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第四章 縮まったり…そうじゃなかったり…

7 爬虫類ゴーランド?

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 まみがトイレに行ってから、しばらくすると晴斗が起き出した。
 ぐずりそうになった晴斗を、三枝さんが立ち上がりながら抱き直す。

「伊藤くんにも、赤ちゃん寝かせるコツを教えてあげようか。」

 三枝さんは言いながら、晴斗を優しく丸めて腕の中に入れると、膝の屈伸を使って、上下に揺れ始めた。

「俺も、子どもを寝かしつけるために、いろいろと勉強したんだよ。本読んだり、ネット見たり。で、赤ちゃんが寝る確率の高くなる抱っこの仕方と、動きを見出したんだ。」

 まぁ、実際には自分の子ども2人にしか試したことないんだけどさ。と言いながら、晴斗にも上手く使えたことに、ご満悦なようだった。

 それからしばらく、三枝さんに『赤ちゃんの寝かしつけ』をレクチャーされる。三枝さんいはく、『お母さんのお腹の中を再現する』ことが重要らしく、赤ちゃんの体をまぁるく丸めて、お腹の中にいる体勢にしてから、羊水内にいた時のような心地良い上下運動をすれば良いらしい。

「…こうですかね?」

 将生は三枝さんから晴斗を受け取り、実演しながら教えを乞う。

「うん!良いね!伊藤くんは筋が良いよ!」

 三枝さんに褒められて、将生も良い気分になりながら晴斗を抱っこしていた。たしかに、眠る…まではいかなくとも、晴斗は心地良さそうにしている。

(僕が寝かしつけができるようになれば、まみさんの負担も軽くなるかな…)

 将生はそんなふうに思いながら、晴斗を抱っこし続けた。


 将生が『赤ちゃんを上手に抱っこする』コツを覚えてきた頃、高橋くんと一緒にまみが戻ってきた。
 
 いつから一緒に居たんだろう。と少し不思議に思ったが、将生のその気持ちを読んだかのように高橋くんが言った。

「そこのトイレの前で、まみちゃんに会ったら、日焼けをすごく気にしてたんで、サングラス貸してあげたんですよ。」

 高橋くんは続ける。

「知ってます?日焼けって、目が大事なんですよ。目から入る紫外線の量が増えると、それに対処するために、脳が大量にメラニン色素を出すんです。肌の露出を抑えることに注目しがちですけど、意外に目も大事だっていう。」

 なるほど。確かに先程、日焼け対策用に着込んでいた服のほとんどが濡れてしまい、着替えることになったまみは、ずいぶんと露出が増えてしまっている。
 
 服を増やせない分、目から日焼け対策に入る。というのは筋が通っているかもしれない。

 まみは、高橋くんの話を聞いてから、

「…そうなんです。高橋さんのおかげで助かっちゃって。」

 と言い、口元で笑顔を表現する。

 高橋くんのサングラスは色付きのため、まみの目が全く見えない。

 すると、まみの声を聞いた晴斗が反応し、体を起こして、まみを探し、見つけると抱っこを求め始めた。それを見た三枝さんが、苦笑しながら

「…いくら寝かしつけ頑張っても、結局ママには敵わないんだよなぁ。」

 と言う。その言葉に、奥さんがニッコリする。

「だって、1番長い時間一緒に居て、可愛がっているんだもの。それくらい特権あっても良いわよねぇ。」

 将生は晴斗の言うがままに、まみに近付くと、晴斗を渡す。
 まみは、素直に手を広げて晴斗を抱っこする。
 
 それは、抱っこというよりも、『抱きしめる』という言葉が似合う抱き方だった。

 まみは、そうやってぎゅうっと晴斗を抱きしめると、小さな声で何か呟いた。それは1番近くにいた将生にさえ聞こえないほどの呟きで、でも、とても切羽詰まった声色だった。

「さて、と。晴斗くんも伊藤くんに返したことだし、奥さん、僕と一緒に遊園地で遊びませんか?」

 三枝さんが、おどけた様子で奥さんを誘う。

 それを聞いて奥さんも

「良いわねぇ。私、ご存知の通り観覧車が好きでしょう。今日も見かけて、後で乗りたいって思っていたの。珍しく子どももいないことだし、2人でのんびり乗ってこない?」

 と返す。
 2人とも、とても仲良しな夫婦なのだ。
 2人はそう話しながら、それぞれに荷物を持って移動しようとする。お昼も過ぎたので、もう自由に解散して良いらしい。

