冥婚鬼譚

大澤伝兵衛

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第1章「水落鬼の嘆き」

第4話「死者達の譜」

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 袁閃月えんせんげつ疫凶えききょうは、冥府に保管されている鬼籍の調査を開始した。

 鬼籍とは、その名の通り鬼の戸籍の事である。そしてここで言う鬼とは、袁閃月達が生きる枢華すうか世界においては、死人や幽霊を表す言葉だ。この辺り、枢華大陸の東に浮かぶ島国では角の生えた妖怪を鬼と呼んでいるのだが、意味に相違がある。なので、溺死した苦しみから物の怪の類である水落鬼となった明明であるが、何も彼女の様な存在だけが鬼なのではない。袁閃月や劉陽華りゅうようかも死者なのには変わりが無いので、彼らもまた鬼なのである。

 死んで鬼になった者はこの鬼籍に登録され、名前や享年、死亡の理由などが記される事になる。人が死ぬことを「鬼籍に入る」と表現されるのは、ここからきている。

 何故この鬼籍を調査するのかと言うと、明明と心中したはずの呉開山ごかいざんが冥界で捜索したのに発見できなかったためだ。つまり、開山は明明と共に死んだのではなく、生き残ってしまったのではないかと考えたのだ。

 鬼籍には、死亡した順番に記録されるようになっている。そのため、明明の名前の近くに開山の名前が記されているはずなのである。もしも、記されていなければ、当然生きていると言う事になる。

 疫凶は鬼籍の保管されている部屋に来ると、そこを管理している獄卒に最近の鬼籍を全部持って来るように指示をした。指示された獄卒が即座に従った。ここから判断する限り、やはり疫凶は冥界での地位がかなり高い役人の様だ。

 獄卒は部屋の机に鬼籍を大量に並べた。鬼籍は机の上に高々と積み重なり、閃月の身長を超えるほどだ。一冊手に取ってぱらぱらとめくってみると、非常に質の高い均質かつ薄い紙によって構成されている。閃月が生前使用していた紙は、もっと分厚かったり厚さが一定でなかったりと、まだまだ質が悪い。紙づくりが盛んでない地域では、まだまだ竹簡や木簡が役所で使用されているとも聞いている。

 これらの事を考慮すると、冥界の技術力はかなり高い様だ。それもそのはずである。冥界を管理している者達は、天帝の支配する天界の住人に近い存在なのである。

 それはともかく、紙が薄いと言う事は、冊子の枚数が多いと言う事でもある。作業量が膨大であると言う事を察し、閃月は気が遠くなる気持ちだった。一通り読み書きは出来るが、事務仕事はそれほど得意ではない。

「多いですね」

「そうですねえ。我々が管理している枢華の地に生きる民は、確か一億人ほどです。となると、毎日死ぬ数もかなりのものになりますからね。冥府はいつも大忙しですよ」

 仮に人が百年生きるとした場合、計算を単純化させるために均等に死んでいくとした場合、一年に百万人が死亡する事になる。となると、一日には約二千七百人が死んでいると言う計算になる。これを調べていくのは骨である。

 だが、いかに面倒くさいといっても、明明を救う鍵を見つけなければならない。覚悟を決めて閃月は一冊一冊調べ始めた。

 鬼籍の記述の例としては、次の様になっている。

 李墨 
 享年 八十歳
 死因 老衰
 特記事項 特に無し

 これは一農村の老人が天寿を全うした例である。

 諸葛片
 享年 三十五歳
 死因 斬首
 特記事項 茫々山を拠点にした山賊の頭目であり、官軍の討伐隊により処刑

 こちらは山賊として悪逆を成した挙句、討伐された男の例だ。

 この様な記述が延々と羅列されている。なお、この諸葛片という山賊の名前の近くには、彼とともに討伐された山賊一味の名前が大量に記述されている。やはり、同じ時期に死んだ場合近くに記述されるのだ。そして、特記事項には罪過や功績が記されている。これを参考に地獄行き等の審判を下すのである。実際に審判を行う東岳大帝等の神のもとには、もっと詳細な資料があるとの事だ。

 調査を続けていくと、珍しい名前の人物もいる。

 阿藍答児アラムダル
 享年 五十歳
 死因 墜落死
 特記事項 皇帝に反乱をおこしたが失敗し、追い詰められて宮殿の尖塔から落下

 阿藍答児という名前から察するに、辺境地域の民であろう。彼らには別に信じる神がおり、死後の世界も別だと言われているが、枢華で死亡した場合は枢華の冥界に来ると言う事だ。

 それにしても、特記事項に記されている内容が凄まじい。閃月が生きていた蓬王朝は無事なのであろうか。

 そして、阿藍答児の名前の近くによく見知った名前を発見する。

 袁閃月
 享年 ――――
 死因 ――――
 特記事項 ――――――――――

 劉陽華
 享年 ――――
 死因 ――――
 特記事項 ――――――――――

 閃月が見つけたのは、自分の名前と、冥婚により形式上の妻となった陽華の名前である。この二つの名は仲良く並んで記載されていた。

 奇怪な事に、名前以外の内容が全て墨で塗りつぶされている。

「おや、見つけてしまいましたか。でも、そこにはもう書いてありませんよ。あなた方夫婦は一般の亡者が登録されている鬼籍ではなく、冥府に仕える役人の名簿である冥使録に移管されてますからね」

「それを見る事は?」

「閃月さんは、雇用先における自分の評価を自由に見れると思いますか?」

 要は、無理だと言う事だ。

 今はその様な事を気にしても仕方がないため、調査を進める事にする。

 既に鬼となっているためか、腹も減らず喉も乾かない。そのため、どれだけの時間が過ぎたのか分からないが、かなりの鬼籍を調査した。そして、次の様な記述を発見する。

 趙明明
 享年 十七歳
 死因 溺死
 特記事項 呉開山と心中を図り溺死した結果水落鬼となる

「ありましたね。水落鬼となってしまった事まで書いてあります。鬼籍は係の獄卒が神通力で自動的に記述しているため、内容までは審判の時まで把握していません。だから水落鬼となったことにあなたが発見するまで気が付かなかったんですね。これは盲点でした」

「それよりもこれを見て下さい。呉開山の名前がどこをみても書いてありません」

 明明の名前の近くのどこをみても、呉開山の名前は発見出来なかった。これは、呉開山がまだ生きている事を意味する。

 これは明明の思いを晴らす重大な手掛かりであった。閃月と疫凶は、陽華と明明が待つ屋敷に戻ることにした。
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