悪役令嬢の兄に転生した俺、なぜか現実世界の義弟にプロポーズされてます。

ちんすこう

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エピローグ『家族になった日』

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「ゆう。今日はね、新しいお父さんに会うんだよ」
「またお父さんが変わるの?」
「大丈夫よ。今度のお父さんは優しい人だから」

 実の父親は、俺がまだ小学校に上がる前にいなくなった。
 あまり父親というものに良い思い出がなかった俺は、母さんに連れられてきた公園で浮かない顔をしていた。

 この日、ここで新しい父親と会う約束だったからだ。

「ぼく、お母さんだけでいい」
「そんなこと言わないの。今回はもう一人家族が増えるんだから」

 俯いていた顔を上げる。

「誰……?」
「弟よ。あなたの二つ下で、来年小学生になるんですって」
「……弟」
「そうよ。
 ゆうちゃん、ずっと兄弟が欲しいって言ってたでしょう?」

 母さんの言葉を聞いて、憂鬱だった心が少し晴れた気がした。

 ――ぼくに、弟ができる。

 新しい父親と会うのは不安だったけれど、その言葉が少しだけ胸を軽くしてくれた。

「向こうもきっと『どんなお兄ちゃんが来るかな』って楽しみにしてるから、優しくしてあげるのよ。
 今日からお兄ちゃんになるんだからね」

 分かった?と訊かれて、俺はうん、と頷いた。


 二つ下で、ぼくの弟になる子。

 どんな子だろう。

 ぼくのこと、好きになってくれるかな。


◇◇◇


 重い瞼を開けると、電車の窓から西日が射し込んでいた。

「やべっ」

 居眠りしていたことに気付いた俺は、すぐに今向かっている駅を確認する。
 電光掲示板に、降りる駅の一つ手前の名前が表示されているのを見ると、ほっと胸を撫で下ろした。一瞬寝落ちただけだったようだ。

 ――なにか、懐かしい夢を見てた気がするんだけどな。

 目が覚めたときにはほとんど朧気になっていて、どんな夢だったのか忘れていた。
 一個駅を通過して自宅の最寄り駅に着いた頃には、その夢を見たこと自体忘れ去っていた。

「ただいまー」

 高校から帰ってくると、三年間履き潰して擦れた革靴を下駄箱にぶちこむ。玄関には、他につっかけサンダルと運動靴だけが一足ずつ置かれていた。
 母さんの靴はない。
 あの人はフルタイムで働いているので、当然この時間はまだ帰ってこないはずだ。

 となれば、運動靴の持ち主は一人だ。

 家に上がってリビングに近付くにつれて、騒がしい音が大きくなる。

「おい。お前、いたんなら返事しろよ」

 扉を開けると、ソファに座っていたそいつが振り返った。


「あ、おかえり! ゆう兄ちゃん」


 着崩したブレザーに、明るく染めたハーフアップの髪。緩んだ唇と目元。全体的に甘い顔立ちの男。

「ただいま。
 お前なあ、テレビの音量でかすぎ! じいちゃんじゃないんだから――奏!」
「ごめんごめん、オープニングしっかり聴きたくて上げっぱなしだったんだよ」

 こいつは羽白奏。
 ちょっとチャラいが根は良いやつ。二個下で、俺の弟だ。

「何見てんの?」
「んー? これね、ネットでバズった小説原作のアニメ」

 ソファの中心でテレビを食い入るように見ていた奏の隣に座ると、少しずれてスペースを開けてくれた。

 見ていたのは録画した深夜アニメだったらしく、わざわざ巻き戻して冒頭から見せてくれた。


「なんてタイトル?」

「『婚約破棄されたけど悪役令嬢の恋人にプロポーズされましたっ!?』、通称『けど恋』」

「ごめん、もう一回頼む」


 こころよく俺の要求に答えてくれた奏は、もう一度ゆっくりと題名を繰り返した。

 なんでも最近はWEBサイトで連載されてる小説が人気らしく、『転生もの』とか『婚約破棄』とかが流行のジャンルだそうだ。

 この弟、イケメンのくせに妙にオタク気質なところがあるので、そういう世界に詳しい。反対に俺は漫画もアニメも嗜まないので、奏の話はさっぱりだ。

 画面を見ると、ユマというメイドの女の子が貴族の娘レジーナに泥水を浴びせられているところだった。


「うわぁ、かわいそうだな。このレジーナって子、可愛いけど意地悪だな」

「レジーナは『悪役令嬢』ってキャラなんだよ。最近は悪役令嬢を主人公にした作品も多いけど、これは普通に当て馬枠だね」


 悪役令嬢ちゃんは可愛いけど、えげつないくらいコッテコテのいじめを主人公に仕掛けていく。ユマは何も悪いことをしてないのに追い込まれて、ボロボロになりながら弱っていく。見ていると、やるせない気持ちになってくる描写が続いた。

 なので、


「お、おもしろいのか……? これ」


 と、俺はオタクにかけてはいけない言葉ナンバーワンを吹っかけてしまったのである。


「おもしろいよ!!」
「げっ」


 ぱぁっと目を輝かせた奏は、謎の空間から大量の小説とコミック、画集にファンブックを出して『けど恋』の世界についてあつうく解説してくれた。しょうがない。オタクに語る隙を与えた俺が悪かった。


