女奉行 伊吹千寿

大澤伝兵衛

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第一章「東慶寺決死行」

第三話「離縁の定法」

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 破落戸どもが押しかけたせいで外が騒がしい中、千寿達は奉行所を訪れた一人の女を囲んでいた。

 女の名はお秀と言い、女奉行所に保護を求めてやって来たのだ。

「なるほど、亭主と離縁したい。そういうわけですね」

「はい。その通りです。本来なら、縁切寺の東慶寺に行くべき事だと分かっているのですが……」

「無理でしょうね。辿り着く前に捕まってしまうのがおちでしょう」

 お秀が女奉行所に駆け込んできてからすぐ、無頼の輩数十名が追いかけて来て、お秀を出せと脅しをかけてきたのだ。

「しかし、どうなされますか? せんが門を守っておりますれば、そう易々と押し入られる事は無いでしょう。が、いつまでもこうして上様のお膝元を騒がせるわけにもいきません」

 美湖が難しい顔をして述べた。彼女の言う通り、数十名の無頼漢ごときに女奉行所が攻め落とされる事はありえない。千寿や美湖ほどの卓越した武芸の技量はないものの、女奉行所に所属する約五十名の女たちは一般的な武士と同等の腕前だ。兵力が同数であり、守りの理があるのだ。負ける事など有り得ない。

 しかし、まだ出来たばかりの女奉行所が騒動の場になるのは、幕府での立場を危うくする。場合によっては廃止を言い渡される事すら有り得る。また、騒ぎが続けば江戸の町民たちもこれを見続ける事になり、騒ぎを鎮められない女奉行所を頼りにならないと判断するだろう。そうなれば、せっかく活躍で名を高めたのが水の泡だ。

「伊吹殿、これはどうした事か説明していただきたい」

 部屋に急に入り込んできた男が二人いた。

 南町奉行大岡越前守と、北町奉行稲生下野守である。女ばかりの部屋にいきなり入り込んでくるなど不調法にもほどがあるが、それだけ慌てているのだろう。

「あら、ちょうどいい所にいらしましたね。相談したいことが出来ましたので、話を聞いて下さい」

 千寿は落ち着いた様子で大岡達に席を勧め、これまで聞いたお秀の話を伝えた。

「離縁などでこれだけ大事になるのか? それは解せんな。そんなもの、三行半を書いてもらえば済む話ではないか。武家ならともかく、町人同士の話なのだろうに」

「それが、込み入った事情がありまして」

 お秀は浅草で乾物問屋を営む扇屋の主人である利兵衛の女房である。扇屋は、江戸でも一二を争う乾物屋であり、お秀は江戸にほど近い六浦という海辺の町で、海苔をはじめとした乾物を扱う問屋だ。前妻の死亡により後妻を探しているとの事だったが、両家の結びつきにより商売はこれまで以上に発展する事が予想され、お秀の実家も非常に喜んでいた。

 だが、結婚から暫くして妙な事になった。

 お秀の実家に対する扇屋の口出しが多くなり、取引相手の漁師たちに直接指図するようになった。また、それに対して抗議したお秀の父親は、不思議な事に江戸に向かう途中で何者かに殺害されてしまった。役人によると追い剝ぎの仕業であろうと言う事だが、時期的に何か怪しげなものをお秀は感じている。

 お秀の実家は、現在幼い弟が後を継ぎ、先代に忠実であった番頭が中心となって商いを続けているのだが、扇屋の圧力は日ごとに強くなっている。お秀の父親の誠実な商いによって地元の漁師たちも味方してくれているのだが、いつまで抗し切れるか分からない。

