ぶよぶよ人間

クイン

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「ぶよぶよ人間……」
 千春は拳を唇に当てて、考えた。
「何かわかった?」
「それは幽霊なのかな? それとも妖怪?」
 あれは幽霊なのか妖怪なのかわからない。
「その二つに分ける意味なんてあるのかな?」
 素朴な疑問を僕は千春に投げかけた。
「この違いは大きいよ、妖怪だったら人間の理解の範疇を超えた化け物。幽霊は人間が成仏できずに姿を現した物」
 僕にはいまいちそれがどう違うのかわからなかった。同じ化け物には違いがないではないか。
「妖怪なら存在その物が謎だけど、幽霊は元が人間だから、どうして幽霊になったのか調べられるってこと。そうすると対処が変わってくるの」
 僕はそこではじめて納得した。
「対処できるの?」
「そんなことわからないわ。でも原因は突き止められるかもしれない。どうしてそれは発生したのか? ってことをね」
 僕はお姉さん以外で、こんなに頼りになる人がいるのかと思った。千春は僕と同じ年齢なのに、考え方や所作がとても大人びていた。
「とりあえず、ぶよぶよ人間に対して整理していくね。姿形は人型、顔はぶよぶよしている、だからぶよぶよ人間って呼んでいるんだね。大きさはまちまち、でも今まで見た限りでは、わたし達の身長よりも大きい。ということは大人と同じくらいということね。後、昼夜は関係ない」
 さわやかな風が窓から流れた。ちりんちりんと風鈴が音を立てる。僕は窓をみる。そこには澄んだ青空が広がっていた。傍らの千春はまだ真剣にぶよぶよ人間のこと考えてくれている。僕はなんだかうれしかった。僕のことをこんなにも考えてくれる人がいるのかということに……。この世界に存在していいのだと思えた。
「お姉ちゃんなら何かわかるかな~」
 僕はドキリとした。僕はどうしてわからないが、お姉さんの顔を思いだしたからだ。
「千春にお姉ちゃんがいたんだ」
「うん。唯一の家族」
「唯一?」
「うん。わたし両親いないんだ。だからお姉ちゃんがわたしの唯一の家族」
 しかし、千春の顔は暗かった。
「そのお姉ちゃんって今どこにいるの?」
 僕は質問した。
「お姉ちゃんは病院で研究をしているの。朝から晩までずっと……話しかけたいけど、いつもとても怖い顔をしているわ。だから気まずくて……」
「お医者さんなの?」
千春は首を左右に振る。
「研究員。お薬とかを開発しているの」
「それはすごい」
 僕は千春を高貴な目で見た。僕は体が弱いほうで、薬を服用しないといけない。服用していれば僕は体調を崩すことはないのだ。今回のことも僕が薬をちゃんと服用しなかったから、ここで横になっている。おかげで千春と仲良くなれたのだが……。
「だからお姉ちゃんと話せないことを嘆いちゃいけないの。お姉ちゃんはわたしのことも治そうとしているから……」
「どこか悪いの?」
 僕は健康そうな千春の姿を眺めた。頬は赤く、女性の特徴が徐々に膨らみを帯びていっている。
「どこも悪くないわ」
「だったらどうして?」
「私はいたって普通。だけど、他の人にとっては異常みたいなの。でも、あなたもこちら側の人だと思うけど……」
 千春の言っている意味がわからない。
「だってあなた自身が言ってくれたじゃない。見えるんでしょ? ぶよぶよ人間。その異形の物を」
 千春はすごんだ声で言った。
「ちょっと待って、それじゃあ、千春もぶよぶよ人間が見えるの?」
「見えるか見えないかの話をするなら、おそらく見えると思うわ。見たことはないけど」
「ちょっと待って、その話し方だと、他の物も見えるの?」
 僕のその質問に千春は頷いた。僕は寝ているのにひっくり返りそうになった。これは俗にいうところの霊感が強いというやつか……。
「除霊とかそういうのできるの?」
 千春は笑った。そういったことはできないし、する必要もないのだそうだ。霊は何かを訴えるために現れる。それもかなり強い要求の時にだけ。そうじゃないと生きている人の思念というものに常にかき消されるのだそうだ。幽霊が誰もいない時に出現するというのは裏を返せば人が多くいると幽霊の存在はかき消され姿など見れないのだ。
「夜に幽霊を目撃するのはやはり人の数が少ないから。今の世の中は夜の生活も増えたからより一層、幽霊を見ることなんて減ったのよね。いろんな人たちが見たっていうのは集団心理ってやつね。枯れ尾花だわ」