 三枝さん夫妻は、将生達に軽く別れの挨拶をすると、観覧車の方へ向かってしまった。その後ろ姿に、将生は何度もお礼を伝える。
 


「さて、僕たちはどうしますか?」

 三枝さん夫妻を見送った後、将生が、まみに近付いて声をかけた。すると、まみはビクッと肩をすくませて、将生が今近付いた分だけ反対側へ離れた。そして、

「えっと…あっちにメリーゴーランドのようなものがあって…。それなら晴斗くんも乗れるかなって…。」

 と言う。将生は

(あれ…近付き過ぎたかな…)

 と、まみの反応に違和感を覚える。

(さっきは手も繋げたのに…)

 サングラスに隠れたまみの目が、将生には見えないので、余計に不安が湧き上がる。

「メリーゴーランドって…あれ、可愛い馬とかじゃなかったよ。蛇とか昆虫とかが、馬くらいの大きさになって周っていたけど、近くで見るとグロかったし…。子どもには悪夢じゃない?」

 誰かあれ乗って喜ぶのかな。と言いながら、高橋くんがまみと将生の会話に入ってくる。

 まみは高橋くんが会話に入ってきたことに、明らかに安心した様子で、

「それは逆に乗ってみたいですね。」

 と朗らかに返す。

「まみちゃん、チャレンジャーだね。」

 高橋くんも笑顔で返す。
 
 将生は、笑っている2人を見て、自分の違和感は気のせいだろう、と強引に片付ける。

「じゃあ、そのメリーゴーランドへ行ってみようか。」
 
「はい!」

 将生の誘いに元気よく返事をしてくれたまみに、少しだけ安心する。
 
 さっきみたいに、手を繋ぎたいとは言わない。いや、チャンスがあったらそりゃあ繋ぎたいけども…。
 それはそう簡単には叶わないだろうから、諦める。でもそれなら、できるだけ自分に向かって笑いかけて欲しい。

(さっきは手を繋げてあんなに幸せだったのに、ちょっとまみさんの様子がおかしいからって、すぐ不安になるなんて…。)

 自分が自分らしくないことに、将生は戸惑う。
 でも、人を好きになるって、こういう風にコントロールが効かなくなることだと思う。久々の『恋』に、将生はまさに翻弄されている。

 …でもそれが全く苦痛ではなかった。


 マザーズバッグや、まみの荷物などを持って、東屋から撤退する準備を整えてから、メリーゴーランドへ向かう。
 晴斗は行きと同じように、将生の抱っこ紐におさまった。三枝さんに指導してもらってから、少し自信のついた将生は、自分から晴斗を抱っこしたいと申し出たのだ。

 そして、実際にメリーゴーランドに着いた将生は、そのあまりの不気味さに、笑えてくるのだった。

「これぞ、インドネシアクオリティというか…。」

 将生が言うと、

「ですよね。なんで爬虫類をメリーゴーランドに使おうと思うのかな。」

 高橋くんも答える。
 そして、分析し始める。

「この、目がダメじゃないですか?変にリアルというか、まつ毛が付いていて人間的というか…。蛇にまつ毛はいらないでしょ。蜂もいるけど、ブンブンブンっていう可愛さじゃなくて、異様にグロいんですよね。取ってつけたような虹色の羽が、全くそぐわないっていう。」

 その言い方が面白くて、まみも笑い出す。

「あははっ!ほんと、言う通りですね!」

 まみが声に出して笑ってくれたので、高橋くんもホッとする。
 いつまでも泣き顔のままなわけがないだろうが、それでも、サングラスに隠れたまみの目が、まだ赤いのではないかと心配になる。

「でも、せっかくだから、私乗ってみます!」

 まみはそう言うと、メリーゴーランドに乗るために並んでいる人々の列の最後尾につく。

「えー、まみちゃんそう言うなら、俺も乗るかなぁ。」
 
「みんなで乗りましょう。伊藤さんも!」

 まみに誘われたので、みんなで一緒に列に並ぶ。

 しばらくすると、前回の曲が終わり、曲とともに回っていた動きも停止する。そして、乗っていた子たちがバラバラと降りて出て行く。
 さて、自分達の番かな、と思ったその時、ゲートが開くと共に後ろからどんどん子どもが追い抜いて行く。

(ん?)

