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第二章「当世妖怪捕物帳」

第十五話「推理」

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 網で絡めとられた刺客達は、次々と縄で縛られていった。全員を縛り終えた時、縄を縛る作業をしていた男が夢野の方を振り向いた。

「終わったぜ。もうこいつらは抵抗出来ないだろうさ」

「ああ、ありがとうよ、遠金さん。それにしても、あんた手慣れているね」

 縄で縛るというのは簡単そうに見えて、実は中々難しいものである。結び目がふとしたことで緩んでしまったり、厳重に動きを封じた様に見えても実は抵抗が容易かったりする。だが、遠金の捕縛術は本格的なものに、夢野には思えた。

「あんた、どこかで縛ったり勉強したりした経験があるのか?」

「おいおい、縛り絵みたいな事なんかやっちゃいねえぜ?」

「あ、そういう下品な冗談は好きじゃないんで」

 夢野は戯作者であり、お上から見れば馬鹿馬鹿しい、風紀を紊乱する様な作品を書いている。だが、色っぽい話は苦手なので、色事描写は控えめである。主人公が行く先々で女に惚れられても、それで何か濃密な描写がある訳ではない。

「捕縛術の道場に通ったりしてるか?」

「さあねえ。あんま詮索しないでくんな」

 夢野は腕前こそ人並み以下だが、柔術の道場に熱心に通っていた。そのため、武芸に対する知識はあるし、目は肥えている。柔術の道場では縛法を教えている所もあり、夢野や綾女が通っていた道場はその様な流派を教えていた。その夢野の目から見て、遠金の縛り方は正式に教わった様に思える。しかもコツを抑えており、実戦経験も豊富な様だ。

 遠金は遊び人のようであるが、元より得体のしれない人物だ。教養があり、喧嘩に強く、妙な情報に詳しい。そして、こうして捕縛術の妙手である。一体何者なのであろうか。

「おい、夢野さん。どうした、考え事をして。何か聞かなくて良いのか? もう役人を呼んで来るぜ?」

「あ、ああ。呼んできてくれ。町奉行所に引き渡す前、一応推理が合っていたか確かめておくが」

 夢野は刺客達に向き直った。

「さてあんた達、何でばれてたんだと思う?」

「……」

 刺客達は何故、自分達が虚屋を狙うと読まれていたのか、見当もつかないようだ。顔を見合わせて黙っている。

「話を変えるけど、巷では連続殺人事件が起こっていたな。身延屋さんや、浜野屋さん。それ以外にも、色んな大店や武士が殺されたな。で、最近それが解決したらしいな。南町奉行の鳥居耀蔵が呪詛の祈祷をやっていた教光院を摘発し、最近殺された者達は皆呪詛の対象だったってさ。つまり、呪いで人を殺していた教光院了善を処罰すれば、事件は解決だそうだ」

 ここで夢野は間をおいて、刺客達の顔を見回した。

「まあおかしいよな。呪いで人は死なんからな。確かに呪いをかける事は御法度だろうが、それと殺人事件は別問題だ。真犯人がいるに決まっている。それに、呪いで人が死ぬってんなら、老中も死ななければおかしいし、呪いの対象となっても生きている者の方が多いんだ。これは、教光院に残っていた以来の書付から明らかなんだよ」

 この事は、南町奉行所の同心の知り合いから聞いていた。本来調査内容は一般人に教えてくれる事は無いのだが、教光院の摘発は夢野の訴えが元になっている。協力者と言う事で、特別に教えてもらったのだ。

「じゃあ全く関係が無いのかと言えば、そうじゃあない。殺された者達は、全員呪いの対象だった。しかも、江戸中に呪いで死んだっていう噂付きだ。偶然な訳がない。じゃあどういう事かって言うと、色んな呪詛の祈祷が教光院に依頼されるけど、その中でも殺したい動機のある奴ばかり選んで殺していたんじゃないかな? 教光院での呪いの祈祷は声が大きいから旅人に聞かれて噂になっていたようだけど、調べてみると呪いの噂が立ったのは殺された人ばかりだ。殺されていない人を対象とした呪いの噂は立っていない。と言う事は、誰かが意図的に噂を流したんだろうね。殺害の標的が呪われていたという噂を」

 噂の伝達速度は凄まじく、江戸中に広まる事は有り得る話だ。だが、それは尾鰭がついたり内容がねじ曲がったりする可能性も孕んでいる。それにも関わらず、江戸のどこにおいても同じ様な噂が流れていたのは、誰かが作為したのであろう。

「調べてみると、この前殺されたばかりの身延屋さんは反改革派の商人だし、浜野屋さんもそうだ。旗本も、老中に失脚させられたり、出世を止められた者ばかりだ。と言う事は、呪いがかけられた者の内、反水野忠邦派ばかりが殺されていたって事になる。こんな偶然は有り得ないよな」

「ちっ」

 刺客の一人が舌打ちをする。これは、夢野の推理が当たっていた事の証左であろう。

「それで試しに俺も呪いを頼んでみたんだ。虚屋は老中の政策に反対するような書物ばかりを出版する版元だ。その様な書物を世間に溢れさせて民衆を扇動し、しかも暴利を貪っているから呪ってくれってな。そうしたら、その日は他の人間を対象にした祈祷も行われていたはずなのに、江戸で噂になっていたのは虚屋さんの事ばかりだ。これで確信したんだよ。噂は意図的に流されているし、それに関係した人だけ殺されているって。それでこうして虚屋さんで待ち構えていたら、のこのこお前らが暗殺しにきたって訳だ」

「だからどうした」

「ん?」

 開き直る様な刺客の言葉に、それまで滑らかに動いていた夢野の口が止まった。

「殺したのは、幕府の政策に従わぬ愚かな反動分子や、暴利を貪る悪徳商人ばかりだ。死んで当然の奴らだったんだよ」

「ふざけるな!」

 自己を正当化した言葉を並べ立て始めた刺客の口を、夢野の一喝が塞いだ。

「そんなのはお前らの思い込みに過ぎない。それに、例えお前らの思っている事が正しかったとして、それが人を殺す理由になってたまるか。貴様らも武士だろう。恥を知れ!」

 夢野の正論に、刺客達は口を閉ざしてうつむいた。自分でも、悪とは理解していたのだろう。その様な行いに走らせた運命を夢野は呪った。

 暫く誰もが黙り込んでいると、町奉行所の捕り方達が駆けつけて来たのだった。
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