 と霊の説明をした。
「それじゃあ、ぶよぶよ人間ってのは僕の見間違いになるの?」
 僕は朝も昼も夜もぶよぶよ人間を目撃する。千春の説が正しいというのなら、僕はただの幻覚症状に悩まされている者である。
「そうまでは言ってない。ぶよぶよ人間……これを目撃しているのはあなただけだし、その時には周りに人がいないのでしょ? だからあなたに何か強いメッセージを残したいから現れていると思うの」
 ぶよぶよ人間が僕に何かを伝えたい? そういった風に考えたことがなかった。ぶよぶよ人間が現れると僕は心底恐怖を感じる。捕まれば僕という存在を消されてしまうのではないかと思えてならないのだ。
「そのぶよぶよ人間が現れた時、怖いと思うかもしれないけど、一度注意深く観察してみたらいいかもね。もしかしたら何かあなたに伝えないといけないメッセージがあるのかもしれない」
 千春はそう言った。しかし実際、あんな化け物が現れて、冷静にいられる方がすごいと思う。そんなことを考えていたら、突然部屋の扉が叩かれる音がした。僕は驚いてそっちをみる。扉が開いたところに、蝉じいが立っていた。
「具合はどうだい?」
 不気味に笑う蝉じいだが、 不気味な笑みとは裏腹にとても僕を心配している様子だった。
「大丈夫です。だいぶ楽になりました」
 蝉じいは安堵した顔でそうか……と優しく言った。千春は蝉じいに席を外してほしい。と言われ部屋をでていった。蝉じいは僕もまじまじと見つめる。なんだか僕も気恥ずかしくなり、目を背けた。
「うんうん。よくここまで……」
 と言う声が上ずっていたので僕は蝉じいの方を見ると目頭を押さえていた。
「あの……」
 僕は涙の意図がわからないのでかなり動揺した。そんなあたふたした僕の様子を見て、蝉じいは笑いだした。
「いや~すまないね。君の動揺している姿があまりにも面白くて、すまないすまない」
 あ~とのどを鳴らし、ポケットに入れていたペットボトルの水を飲みだした。
「あふ~。ああ、せっかくだから僕の話を聞いてくれないかな?」
 と僕の了承も得ずに話し始めた。
「僕はね。君の年齢の時、この見た目のことをひどい目にあってね」
 と蝉じいは腰を叩いた。丸まった背中は生まれつきで真っすぐに直立できない。内臓も重力に従い、垂れ下がっていた。
「裕福な家に生まれたのに、この身体のせいで、親にものすごく邪険に扱われたよ。人の子ではないほどにね」
 蝉じいは語る――身体障害者は今の時代だからこそ、理解者が増えたが、昔はまだまだ差別の対象であった。蝉じいを産んだ母は父に捨てられ、気が狂ってしまい死んでしまった。死ぬ間際まで、おまえさえ生まれなければと母は言い続けていた。母が死に、父の実家に引き取られ、そしてそのまま幽閉されることになった。
 家督は父の弟が継ぐことになり、邪魔な蝉じいの存在を隠蔽したかったのだ。毎日の暮らしは幽閉された部屋の窓から見える世界だけであった。何度も自殺しようとした。部屋に置いている刃物を体に突き立てた。一思いに……しかし留まった。――どうして僕が、死ななければならないんだ? 何もしていないのに……。どうやらこんな物が置いていたことの意図がその時わかった。これでもし、自殺なんてすれば、きっとどこかに埋められて終わりだったに違いない。
 そんな折に、自分の世話役として一人の家政婦を雇ったそうだ。その人から色々教えてもらった。自身と家と人の業……そして生きる術を――。

「たくさん努力もしたよ。そしてチャンスを見逃さなかった。がんばったといえるよ」
 蝉じいは僕の頭を撫でた。
「君の存在は光り輝く星だ。君の中に可能性がある。だからどんな苦しくても投げ出してはいけないよ」
 笑顔の蝉じい、たくさんの辛い過去を乗り越えて今を生きている人。僕はその姿を見て、涙が勝手に零れ落ちた。
「そうだ三階に君に見せたい物があるんだ。きてくれるかな?」
 と蝉じいが先に部屋を出て行った。僕はというと体調もよくなったので蝉じいの言う通りにしようと思い、ベットから起き上がった。部屋を出て三階に上がる階段の方から蝉じいの声が聞こえた。声のする方に向かおうと階段の前にくる。上を見上げるとそこにはぶよぶよ人間が立っていた。
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