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30【決戦】
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妄想の邪魔をしたフレデリックは死んだとして、残るはデイビッドだ。
ここへあの怪獣を召喚したのはあいつだろう。
「ここで変態伯爵まで出てきたら対処しきれないな。
あいつ、あんなの呼べるくらい強いなんて知らなかった……」
途方に暮れながらぼやくと、離れたところに立っていたエドワードが首をひねる。
「いえ……妙です」
俺と奏が見ると、顎に指を当てて考え込む。
「妙って、伯爵が?」
エドワードは頷き、透き通ったグレーの瞳を頭上の竜に向けた。
「あまりに強すぎるんです」
「強すぎるって……そんなに敵わない相手ってことか?」
「いいえ、そうではなく。
いくら強大な力を持った術者でも、まともなやり方ではあれだけの魔獣を呼び出すのは不可能だと思われます」
相手の言わんとすることを察して、言葉にした。
「つまり、まともじゃないやり方をした?」
俺が訊ねた瞬間、庭園の土が割れた。
「な――――!」
竜が地に降り立ち、巨駆が地面に叩きつけられたからだ。
「奏!」
「分かってる!」
悲鳴を上げて逃げ惑う貴族たちを尻目に、奏が剣を構える。
鼓膜が破れそうな雄叫びとともに竜が突き出した口に刃を刺して、力技で押し込む。巨体が刺された口を振り解こうとのたうち回る間に、もう一つの頭が奏に迫った。
――今度は噛ませない。
「静止!」
『止まれ』と念じると、口から自然と呪文が発されていた。
残りの魔力のいくらかを使って波動が放出され、奏に襲いかかっていた頭が食い止められる。
この隙に反撃に出れば――と様子をうかがうが、奏の剣は大元の頭に刺さったままだ。
――どう動けばいい?
思考を巡らせていると、横から執事が駆けていく。
「エドワード!?」
軽やかな跳躍で空中に躍り出た男は、敵の目の前に向かう。
身にまとう燕尾服がひらりと華麗に舞ったかと思うと、饐えた臙脂色の鼻先に見事な蹴りが決まった。
「なっ――」
おまけに魔法陣で踵にブーストがかけられていて、蹴られた竜の鼻が勢いよく燃え出す。
地割れのような叫び声を上げて横殴りに暴れる巨体を見て、俺はただただ呟くしかできなかった。
「えっ……強ぉ……」
「力不足ながら、この執事も手助け程度はいたします。
私は単なる歯車ですから敵を倒すことはできませんが」
とどめは俺たちで刺してくれ、ってことだろう。エドワードは口惜しそうに言うが、これだけ戦えるなら充分だと思うんだけど……。
口をあんぐりと開けていた俺は、エドワードに伸された頭が地面に伏しているのを見て、ふと気付いた。
双頭はほとんど同じサイズだが、後から生えてきた竜頭には大きな瘤がついている。
「あれ……?」
違和感を覚えて、よく目を凝らす。
頭頂部から隆起したその瘤は、肉色をしていた。
質感がやけに生々しい。
大きさはちょうど人の上半身くらいの大きさをしていて……。
瘤のてっぺんには溶けて崩れかかっているが、口をガッと開けた人の頭のような塊がくっついていた。
それが“ような”ではなく苦悶の表情を浮かべた人の顔だと分かった瞬間――ザーッと顔から血の気が引いていく。
「こいつ――デ、デイビッド!?」
奏とエドワードが俺の声に反応して、瘤を見る。
「なるほど。自分の身体を生贄にしたのですね」
エドワードは自分が蹴りつけた頭を見、淡々と分析する。
「それなら得心がいきます。
この大きさのものを制御しようとするなら、術者自身の体を犠牲にしなければ釣り合わない――モーリス伯爵はこの邪竜と同化されたのですね」