 扇屋が介入する口実は、お秀の弟は利兵衛にとって義弟であるので、成長するまで支えてやろうと言う事だ。

 だが、それは単なる表向きの理由で商売を乗っ取ろうとしている事は明白である。だから、お秀は利兵衛と離縁する事で扇屋の介入口実を潰そうと決意したのだ。

 そして、お秀の意図を察知した利兵衛は、付き合いのあるヤクザ者を追手に差し向けたのである。

「なるほど、その様な事情では扇屋利兵衛は離縁を承服すまいな」

「それで、東慶寺に駆け込もうというのか。あそこは駆け込み寺として名高い。東慶寺に入りさえすれば、例え利兵衛が離縁を承服せずとも、成立すると言う事か」

 両町奉行は納得した様子である。

 東慶寺は相模国は鎌倉に所在する由緒ある寺であり、鎌倉幕府の執権北条時宗の夫人が夫の死後に菩提を弔った事をその由緒としている。そして、開山の時から女人救済のための縁切りを、幕府や朝廷から認められたと伝えられている。

 時は過ぎ、大阪城落城のおり救出された豊臣秀頼の息女が東慶寺に入山し、天秀尼として住職になった。

 言い伝えによると、この際天秀尼は曾祖父である徳川家康に、開山からの寺法である縁切りに関して、断絶しない様にと願い、家康がこれを認めたとされている。天秀尼が入山した時、まだ幼い子供であったため、本当にこの様な願いがされたのかは不明であるが、これ以降「権現様の御声懸かり」として認識され、強大な権威を発揮した事は事実である。何しろ、東慶寺に追手を差し向けた大名が改易された事すらあるのだ。

 その様な絶大な権威をもってすれば、いくら扇屋が大店であろうと物の数ではあるまい。大岡と稲生はそう判断した。

「おや?」

 だが、千寿はそれに対して疑問があるようだった。

「そのお考えに偽りはございませんか?」

「む? それはもちろ……いや待て」

 千寿に念を押されるように問い質された大岡は、何か嫌なものを感じて口を閉ざした。町奉行たる大岡の発言は大きな影響がある。

 言質を取られてはたまったものではない。

「稲生殿、どうしたものか?」

「ううむ、私にもさっぱり」

 東慶寺の縁切寺としての権限は絶大である。この認識は、江戸に生きる者にとって当たり前の事である。これは、大岡や稲生の様な町奉行にとっても同様である。

 何か違うところがあるのだろうか。

「かつての御裁きで、例え東慶寺に駆け込もうと夫には離縁状を書かせる必要があるとされまので、東慶寺に駆け込んだからとて自動的に分かれる事は無理ですよ」

 説明をしたのは傍に控えていた赤尾であった。彼は元々中町奉行の与力であり、法度や御裁きの判例に詳しいのだ。そして、利兵衛の様にヤクザ者を繰り出してくる男が、素直に離縁状を書くとは思えない。

「む、そうなのか。しかし、東慶寺の権威を背景に離縁状を書けと迫るのであろう? ならば、すんなりと行くのではないか?」

「そいうはいきません。稲生様の前の町奉行の時の判例ですが、離縁状を書けと東慶寺から奉書を届けられたものが町奉行に伺いを立てた時、寺には適当に返事をして妻が外に出た時に捕らえれば良いとされています。つまり、夫方が強硬な態度を取る限り、妻方には対処する術がありません。そうでしょう?」

「お、おう。そうであったな。そうそうその通り」

 稲生の疑問に対しても、赤尾は明快に答えた。

 江戸の町の男女の比率は歪であり、女の方が圧倒的に少ない。そのため、結婚に関しても男が完全に優位とは言い切れない。所謂かかあ天下というやつである。建前上は男側が離縁を言い出すことになっているが、女の側の意向により離縁する事も多く、何度も再婚する者は珍しくない。それどころか、間男を連れ込んでそれが夫に露見したとしても、女の少なさ等の理由により咎めだてされない事すらある。

 だが、これが奉行所に訴えられた場合話は完全に別だ。

 公の場においては、儒教的価値観により男が完全に優位である。そのため、女は男に尽くすしか有り得ず、極端な話妻が夫に対して不満があるからと言って離縁を言い出すなど有ってはならないのである。

 普通は内々に処理されるため奉行所に訴えられる事など無く、奉行すら初めて知ったのだが、建前の場ではその様に判断するしかないと言う事はすぐに理解した。女の意向で離縁する事を認めるのは、言ってしまえば今の社会を破壊する事なのだ。

