当世退魔抜刀伝

大澤伝兵衛

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第2章 ダイダラボッチ編

第42話「対決!道場破り(3回目)」

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 他校の不良達を退けた後、修は遅れてやってきた生活指導教諭の水野から聞き取り調査を受ける羽目になった。ただ、見物人の生徒達から、いわゆる「ケンカ」とは一線を画したものであったという証言があった。また、水野は太刀花道場の門下生でもある為、こういった勝負事に理解があるため、軽く注意されるだけで助かった。

 放免になった後、修は千祝ちいと辰子とともに帰路についた。

 聞けば引っ越してきた辰子は、修達の家の裏に建つマンションに住んでいるということだ。警察からの紹介らしく、まとめて警備するのに便利であるということらしい。

 まだ不案内な辰子にスーパーを紹介がてら夕飯の買い物をしてから、太刀花家に帰ってきた。

 今日は、夕飯の準備を修も手伝うつもりなので、鬼越家ではなく直接太刀花家に来たのだ。太刀花家の玄関をくぐると、修の従妹の八重がお盆に湯飲みを乗せているところに遭遇した。

「あ、お帰りなさい。修兄さん。千祝姉さん。お客さんが来てますよ」

「お客さん? あ、分かった。門下生の中条さんだろ。朝に連絡してもらう様に頼んだんだ。対応早いな」

「違いますよ。客というか道場破りです。青山さんとかいう、この前千祝姉さんが倒したっていう人。二人がいないって言ったら、待たせてもらうって」

 客人といっても招かれざる客であった。青山は先月2回も道場破りに来た剣術家で、2回とも撃退されている。ただ、撃退したといっても、剣対薙刀のリーチの差や、偶然畳に仕掛けてあった罠の釘を踏んでしまったりと運が悪かっただけで、まともにやり合ったら修達は勝てそうにない実力者と予想される。

 そして、つい最近の怪物復活騒動の黒幕である鞍馬という男と死闘を繰り広げ、辛くも勝利したが、彼と青山は鬼一流剣術の同門であった。鬼一流剣術の恐ろしさは、いやというほど理解している。

「今、道場で待たせてる。で、ダイキチ達が見張ってる」

「そっか。私たちも一緒に行くわ」

 修達も八重と一緒に道場にいる青山に会いに行くことにした。

「青山さん。お茶を淹れてきました。どうぞ」

「ああ、おかまいな……貴様らも来たのか。待ちかねたぞ」

 今まで道場破りに来ていた時には見せたことのない穏やかな態度の青山は、修達に気が付くと警戒の態度を露わにした。道場に座る青山の周りには飼い猫のダイキチや、よく庭に遊びに来る野良犬や野良フェレット達が集まっていた。八重の言う通り青山を見張っているのだろう。