「――でねでね、俺は普段女性向けって読まないんだけど、けど恋は男女どっちの琴線にも触れる名作で!!
 ユマとカイの恋の結末は全俺が号泣したから兄ちゃんも見てみて! アニメも神だからまずこっちから!」

「あ、ハイ……」


 俺と奏は夕飯もそこそこにアニメ全十三話+OVA(テレビ放送されていないエピソードのことらしい)五話を完走し、ユマとカイが『約束の木』の下で正式なプロポーズをして結婚式を挙げ、大団円を迎えるところまで見届けたのだった。



「はー、やっぱ神作は何回みても神だな。よかったぁ……」
「目が、目がぁああ」


 とっくに日付を超え、窓の外が真っ暗になった頃。

 エンディング後の製作者メッセージまで見終えて、奏はうっとりと溜め息をついた。いっぽう、俺はズキズキ痛む頭と目を抱えてムスカ大佐をやっている。

 途中でお行儀悪くソファで夕飯を食べながら、八時間強の拷問だ。オタクはよくそれで生命力取り戻せるよな、といっそ感心しつつ凝り固まった四肢を伸ばす。


「っあ゛ー、疲れた」


 ううん、とややオッサンくさい呻き声を上げながら伸びをすると、奏がずいっと身を乗り出してくる。

「どう、おもしろかった?」
「ああ、うん」

 物語を見るのはべつに嫌いじゃない。人並みにドラマも映画も見るけど、ここまでぶっ通すと感動より疲労の方が勝つんだが。
 感想待ちで目をきらきらさせる弟を見ると軽くあしらうのも悪い気がして、要所要所で感じたことを答えた。
 ユマが可愛いとか、背景が綺麗とか。それと兄としては、悪役のユーリがもうちょっと妹のレジーナに構ってやればいいのにな、どうしてそうしないんだろうな、という部分が気になった。
 それを伝えると、奏はファンブックを引っ張り出しながら首を傾げた。


「そうだね。ユマの回想とかレジーナの言葉を見るに、ユーリって昔はそんなに悪い奴じゃなかったんだと思う。レジーナのことも可愛がってたみたいだし」

「どこで変わっちゃったんだろうな」

「作者の話だと一応ホワイトハート家にもバックグラウンドがあるらしいんだけど、表には出てないなあ」


 それから、と俺が言葉を継ぐ。
 なあに、と眉を上げる奏に、俺はぽつりと答えた。


「ユマとカイが、昔の約束を果たして結ばれたのはロマンチックだけどさ。
 実際は、そんな子供の頃の口約束なんて忘れるだろ。十年も前のたった一言をずっと覚えてて、そのうえそれを後生大事に守ってるなんて……そんなことあるのかな。

 永遠に続く愛なんて、あるのかな」

「……兄ちゃん」


 俺と奏以外に、誰も帰ってこない家。
 俺は画面の中のヒロインみたいに、純粋に愛を信じて笑うなんてできないだろう。
 深く考えそうになったところで笑いが零れてくる。


「なんてな。『けど恋』は小説なんだから、そりゃ最後は幸せになるに決まってるよな。現実がうまくいかないからこそハッピーエンドがあるのに、それと比べても仕方ない」

「あるよ、約束」


 え、とぎこちない笑みを浮かべたまま固まる。
 思いのほか真面目な顔をした奏が、俺の手を握った。


「ちょ、何何」


 この年になって弟とこんなふうに手を繋ぐことはない。照れくささを感じながら笑うが、奏は笑わなかった。

 その代わり、しんと心に浸透する声で言う。


「俺たちにも大切な約束、あるよ」
「約束……?」
「兄ちゃんが忘れてても、俺がずっと覚えてる。何回忘れたって俺がちゃんと思い出させるから」


 ちらりと脳裏をよぎる言葉があった。


 ――ぼくはずっと、奏のそばにいるよ。どこにも置いて行かない。

 ――じゃあ、ぼくもずっと兄ちゃんのそばにいる。

 ――ひとりになんて、しない。


 だが、もっと詳しく思い出そうとしたところで、俺の手を握っていた奏が勢いよく立ち上がった。


「あっ! ごご、ごめん! 手握っちゃって」
「あ? うん、いいけど」


 なぜそんなに顔が赤くなっているのか。
 疑問に思う前に、奏は手早くオタグッズを片付けてリビングを飛び出す。


「じゃっ俺お風呂入ってくるから! 兄ちゃんも『けど恋』ハマったら小説貸すからね! じゃ!」
「ええ……? い、いってらっしゃい……?」


 このときの俺は、兄弟同士だし手を握るくらいなんとも思っていなかったので、奏の動揺の意味がよく分からなかった。
 それに――そのときはいつにない雰囲気に呑まれてしまったから、言葉の意図を理解することができなかった。

 『何年も前の口約束をずっと健気に覚えていられるものか。そんな永遠に続く愛があるのか』と訊ねた俺に、奏は答えた。約束は自分が覚えている、と。

 ――それが『永遠の愛は自分が与える』という遠回しの告白だったんだと俺が気付くのは、羽白ゆうの人生が一度終わった後の話になる。

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