「そういう訳ですので、どうするか思案しているのですよ。東慶寺に届けても相手が強硬手段に出る限り解決しませんので。それとも、町奉行の方で扇屋達が訴えて来た時に何とかしていただけますか?」

「それは出来ぬ。ご定法を覆すような事は出来ん」

 千寿が薄っすらと笑みを浮かべながら両町奉行に問うが、大岡は即座に否定した。幕府の重職を預かる者として、秩序を揺るがすような裁きをする事は断じてできない。

「そんな冷たいこと言わず、何とかならんかねえ。可哀そうじゃないか」

 突如部屋に入って来た年老いた尼僧が、大岡に頼み込んだ。その尼僧の僧衣は実に質素なもので、高位の旗本である両町奉行や、大奥上がりである千寿達の上等な衣装に比べると実にみすぼらしい。

 場違いな老尼僧の登場に、大岡も稲生も怪訝な表情を浮かべた。

「何ですかな。このば……尼殿は」

「稲生様、浄円院様にばばあとはお言葉が過ぎませぬか?」

「い、いや、言っておりませぬぞ。言い終わっておりませぬ。ん? 浄円院ですと? まさか……」

「そうです。このお方は上様の御生母の浄円院様であらせられます。さあ、席をお空けなされ」

「まあまあ、千寿さんや。ばばあなのは本当の事じゃありませんか。大岡さん、稲生さん。気にしないでね。さあ、顔を上げて」

 穏やかに言った浄円院は、大岡と稲生が空けた席に静かに座り、人懐っこい笑みを浮かべた。

 うかうかと無礼な態度をとってしまった大岡と稲生は平伏していたが、浄円院の言葉に顔を上げた。二人の目に入った浄円院の姿は、将軍の生母と知っていてもただの老婆にしか見えない。その肌は日に焼け、乳母日傘で育つ高位の武家の娘とはまるで違う。だが、背筋はまだ伸びており、骨格もがっしりとしている。人並外れた体躯を持つ吉宗の母と言われると、その様に思えてくる。

「浄円院様は大奥で暮らしていたのですけどね。城中の仕来たりがあまり性に合わないとおおせられて、女奉行所が出来る時にこちらでお世話する事になったのですよ」

「なるほど」

 女奉行所の力の源の一端を、大岡達は多少なりとも察した。吉宗の改革方針との合致や、伊吹家の力、それに加えて将軍生母の口添えもあるのだろう。

「それで、お秀さんの事なんだけどね……」

「残念ながら、特別扱いは出来ませぬ。もし扇屋利兵衛が奉行所に訴えてきたおりは、これまで通りの裁きを下すしかございません」

「左様でございます。これは、例え公方様の御母堂の仰せとはいえ従う事は出来ませぬ」

 両町奉行は、丁寧ながらも断固たる意志を示して特別扱いを断った。役人の常として自らの保身を考えてしまう二人だが、流石に将軍の信認が厚い者達だ。

「そうかい大岡さん、あなたの事をあの子が褒めてたよ。山田奉行をしていた時も、誰に対しても特別扱いしない見所のある役人がいるってね。稲生さんの事も、よく命じた仕事をこなしてくれるってね」

「ははっ」

「もったいないお言葉にございます」

 思いがけない言葉に大岡達は内心驚いた。まさか、自分達がそれ程までに将軍に評価されているとは思っていなかったのだ。こういうものは、本人の口から聞くより他人の口から伝えられた方が真実味がある。しかも、その浄円院は政治的な事とは縁のない、人の良さそうな老婆なのだ。

「ふむ。残念ですが、町奉行所に何とかしてもらう事は出来ないようですね」

「我等にはそんな権限もありません。どちらかと言うと、そちらの方にあるのでは?」

 町奉行所は過去の慣例を超える事は出来ない。だが、女奉行所は前例に囚われない強力な権限があるのだ。

「それは無理ですね。私達女奉行所の権限は、あくまで法度の範囲の話です。扇屋達が法を犯していなければ、成敗する事は出来ません」

 小松修理亮達を成敗したのは、彼らの所業が武士の有り様として反していると判断したからだ。彼らのしている事は、武士の実態としては実のところそれほど珍しいものとは言い切れない。上役に進物を捧げるのは普通にある事だし、そこで金品以外に女を用いる事もあるだろう。だが、それはそれとして、建前上よろしくないのも事実である。

