43 / 53
31【決戦2】
しおりを挟む奏が指を弾いたのに合わせて、庭園に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
そして、会場を光のウェーブが流れていく。
そこで起こったことは――。
困惑して立ち往生していた出席者の上を、光線が通りすぎる。
その部分から、人々の姿がパッと消失していった。
数十人の貴族たちも、司会の人も忽然と姿を消す。
俺と奏、エドワードとユマ、フレデリック、そしてデイビッドだけを残して。
「こっ、これはどういうことだ!」
その場で声を荒らげたのはでこっぱち野郎だけで、俺たちは最初から織り込み済みの出来事だった。
フレデリックはユマの拘束から転がり出るように脱けだすと、広いおでこに汗を浮かべながら庭園をぐるりと見回す。
客で賑わっていたはずの式場は、がらんと寂しい光景に様変わりしている。
「投影魔法だよ」
奏が言って、もう一度指を弾く。
すると、消えた客たちが再び現れる。
「お前らが攻め込んでくるかもしれない危険な場所に、国王様を招待するはずないだろ?
姿をここに投射してるだけで本当はみんな宮殿の外にいるよ」
式の前日になって奏から聞かされた作戦とは。
デイビッドは間違いなく結婚式当日に仕掛けてくるから、会場自体を罠にして誘い出そうという婚約会見のときと似たものだ。
ただし、前回の反省を踏まえて今回は規模が違う。
「王様に許可をもらって、この宮殿全体を魔法陣の基盤とさせてもらった。
ここは式場じゃなく――デイビッド・モーリスの処刑場なんだよ。
他の人は姿だけ投影して結婚式を装ってもらうのと同時に、モーリス伯爵の蛮行を実際にその目で確かめてもらいたかった」
首魁のデイビッドが来ないことには陣の発動ができず、竜に苦戦させられたんだ。
けれど、その竜が伯爵本人だというなら作戦を実行できる。
「オズワルド公の悪行もしっかり見られたな」
「なっ……!」
青くなっていくフレデリックに、椅子に掛けた王様が言う。
「オズワルド男爵の処分については、この場が収まった後で改めて行う。公は逃亡するでないぞ」
「そんな……!」
奏は実体のない王様を振り向き、尋ねる。
「陛下。
モーリス伯爵は陛下もおられると承知していながら、このように禁術を用いて蛮行に及びました。
伯爵については他にもホワイトハート子爵への脅迫容疑があり、前当主の事故死についても関与が疑われます。
私に、断罪の許可をいただけませんか」
「うむ。モーリス公の話も伺いたいところだが……あの姿ではそれは難しいだろう」
竜と化した伯爵を見て、王様は奏に力強く頷いた。
「私の名をもって、ウィングフィールド伯爵にデイビッド・モーリスの征伐を命ずる」
誰もがその言葉を受け入れる。
ぱくぱくと口を開閉するフレデリックも、怪物と化した竜を見て何も言えないようだった。
――これでデイビッドを正々堂々、正面から討てる。
後々貴族同士で諍いを起こしたことが問題にならないように、デイビッドを王の面前で排除するのが奏の目的だった。
事態を察したのか、あちこちに傷を負い興奮状態になった竜が走り寄ってくる。
そいつに向かって奏は剣を横に構え、声を張り上げた。
「ホワイトハート家を陥れ、その領地の民から搾取し苛み続けた悪逆非道の冷血漢、デイビッド・モーリス!
お前の命運は今日ここに尽きる!」
『えっ、それ私のセリフ……』と放心状態で囁くフレデリックを無視して、奏と双頭の竜・モーリス伯爵の最終決戦が始まった。
竜の牙と奏の剣が噛み合い、火花を散らす。
「展開!」
奏が命令式を叫ぶと庭園に張られていた結界が七色に輝き、カゴ状に広がる。
竜が吹く炎も振りかぶる鉤爪も、虹色の網にかかると弾かれ、攻撃が無効化する。
剣で竜の動きを抑制しながら、奏は徐々にデイビッドを魔法陣の中心へ誘導していった。
白銀の剣が褐色のうろこを裂く。
黄ばんだ爪が奏の首を狙う。
「奏!」
俺は咄嗟に『守れ!』と念じて、残された力の半分を奏に向ける。
念は白い膜となって奏を覆い、一回限り爪の威力を削いだ。
その振動で竜の手が迫っていることに気付いた奏は、距離を空けながら相手の胴体を突き刺す。
グオオォと地から響く重低音で呻く竜の腕を駆け上がり、デイビッドの本体側の頭に飛び移った。
「兄ちゃんを舐め回した罪! ここで償ってもらうぞ!」
いやそこ!? とツッコむ間もなく奏が剣の柄を縦に握り直す。
きらりと光る切っ先をデイビッド本体の顔に向けて。
頭から剣で一直線に串刺しにするように、全力で刃を突き立てた。
断末魔、というのはこういう叫びを言うんだろう。
「う、うるせえ……!!」
竜の悲鳴で、局地的な地震が起きる。
ゴゴゴと宮殿全体が揺れ、建物を支える石の柱に亀裂が入る。
視界がぶれるほどの絶叫を上げながら、双頭竜は体をよじらせていた。
デイビッド本体は赤黒い血飛沫をあげて痙攣する。
奏は刺した剣を頼りにして揺れに耐えていたが、今にも振り落とされそうだ。
デイビッドの翼が虫のようにせわしく羽ばたき、飛び去る準備に入ると、奏はもう一度呪文を唱えた。
「圧縮」
するとデイビッドを包囲するように張られていた網が、一気にぎゅっと収縮する。
今にも飛び立とうとしていた灰褐色の羽をギチギチに縛り付け、羽ばたけないようにした。
ギャアギャアと烏に似た甲高い声が響くなかで、奏が叫ぶ。
「急所には当たってる! もっと深く、中の核まで届けば倒せるんだけど! コイツ硬くて無理かも!」
「補助がいるってことか!?」
そう、と大声で奏が答えると、デイビッドの体がデロリと溶けはじめた。
「なっ――なんだそのキモイのは!?」
「……形態変化だ! 心臓を守ろうとしてる!」
ヒエ、と息を呑む。
人間をやめてる。やめすぎだろ。
防衛のために溶ける人間がいてたまるか、と思うが、実際に伯爵の身体は自分を貫く剣ごと内側に飲み込んで、一体化しようとしている。