「まあいい。貴様らを待っていたのだからな」

 落ち着きをすぐに取り戻した青山は、八重から受け取った湯飲みから茶を飲もうとし、口をつける直前に鼻を鳴らして注意深く匂いを嗅いだ。

「毒なんか入ってませんよ」

「そう言われると、逆に怪しいんだが」

 今まで、有利な武器の使用や罠で勝ってきたとはいえ、修達は意図的にそれらを仕掛けた事はない。

「ふん。まあいい。薬を入れるならもっと匂いのきつい茶の種類を選ぶだろうさ」

 青山の口ぶりからすると、以前一服盛られそうになった経験がありそうな口ぶりだ。やはり、彼は百戦錬磨の武芸者のようだ。

「で、また勝負ってことでいいんですか?」

「その通り。あのような負け方では納得がいかん」

 青山は湯飲みの中身を一気に飲み干すと、勢いよく立ち上がった。つい最近釘を踏み抜いた人間にはとても見えない。

「では、ルールはこの前と同じく、剣対剣で何でもあり。順番は千祝、俺の順で看板を賭けるとかはなしでいきましょう」

「それでかまわん」

 勝負の条件に合意した青山は、自前の木刀を手に取ると道場の中央に歩を進める。どことなく罠が仕掛けられていないか警戒気味である。

 最初に勝負することになった千祝も、壁にかけられている木刀を手に取り、青山と対面する。

 ちなみに、八重も木刀を手にして動物たちと道場の入り口付近に移動した。どうやら、千祝と修が負けた場合は皆でタコ殴りにする算段の様だ。

「貴様らは今までの勝負で俺の「縮地」を破ったと思っているだろうが、そうではない事を思い知らせてやろう」

 「縮地」とは、青山の習得している鬼一流剣術の奥義で、目にも止まらぬ速さで移動することができる。普通の武芸者ではこれに反応することはできず、一敗地にまみれることになるだろう。なお、修と千祝も見様見真似である程度使いこなすことが出来るようになっている。

 千祝がこの様な奥義に対して、これまでどの様に勝利して来たのかというと、青山の動きは直線的すぎるため、リーチのある武器や罠で接近経路を潰して勝ったのだ。

 道場の中央で、青山は八双の構えをとるのに対し、千祝はダランと脱力して構えらしい構えをとらなかった。このような態度の千祝に対して怪訝そうな顔をした青山であったが、すぐ思い直して修に試合開始の合図を出すように促す。

「はじめ!」

 青山に促された修は、試合開始の合図をだす。それでも、千祝が脱力しているのは変わらない。

「おい。そんな構えでいいのか?」

「ええ。かまいません」

 訝し気な青山に対して、千祝は落ち着いて答えた。その答えに決意を決めた青山は、心なしか重心を落とした。

 少し間をおいて、青山の姿が見えなくなる。

「ツァッ!」

「グハッ!」

 青山の姿が見えなくなった直後、千祝が振り向きざまに気合を込めて刀を振るい、道場の壁に青山が叩きつけられた。

「まさか……以前の戦いではこの縮地は見せなかったというのに、反応するとは……」

 苦しそうな声で、青山が呟く。派手に叩きつけられた割に元気そうだが、目が虚ろでありもうすぐ気絶しそうだ。

 青山が言っているのは、縮地の機動経路の事である。以前の戦いでは直線的な動きしか見せず、そこを潰されることが弱点となっていた。対して今回の縮地は、相手の後ろに回り込むような動きであり、普通なら反応が困難なはずであった。

「初めてじゃないんですよ」

 青山の独り言に千祝が答えたが、もう青山は気絶していた。

 千祝の言う通り、このタイプの縮地を見るのは初めてではない。最近、青山の兄弟子にあたる鞍馬と死闘を繰り広げたが、この鞍馬は修と千祝の師匠である太刀花則武に迫る達人であり、より高度な縮地を使いこなしていた。そして、鞍馬との戦いを通じてある程度慣れてしまったので反応できたのだ。

 更に、千祝が使った技は、鞍馬との最終決着において修が使用した技である。完全な脱力状態による力みのない理想的な一撃、そして、攻撃の意図を完全に読ませずに放つ超反応のカウンターは、格上の相手に対して必殺の一撃を叩きこんだ。この技を修が放つところを見ていた千祝は、見様見真似で再現したのである。

「んじゃまた、タクシーでも呼ぶか」

「そうね。あっ、青山さんに鞍馬さんの事を話すの忘れてたわね」

「まあ仕方がない。どうせ、また来るだろうからその時にでも話せばいいさ」

 鞍馬は、家族を失った事と同じくらい、武芸者の未来が見えない事を憂いていた。多分青山が元気にやっていることを伝えれば喜ぶだろうし、逆に青山も姿をくらませた鞍馬が生きていることを伝えれば喜んだはずだ。

 ただし、もし今の勝負の前に鞍馬と戦って勝利を拾ったことを知られていたら、青山はもっと慎重に戦っただろうから、修達は負けてしまった可能性が高いのが、むず痒いところだ。

 タクシー会社に連絡して、青山への応急処置を終わらせた頃、道場に更なる客人が訪れた。

「あ、中条さんと大久保さん」

 入り口から姿を見せたのは、太刀花道場の門下生であり、ものと戦う任務を持つ、防衛官の中条と警官の大久保であった。
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