この人、なんでそんな冷静でいられるんだよ……。
改めて観察してみると、やっぱり竜の首にくっついているのは変態伯爵だった。なんか溶けた粘土みたい。
「キモッ!!!」
俺の叫びに呼応するように竜が咆哮する。
項に溶け込んだデイビッドの体はほとんど泥人形のようになっていて、とても生きているようには思えない。
だが、どこからか奴の声が響いてきた。
『ユー……リ』
ユーリ、ユーリ、と鳴き声のように唸る。
声は泥人形伯爵のほうじゃなく、竜の大きく裂けた口から発されていた。
『ユーリ……ユーリ』
怨念すら感じられる呼びかけ。
ユーリへの深い執念がその声音にこめられているようだった。
「思ったより捨て身の行動に出たね」
奏が顔を顰めつつ言う。
「爆発で体がぼろぼろに傷んでいても、こうして魔獣と同化すれば生き長らえられる。
そうすれば、またユーリを追うことができる」
だからといって普通の人間は、そんな理由で化け物になろうとは考えない。
デイビッドと同化した竜は牙を剥いて、殺意の滲む絶叫でユーリを呼ぶ。
頭を振り回して奏の剣から逃れたデイビッドは、トカゲのようになった手で掴みかかってきた。俺たちは魔法や剣で猛攻を躱し、すかさず距離を取る。
獲物を仕留められなかった怒りで、あいつは爬虫類の目を猛らせながら怒号を上げた。
「あんな姿になって、ユーリをどうしたかったんだ」
伯爵はユーリを恋愛的な意味で好きだったんじゃないのか?
あんな姿になったら、億が一にでも希望が成就したときにどうにもならないじゃないか。
俺の疑問に、エドワードが底冷えする声で答える。
「手に入らないなら殺す。
気に入らない玩具は捨てる。
あの男の考えそうなことです。
あれはユーリ様を愛してなどいない……自分の気に入ったものを堕落させて汚したいだけの、独り善がりな変態です」
禍々しい体に変わって突進してくるデイビッドに、奏が剣を構える。
「まあ、こいつがモーリス伯爵だって分かったんなら丁度いい」
そして唇を緩めて、パチンと指を鳴らした。
ここへあの怪獣を召喚したのはあいつだろう。
「ここで変態伯爵まで出てきたら対処しきれないな。
あいつ、あんなの呼べるくらい強いなんて知らなかった……」
途方に暮れながらぼやくと、離れたところに立っていたエドワードが首をひねる。
「いえ……妙です」
俺と奏が見ると、顎に指を当てて考え込む。
「妙って、伯爵が?」
エドワードは頷き、透き通ったグレーの瞳を頭上の竜に向けた。
「あまりに強すぎるんです」
「強すぎるって……そんなに敵わない相手ってことか?」
「いいえ、そうではなく。
いくら強大な力を持った術者でも、まともなやり方ではあれだけの魔獣を呼び出すのは不可能だと思われます」
相手の言わんとすることを察して、言葉にした。
「つまり、まともじゃないやり方をした?」
俺が訊ねた瞬間、庭園の土が割れた。
「な――――!」
竜が地に降り立ち、巨駆が地面に叩きつけられたからだ。
「奏!」
「分かってる!」
悲鳴を上げて逃げ惑う貴族たちを尻目に、奏が剣を構える。
鼓膜が破れそうな雄叫びとともに竜が突き出した口に刃を刺して、力技で押し込む。巨体が刺された口を振り解こうとのたうち回る間に、もう一つの頭が奏に迫った。
――今度は噛ませない。
「静止!」
『止まれ』と念じると、口から自然と呪文が発されていた。
残りの魔力のいくらかを使って波動が放出され、奏に襲いかかっていた頭が食い止められる。
この隙に反撃に出れば――と様子をうかがうが、奏の剣は大元の頭に刺さったままだ。
――どう動けばいい?
思考を巡らせていると、横から執事が駆けていく。
「エドワード!?」
軽やかな跳躍で空中に躍り出た男は、敵の目の前に向かう。
身にまとう燕尾服がひらりと華麗に舞ったかと思うと、饐えた臙脂色の鼻先に見事な蹴りが決まった。
「なっ――」
おまけに魔法陣で踵にブーストがかけられていて、蹴られた竜の鼻が勢いよく燃え出す。
地割れのような叫び声を上げて横殴りに暴れる巨体を見て、俺はただただ呟くしかできなかった。
「えっ……強ぉ……」
「力不足ながら、この執事も手助け程度はいたします。
私は単なる歯車ですから敵を倒すことはできませんが」
とどめは俺たちで刺してくれ、ってことだろう。エドワードは口惜しそうに言うが、これだけ戦えるなら充分だと思うんだけど……。
口をあんぐりと開けていた俺は、エドワードに伸された頭が地面に伏しているのを見て、ふと気付いた。
双頭はほとんど同じサイズだが、後から生えてきた竜頭には大きな瘤がついている。
「あれ……?」
違和感を覚えて、よく目を凝らす。
頭頂部から隆起したその瘤は、肉色をしていた。
質感がやけに生々しい。
大きさはちょうど人の上半身くらいの大きさをしていて……。
瘤のてっぺんには溶けて崩れかかっているが、口をガッと開けた人の頭のような塊がくっついていた。
それが“ような”ではなく苦悶の表情を浮かべた人の顔だと分かった瞬間――ザーッと顔から血の気が引いていく。
「こいつ――デ、デイビッド!?」
奏とエドワードが俺の声に反応して、瘤を見る。
「なるほど。自分の身体を生贄にしたのですね」
エドワードは自分が蹴りつけた頭を見、淡々と分析する。
「それなら得心がいきます。
この大きさのものを制御しようとするなら、術者自身の体を犠牲にしなければ釣り合わない――モーリス伯爵はこの邪竜と同化されたのですね」
この人、なんでそんな冷静でいられるんだよ……。
改めて観察してみると、やっぱり竜の首にくっついているのは変態伯爵だった。なんか溶けた粘土みたい。
「キモッ!!!」
俺の叫びに呼応するように竜が咆哮する。
項に溶け込んだデイビッドの体はほとんど泥人形のようになっていて、とても生きているようには思えない。
だが、どこからか奴の声が響いてきた。
『ユー……リ』
ユーリ、ユーリ、と鳴き声のように唸る。
声は泥人形伯爵のほうじゃなく、竜の大きく裂けた口から発されていた。
『ユーリ……ユーリ』
怨念すら感じられる呼びかけ。
ユーリへの深い執念がその声音にこめられているようだった。
「思ったより捨て身の行動に出たね」
奏が顔を顰めつつ言う。
「爆発で体がぼろぼろに傷んでいても、こうして魔獣と同化すれば生き長らえられる。
そうすれば、またユーリを追うことができる」
だからといって普通の人間は、そんな理由で化け物になろうとは考えない。
デイビッドと同化した竜は牙を剥いて、殺意の滲む絶叫でユーリを呼ぶ。
頭を振り回して奏の剣から逃れたデイビッドは、トカゲのようになった手で掴みかかってきた。俺たちは魔法や剣で猛攻を躱し、すかさず距離を取る。
獲物を仕留められなかった怒りで、あいつは爬虫類の目を猛らせながら怒号を上げた。
「あんな姿になって、ユーリをどうしたかったんだ」
伯爵はユーリを恋愛的な意味で好きだったんじゃないのか?
あんな姿になったら、億が一にでも希望が成就したときにどうにもならないじゃないか。
俺の疑問に、エドワードが底冷えする声で答える。
「手に入らないなら殺す。
気に入らない玩具は捨てる。
あの男の考えそうなことです。
あれはユーリ様を愛してなどいない……自分の気に入ったものを堕落させて汚したいだけの、独り善がりな変態です」
禍々しい体に変わって突進してくるデイビッドに、奏が剣を構える。
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そして唇を緩めて、パチンと指を鳴らした。
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