 この辺りの関係は、離縁が実態とは違い建前上認められないのとは逆とも言える。

「では、どうなされるおつもりかな? このまま、女奉行所で籠城されるのか?」

 江戸の治安を司る大岡としては、この騒擾は早期に鎮めておきたい。特に、今月は南町奉行所の担当であり、何かあったら大岡の責任になる。特に、将軍の生母が負傷したとあればお役御免は免れない。だが、逃げ出した妻を返せというのを止める事は、町奉行所としては出来ないのだ。

「二つほど考えてまして、一つ目はやはり東慶寺に行こうと思います」

 東慶寺の権威も強硬な男には通じないのは確かだが、それでも東慶寺の中にまで踏み込まれる事はない。これをすれば、例え大名であっても改易の憂き目に遭うのだ。たかが商人やヤクザ者が楯突けるものではない。

「二つ目は、六浦にあるお秀さんの実家に行こうと思います。あちらには、地元の問屋仲間や協力してくれる漁師たちがいます。協力すれば追い払うのも可能でしょう」

「ははあ。考えられましたな。しかし、女奉行所がせいぜい五十人程度でしょう。道中護衛しきれますかな? 合戦ならば敵を多く倒せば勝ちと言えますが、護衛はそうではありませぬぞ」

「それは覚悟の上です。それよりも大岡様、私たちは明日出立しますので、せめてそれまでの間、外で騒いでいる者達を黙らせてくれませんか?」

「……まあいいでしょう。明日出立するのなら、それまでの間の安全は保証してみせます」

 大岡は快く承諾すると暇を乞い、稲生と共に奉行所の外へと向かった。

「大岡殿、良いのか? ちと安請け合いではないのか?」

「なに、江戸内で騒動を起こせば町奉行が成敗するが、道中なら我らの関知する事ではないと言えば、奴らとて大人しく引き下がるだろうよ」

 稲生の問いに、大岡は自信ありげに答えた。役人の性として、こういった責任回避の手段はよく心得ている。それに大岡の言う事は何も間違っていないのだ。町奉行所の職責としてもその通りだし、そもそも千寿の頼みを聞いているのだ。非難されるいわれはない。

 なお、今月は稲生の勤める北町奉行の月番ではないため、稲生は気楽なものだ。

 大岡達は、江戸の治安を守って来た精鋭達を率いる身だ。佇まいを見れば凡その実力は判断出来る。その様な視点で見ると、千寿達の実力はかなりのもので、道中に襲撃を受けても負ける事は無いだろう。

 だが、多勢を相手にすればかなりの被害が出るに違いない。

 自分達で選んだとはいえ可哀そうな事だと、どことなく他人事として考えていた。



「おや? 表が静かになりましたね。流石は町奉行のお力と言ったところでしょうか」

 大岡達が立ち去ってすぐに、騒いでいたヤクザ者達が静かになった。約束通り大岡達が話をつけてくれたのだろう。千寿は感心した口調だ。皮肉ではなく本気で感心している。

「これも、これまでの町奉行のお役目の積み重ねがあってこその事です。私達も、女奉行所の名前を聞いただけで不逞の輩が震え上がる程にならなければなりませんよ」

「はいっ」

 美湖が気迫を込めて答える。美湖は千寿が大奥に上がる前からの付き合いだ。女奉行所を作るという千寿の考えにいち早く賛同したのは美湖であり、協力者を集めるのにも協力してくれた。彼女がいなければ、女奉行所の設置はこれほど上手くはいかなかっただろう。それだけに、女奉行所の威信を高める事に対して美湖は熱心だ。

「それには今回の任務を成さねばなりませんが、これは一筋縄ではいきませんな」

 難しい顔をしているのは赤尾である。

「扇屋の手先になっているのは、松傘の矢次郎の一味ですよ。奴らはかなりの武闘派で鳴らしていますし、子分どもは百人を数えます」

 赤尾はかつて中町奉行所で勤めていた。そのため、江戸の町に巣食う無頼の衆についてかなりの知識を持っている。

「強行突破すれば、何とかなりませんか? 見た所、大した連中には思えませんでしたよ? あ、只今門の警備から戻りました」

 門を警備して、松傘一家と対峙していたせんが戻って来た。彼女にとって名の知れた無頼の男達も雑魚に過ぎない。

「そうはいきません。我らは五十人程度、奴らに比べて半分しかおらず多勢に無勢です。強行突破すれば、東慶寺なり六浦なりに到着できるかもしれませんが、それまでに被害が大きすぎます」

「その通りです。勝てば良いというのではありません。圧倒的な勝利を得ねば、江戸の女たちは私達を頼りにする事は無いでしょう」

 昨晩の小松修理亮成敗で、女奉行所は例え旗本相手であろうと容赦をしない集団だと名を上げた。次は下手な旗本よりも武力をもつヤクザ者や、昨今は武士よりも幅をきかせる大商人を処断する番だ。

「赤尾さん、北条流の軍学者として、何か策を立てなさい」

「既に考えております。ただ、千寿様には多少無茶をしていただかねばなりませんが」

 赤尾は懐から地図を取り出すと、今後の行動について示した。



 翌日の事である。

 女奉行所から旅姿の一団が列を成して行進を開始し、南へと向かって行った。

 先頭を進むのは半弓を携えた美湖で、列の中ほどに馬に跨った千寿がいる。

「これはこれは千寿殿、凛々しいお姿ですな。それにこの見事な隊列、この越前感服しました。必ずや無事にお秀さんを届ける事が出来るでしょう」

 江戸の南の境界である品川に差し掛かった辺りで、大岡が待ち構えていた。

 大岡の表情は実に晴れ晴れとしている。もうすぐ千寿達が町奉行所の責任区域から離脱する事を喜んでいるのだろう。実に小役人的な振る舞いだが、千寿達一行が奉行所を出てから江戸の町中を安全に進むことが出来たのは、大岡の手配のおかげである。

「ところで、結局東慶寺に行くのか、それとも六浦に行くのか、一体どちらですかな?」

「さあ、どちらでしょうね これから決めるとしますか」

 東慶寺も六浦も、保土ヶ谷辺りまでは同じ道である。だが、目的地が決まっていないとは解せない話だ。

「ところで、その駕籠にお秀さんが入っているのは分かりますが、もう一つの駕籠は一体?」

 行列には、立派な網代駕籠が二つ加わっている。一つに護衛対象であるお秀が入っているのは分かるのだが、もう一つは何の必要があるのであろう。予備なのか、それとも途中で千寿が乗るのであろうか。

「私ですよ。私」

 疑問の答えは駕籠の中から発せられた。駕籠の中から顔を覗かせたのは、浄円院である。この行列には浄円院が参加していたのだ。

 だが、お秀の護衛に浄円院は関係が無い。

 一体何故、と困惑する大岡に千寿が答えた。

「浄円院様が金沢に行きたいとおっしゃいまして、その供をしているのですよ」

「か、金沢? 加賀国は反対方向ですが」

「ふふふ、その金沢ではなく、金沢八景の金沢ですよ。噂に聞く絶景を、是非私も見たいと思って浄円院様に同行しているのですよ。大岡様」

 金沢といえば、お秀の実家のある六浦のすぐそばである。ここで大岡はある事に気が付いた。

「伊吹殿、まさか浄円院様を……」

「さあ何の事でしょう。道中の無事を祈っていて下さいね」

 突然の事態に驚愕し、上手く言葉が出ない大岡を尻目に千寿達は江戸の外へと去ってしまった。

「お奉行、もしも浄円院様に何かありましたら、問題になるのでは?」

「そんな事は分かっている。おのれ、浄円院様を巻き込む事で、我らを巻き込もうというのか!」

 大岡の供をしていた与力も、事態の深刻さに気付いて青い顔になっている。

「すぐに、勘定奉行に知らせに行くぞ! 供をせい!」

 大岡はすぐに馬を走らせ、供回りを引き離す勢いで、江戸の町を駆け抜けた。
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