このままじゃ奏まで肉塊に取り込まれてしまいそうだ。
……俺の残り少ない魔力で助けになるか分からない。
けれど何もしなければ、デイビッドを取り逃がしてしまう。
「効いてくれよ……!」
俺は願掛けしながら、ありったけの力をこめて右腕を振りかぶった。
その手を――隣に立ったエドワードが下ろさせる。
「えっ……?」
「ここは、私にお任せを」
微笑を浮かべた執事がデイビッドの頭に向かって跳躍し、ふわりと奏の元に降り立った。
「エドワード」
「貴方の力を私の補助魔法で増強すれば、デイビッドを仕留められます」
奏が押し込んでいた剣の柄にエドワードも手を添えて、詠唱する。
「プロス・テース」
詠唱によって、突き立てられていた剣にぐんと重力が加わり、より深くデイビッドの肉塊の中にめり込んでいった。
しかも。
それだけに留まらず――。
「【斬撃】」
「【酸】」
「【燃焼】」
ブシブシと飛沫を散らしながら蠢くデイビッドに、エドワードは短い呪文を次々に唱えて攻撃を追加していった。
切り裂かれ、酸で溶かされ、燃やされて凄まじい悲鳴を上げる肉人形を、美麗の執事が凍り固まった瞳で見下ろした。
「百三十六。
貴様がユーリ様を追い詰めた世界の数、同じだけその身をもって償わせよう」
エドワードの手から数十個の氷柱が生まれて、全方位から肉塊めがけて飛んでいく。
デイビッドの身体は八つ裂きにされ、さらに八個それぞれの塊が五、十、十五……それくらいの数に切り刻まれる。
伯爵は三十個あまりの欠片に分解されて、竜の体の上に散らばった。
そんな血の海の中に、最後の塊が現れた。
それは心臓の形をして、弱々しく脈を打っている。
エドワードは奏を見て頷く。
「これは、私には潰すことはできません。
カイ・ウィングフィールドでなければ――奏様でなければ。
後は、頼めますか?」
「任せろ」
奏は無邪気な少年の笑みを浮かべて、剣を振り上げた。
「――こいつで終わり、だ!」
12
あなたにおすすめの小説
転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?
米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。
ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。
隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。
「愛してるよ、私のユリタン」
そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。
“最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。
成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。
怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか?
……え、違う?
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。
※(2025/4/20)第一章終わりました。少しお休みして、プロットが出来上がりましたらまた再開しますね。お付き合い頂き、本当にありがとうございました!
えちち話(セルフ二次創作)も反応ありがとうございます。少しお休みするのもあるので、このまま読めるようにしておきますね。
※♡、ブクマ、エールありがとうございます!すごく嬉しいです!
※表紙作りました!絵は描いた。ロゴをスコシプラス様に作って頂きました。可愛すぎてにこにこです♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
オメガだと隠して魔王討伐隊に入ったら、最強アルファ達に溺愛されています
水凪しおん
BL
前世は、どこにでもいる普通の大学生だった。車に轢かれ、次に目覚めた時、俺はミルクティー色の髪を持つ少年『サナ』として、剣と魔法の異世界にいた。
そこで知らされたのは、衝撃の事実。この世界には男女の他に『アルファ』『ベータ』『オメガ』という第二の性が存在し、俺はその中で最も希少で、男性でありながら子を宿すことができる『オメガ』だという。
アルファに守られ、番になるのが幸せ? そんな決められた道は歩きたくない。俺は、俺自身の力で生きていく。そう決意し、平凡な『ベータ』と身分を偽った俺の前に現れたのは、太陽のように眩しい聖騎士カイル。彼は俺のささやかな機転を「稀代の戦術眼」と絶賛し、半ば強引に魔王討伐隊へと引き入れた。
しかし、そこは最強のアルファたちの巣窟だった!
リーダーのカイルに加え、皮肉屋の天才魔法使いリアム、寡黙な獣人暗殺者ジン。三人の強烈なアルファフェロモンに日々当てられ、俺の身体は甘く疼き始める。
隠し通したい秘密と、抗いがたい本能。偽りのベータとして、俺はこの英雄たちの中で生き残れるのか?
これは運命に抗う一人のオメガが、本当の居場所と愛を見つけるまでの物語。
転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
【完結】双子の兄が主人公で、困る
* ゆるゆ
BL
『きらきら男は僕のモノ』公言する、ぴんくの髪の主人公な兄のせいで、見た目はそっくりだが質実剛健、ちいさなことからコツコツとな双子の弟が、兄のとばっちりで断罪されかけたり、 悪役令息からいじわるされたり 、逆ハーレムになりかけたりとか、ほんとに困る──! 伴侶(予定)いるので。……って思ってたのに……!
本編、両親にごあいさつ編、完結しました!
おまけのお話を、時々更新しています。
本編以外はぜんぶ、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる