。
どこかで逆転を狙う必要があったが、どうすれば良いのか考えがまとまらず、修は迎撃することしかできなかった。
ザリザリと音がして、また道の奥からヤトノカミが出現した。禍々しい赤い月の光に照らされた影の数は四体、やはり出現スピードはなおも加速していた。
「囲まれたらちょっときついかな」
前後左右から攻撃されたら防ぐことの難易度はかなり上がる。たとえ何度か防いだとしてもそのうち疲労や偶然により当たってしまうに違いない。
それを防ぐため、接近される前に少しでも数を減らそうと箙から矢を二本手に取り、連続で前を進む二体に対し放った。弓の癖に慣れてきており、矢は狙いを違わずヤトノカミを貫いた。
後から来る二体は、倒れ伏す矢に貫かれた仲間を気にする様子もなしに修に向かって殺到してくる。
(ちょっと近いか?)
もう一度弓を使うか、短刀による白兵戦に切り替えるか一瞬迷った。結局もう一度矢を放つくらいの間合いがあると判断し矢を取ろうと手を伸ばした。
が、ここで問題が起きた。
敵を倒すことに集中するがあまり矢が先程の射撃で尽きていることに気が付いていなかったのだ。箙に伸ばした手は空しく空を切り、三度ほど手をバタバタとした後やっと腰に目を向けて、空になった箙に気付いた。
(やっば)
慌てて腰に手挟んだ短刀を手に取ろうとするが、ヤトノカミはもう目の前に迫っていた。
仕方なく手近なヤトノカミの足を弓で払った。牽制くらいのつもりだったがうまく転倒してくれたため、立っているもう一体のヤトノカミに対して、転倒したヤトノカミを挟んだ位置に移動した。
倒れたヤトノカミが邪魔になって襲いかかれない位置に移動したのだ。相手同士が邪魔になって存分に攻撃できないようにするのは対複数戦の定石であり、多人数を相手にする普段の掛り稽古の成果と言える。
しかし誤算があった。相手にしているのは人間とは違う化け物。いつも道場で門人と稽古している時には安全地帯であった場所は、ヤトノカミの尻尾の射程圏内であった。あっという間に足首に尻尾が巻き付き今度は修が転倒した。
足首が折れるのではないかと思えるほどの力で締め上げられる痛みに耐えながら短刀を手に取り、尻尾に対し何度も突き刺した。その甲斐あって尻尾の締め上げる力は突き刺すたびに弱くなり、四度突き刺したところで完全に力を失った。
しかし、ほっとする暇はない。尻尾は力を失ったものの倒れたヤトノカミはまだ生きており、尻尾は巻き付いたままだ。巻き付いた尻尾を剥がしている間にも立っているヤトノカミは回り込み、依然倒れたままの修にとどめを刺そうと迫っていた。
(尻尾を攻撃するのではなく、本体のヤトノカミを攻撃するべきだったか)
そうすればヤトノカミは消えて尻尾から解放されていたかもしれない。そんなことを思ったが後の祭り、ヤトノカミの爪が修を切り裂こうと振り下ろされた。
しかし、振り下ろされた爪は修の体を逸れ地面を切り裂き、ヤトノカミの体が修に覆いかぶさってきた。その背中には薙刀が突き立っている。
「悲鳴を上げるとか、少しはあわてた方がいいんじゃないの? 助けなくてもいいんじゃないかと勘違いしそうになったわよ」
声のする方を見ると千祝がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「なんだよ。みっともなく泣き叫ぶところでも見たかったのか? そんなのはごめんだねっと」
修は強がって答えながら覆いかぶさっているヤトノカミの首を掻き切った。すると、それによってとどめを刺されたのか、ヤトノカミの体は輪郭がぼやけ消えて行き、後には突き刺さっていたはずの薙刀だけが転がった。ついさっきまで上にのしかかっていた重みが消えていくのを感じ、相手が本当に消えてしまうのだということを実感した。
「何なのこれ。いなくなっちゃったじゃないの」
駆け寄ってきた千祝は薙刀を拾い、いまだに尻尾を修の足に巻き付けたままのヤトノカミの首を刎ねながら驚きの声を上げた。驚いてはいるが首を刎ねるその動きはいつもの稽古のまま滑らかであり動揺は見られない。
「理由は分からない。だけど見ての通りで、しかも、際限なく現れてるんだ。ついでに言えば出てくるスピードが早くなっている。なんか手を打たないといけないと思う」
立ち上がった修は息を整えながら言った。先程までは一人で戦っていたため押されていったが、二人なら何とかなるかもしれない。
「手を打つってどんな?」
「一、要石のところまで戻って何とかする。多分あの割れ目を塞げばいいと思う。難点は、どうやって塞ぐか分からんてことだな」
「追加すれば、あの大きな蛇の怪物を倒すかやり過ごすかしないとたどり着けないことね」
これからの行動方針を相談し始めた。一人の時には考える事さえできなかったが、千祝の顔を見ているだけで心が落ち着き、言葉が自然に出てきた。
「二、あの黒マント野郎をとっちめて何とかする方法を聞き出すってことだ。多分奴はどうにかする方法を知っているはずだ。じゃないと自分の身も危険だからな」
「けど、かなり手ごわそうよ。あの佇まいからすると多分お父様と同じくらいの実力がありそうよ」
「ああ。俺もそう思う。得物は何か分からんがな。ただ分からないってことは長物は持ってないってことだから、こちらの武装と二人がかりってことを考えれば勝機はある」
「そうね。こちらは弓に薙刀、あっちは長くても脇差程度、いやもっと短いかな?うまく連携すればいけるかもね」
「三つ目はこのまま応援が来るのを待つってところだな。敵はこの直線の道からしか来れないから迎え撃つにはもってこいだと思う。少なくとも要石の周辺の林みたいにどこから襲われるのか分からない地形とは違う。難点は応援が確実に来るかってことだ。こんな訳のわからない事態を通報してもまともに対応してくれるか自信がない」
「その点は大丈夫かも。神主さんを交番に預けた時に怪物のことをお巡りさんに話したら、すぐに応援を呼ぶって。悪戯だとかは疑ってなかったと思う」
千祝の言っていることは修には意外だった。先程から戦ってきて、切り捨てた感触が手に残っている修にさえまだこれは夢なのではないかという甘い考えが捨てきれないほど現実味のない常識はずれのことなのに、大人の警官が子供の言うことを疑いすらしないのはどういうことか。
「疑いもしない。なら、こういう事態があり得るってことは想定の範囲内ってことか」
「でしょうね。ねえもしかして……」
「ああ。俺も多分同じことを考えていると思う」
この異常事態に対し、疑いもせずに対処するという警察、そのことから導き出される答えに二人は同時にたどり着いた。
「五年前の事件は……」
「怪物との戦いだったてことだ」
一般的な常識からは考えられない、人を襲う怪物など発表しても混乱を招くだけだろう。しかも、倒したそばから消えてしまうのでは信じてもらうのも難しい。
「じゃ、あの黒マントの男が五年前の事件の黒幕かもしれんな?」
「だとすると、抜刀隊壊滅だけじゃなく、名のある武術家が皆消えたのも」
「千祝のお母さんが死んだのも土砂崩れなんかじゃなく怪物や奴のせいかもしれない」
「おいおい。人聞きの悪いことを言うなよ。俺が五年前の黒幕? 逆だよ逆。あと付け加えておくとマントじゃなくてインバネスコートな? 日本語で言えば二重回しとも言うがな。武の世界に身を置くなら和装をする機会も増えると思うからちゃんと覚えておけよ」
事件の真相を口々に推理する二人に、気配を全く感じさせずに近づいてきた黒マントの男が口を挟んできた。敵対関係にあるというのにその口調には緊張感など微塵も感じさせておらず、余裕が感じられた。
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