短いお話

クイン

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『逆転サヨナラ』

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 野球は九回まで何が起こるかわからない。人生もそうだと思っている。

「まさか、君が……吸血鬼だったなんてな」

 病院のベットの硬さが嫌にならなくなったのはいつかもう思い出せない。だけど、この手に触れる、この感触は九十歳になっても変わらない。冷たく柔らかいこの手の感触だけわ。

「いや、普通気づくでしょ。あんたが小さい頃から私はこの姿だ」

 月明かりが、まるで太陽のように部屋を明るくしている。おかげで彼女の容姿を伺うことができる。金髪・縦ロール、ゴスロリというあまりにも場違いな格好であった。

「いや、老けているのがわかりにくい人なんだと思ってた」

「バカだろ? おまえ」

 呆れている様子の彼女の目は赤く光っていた。

「私もヤキが回ったよ。若い男の血を吸おうと思って近づいたらいきなり告白されてそのまま結婚するなんてな」

 もう八十年くらい前の話を、さも昨日のように話をする彼女。時間の感覚が違うのだと実感する。

「そうだったね。僕はそれよりも洗濯を今だに洗濯板でやってることに衝撃を受けたけどね」

「機械ものは苦手なんだ」

 彼女はムスっとした。

「それにそんなことは家畜がやればいいだろう」

 彼女と知り合って、僕は名前を呼ばれたことがない。いつも『家畜』であった。考えれば、吸血鬼からしたら僕らは家畜でしかない。

「呼びとうない」

 と彼女はそっぽを向いた。私の身体はもう死に近づいていた。私の人生はこれといっていい人生とは言えるものではなかった。幼いころから野球が好きで、ずっと続けていた。甲子園には行けなかったが、社会人野球で球団に声をかけられるくらいまでにはなった。しかし足の人体を切り、走れない体になってしまった。その時、私の野球人生は終わりを迎えたのだった。絶望はしたものの、彼女と結婚できたことが唯一の救いであった。加えて吸血鬼ときた、面白い人生だ。

「僕の血ってまずいかな?」

「まずいに決まっておろうが、そんな干からびた身体に流れる血なぞ。マグロの血の方が何倍も美味いわ」

 笑った。お互いに死ぬ瞬間までこう笑い合える関係でいられたことに僕は満足だ。

「僕がいなくなったらどうするの?」

「そうだな。とりあえずどこか旅にでるわ」

「人間を襲うの?」

 怪しい笑みを浮かべる彼女

「ははは、今は人間を襲うより病院の輸血パックをいただいた方が効率がよい。芳醇なワインを飲む感覚だな。その上、ヴァンパイアハンターにも脚がつきにくい。一石二鳥だな」

「僕と生活してた時もそうだったのかい?」

「まあ、ちょくちょくな」

「うわぁ~、高貴な吸血鬼が小狡い」

 頭をチョップされた。とは言っても人間ではない彼女に、人を襲ってはいけないというルールはない。共に生活する中で僕(人間)に最大限に気を使ってくれたのだろう。

「ごめんね」

「何をあやまる?」

「先にいなくなることに対して」

 柔らかく冷たい風が病室に吹きこんだ。

「ほんとおまえは愚かだな。家畜風情に憐れまれる方がヴァンパイア(われら)にとって侮辱なんだぞ」

 と急に彼女は凛々しくなった。私の死がすぐ真近まできたのだ。

「それでね。最後の頼みなんだけど名前で呼んでくれないかな」

 そう言うと、

「それはできない。それは、おまえに服従したということになり、主従関係が成り立ってしまうんだ。そうなると……」

「そうなると?」

 ーーふん。と鼻息鳴らし、

「家畜に話す義理などない」

 プライドの高い彼女にとってそれはできないことなのである。

「楽しかった。できればもう少し君と話していたかった」

 私は逝った。

 

 私は魂の塊になってその場を俯瞰していた。私の身体はベットの上にあった。そして側にいた彼女が、私を抱き抱えながら窓から外に出ていった。

 後を追うと、彼女は私と過ごした山の上の屋敷にいた。花々か咲き誇る庭園のベンチに座っている。私の身体は彼女に膝枕され横たわっていた。

「楽しかった、楽しかった本当に……。生きている時に名前を呼んであげたかった」

 魂だけの存在になった私は、彼女の意図を理解した服従するということは、自身の意思にかかわらず主のいいなりになる。主が死ねば自分も死ぬ。そこに意思はない。

「私は、自分の意思でおまえを愛した。そして自分の意思で死ぬ。おまえはもういない。だから名前を呼ぶよ」

〝〇〇、幸せだったよ〟

 その言葉を聞いて私は天へ昇っていった。気分は逆転サヨナラホームランを打ったみたいだった。

 

    ※

 

 陽は登り、美しい田園に老人の遺体が一つ眠るにようにあった。

 その後、美しい吸血鬼の目撃情報はない。
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