 と思った時には、せっかく列に並んでいたのが全く意味ないくらいに、後ろから大人も子どもも関係なく押し寄せ、将生達を押しのけてメリーゴーランドの馬…ではなく昆虫達にまたがってしまった。

「えーっ…」

 最初に並んだ時の列の感じでは、すぐに乗れる順だったはずなのに、将生たち日本人はあっという間に取り残されて、また次回の回転を待たなければいけなくなってしまった。

「……これって、何かに似てると思ったけど、アレだ。」

 3人とも呆然として、声も出せなかった中、将生がポツリと言う。

「…はい。アレですね。」

 高橋くんが答える。

「「車。」」

 2人の声が重なる。

「どういう意味ですか?」

 あまりのピッタリ具合にそれこそビックリしながらまみが尋ねると、

「ほら、毎日車乗ってると、渋滞すごいじゃん。で、すんごい狭くっても、隙見つけると、車が横入りしてくるっていう。」

 高橋くんが答える。

「そうそれ。日本だと、もう少し交通ルールを守るというか、無理な横入りはしないと思うんだ。」
 
 将生も付け足す。

 つまり、インドネシアでは、車だけの話ではなく、こういう時、ちゃんと並んで待っていることが正しいわけではない、ということなのだろう。

「…あー…なるほど。他国からすると、日本人がラーメン屋さんの前で長蛇の列作っているのが不思議って言いますもんね。」

 順番を守って、列を作って『待つ』ということは、当たり前のことではなく、『日本の一つの文化』であるということだろう。
 それは、列を作る練習から始まる義務教育の賜物たまものなのかもしれないが、それが当たり前ではない世界、つまり『弱肉強食』の世界になると、とたんに弱い立場になってしまう。

「ということは!次回は、のんびり待たずに攻めていこう!っていう話ですよね!」

 意外と好戦的なまみの発言に、高橋くんと将生は、驚きながらも同意する。

「遠慮していたら、ずっと乗れないってことだもんね。」

「次は、乗る昆虫決めてから入りましょう。」

 3人はやる気をみなぎらせて、前の回の曲が終わるのを待つ。

 そして、曲が終わり、ゲートが開いた瞬間に飛び込む。

 いつもの見慣れたメリーゴーランドならば、馬以外にもかぼちゃの馬車など、小さな子でも安心して乗れる物がある。しかし、このメリーゴーランドは、やはりというか、期待通りというか、全て昆虫か爬虫類一体ずつの乗り物のみだった。

 将生は、乗るものを決めるというよりもまみの近くであれば何でも良かった。

 結果、まみは蝶々のような物に、将生と晴斗はその斜め後ろのてんとう虫のような物に、それぞれ乗る。
 高橋くんも、同じように考えたのか、将生の後ろの蟻のような物を選んで乗った。

「…今の伊藤さんのなりふり構わない感じ、大人気無かったですよ…。」

 高橋くんが指摘する。

「…いやいやいや、晴斗抱っこしているから、そういうの許されるんですよ。」

 将生も言い返す。

 まみはふふっと笑いながら、ポケットから携帯を出すと、

「はい、チーーズ!」

 と、言い合う2人&晴斗を撮る。

 いきなりのことに、少し驚きながらも、日本人の習性か、大人2人はピースをくれる。

「今日の分の5枚、まだ足りないので、この後も積極的に撮っていきますね。」

 まみが言い、携帯をポケットに戻した途端、メリーゴーランドが回り出した。
 一人一人の安全点検が甘い気がしたけれど、みんなちゃんとつかまっているから、大丈夫そうだ。

 乗っているものが、昆虫だろうが馬だろうが、乗り心地はあまり変わらないな、と将生は思う。
 乗り心地は変わらないが、乗る人が違うと、視界は変わる。今の将生は、斜め前に乗っているまみの太ももに釘付けだった。

(白さが眩しいなぁ…)

 将生こそ、サングラスが欲しいくらいだと、呑気に思っていた。

 そして、ハッとして後ろを見ると何か言いたそうな高橋くんの視線とバッチリ合う。

 降りた後、なんて言われるのか、今から軽くビビる将生であった。
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