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8 メイド セシリア
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姉の転落したというテラスのある中庭を抜けたフィオナは、その足で同じメイド、セシリアのいる部屋へ向かった。
セシリアはフィオナと同時期にメイドとして雇われた。線の細い華奢な女性で、ちょっとおっちょこちょいなところがあるけれど聞き上手で話しやすい女性だ。同じ部屋をあてがわれ、年も近いこともあり、セシリアの聞き上手にのせられて色々なことを話しているうちにすぐに打ち解けた。仕事面で何かと教えあったり、忙しいときに手伝いあったりできるここでの唯一の友達だ。
そのセシリアが、昨夜から体調を崩して部屋で休んでいる。
仕事が一段落したフィオナは、途中厨房に立ち寄って料理番のクリスに粥を作ってもらい、自室へ戻った。
フィオナが入っていくと、セシリアはベッドヘッドに背を預けて座っており、分厚い本をぱらぱらとめくっていた。
「セシリア、起き上がって大丈夫なの?」
「ええ。もうだいぶいいの」
セシリアは本を閉じるとサイドテーブルに置き、フィオナの持っている盆へと目を向けた。
「いい匂いがする」
その言葉と共に、計ったようにぐーっとセシリアのお腹がなる。フィオナはそのタイミングの良さにくすくす笑いながら、ベッドテーブルをセットするとその上に盆を載せた。
「クリスに頼んで作ってもらったの」
「それなら美味しいに決まってる。ありがとフィオナ」
ふわりと可憐にセシリアは微笑む。同性のフィオナでも思わず目を惹かれる。けれど仕草は可憐な見かけを裏切る。今も粥を匙に大盛りにとると、唇をすぼめてふぅふぅ冷まし、一口でぱくりとかきこむ。粥はあっという間になくなった。
「もっと作って来てもらおうか?」
あまりの食べっぷりに、足りなかったかと危惧したが、セシリアはにかっと笑った。
「大丈夫。足りない分はあとで自分でもらってくるから」
「……やっぱり足りなかったのね? わたしもっと作って来てもらうね」
「ふふふ。いいよ、フィオナ。行かないで。鍋ごといきたいくらいの気持ちなの。フィオナじゃここまで持ってこれないよ」
「そんなに!」
それならば急いで追加をもってこなくては。
慌てて走り出そうとしたフィオナの腕を、セシリアはがしりと掴んだ。
「今はいらないよ。それよりフィオナ。これ見たことある?」
セシリアは、フィオナが部屋に入ってきたときに見ていた分厚い本を軽々持ちあげると、しおりも挟んでいないのに、さっとあるページを開いた。
そこには小さな紫色の花の絵が描かれていた。花弁が五つある丈のごく短い花だ。
「これって……。北西の東屋の周りに咲いている花よね。これがどうかしたの?」
ベラメイド長が庭師ピーターには任せず、手ずから手入れをしている花だ。なんでも当主アレクシスのお気に入りの場所とかで、フィオナがここへきて三か月。常にきれいに花々が咲いている。
あまり見かけない珍しい花だ。フィオナはここに来るまで市井で見たことはなかった。セシリアの開いたページに目を走らせたフィオナは「え…」と思わず顔をしかめた。
「意識障害をもたらす花なの?」
大量に摂取すると意識障害を引き起こすと書かれている。そんな危険な花をベラメイド長はせっせと手入れしているというのだろうか……。
「どうしてこんな花……」
小花は薄い紫色で群れ咲く姿は観賞用にはいいのだろうが、屋敷には幼いコリンもいる。ここの屋敷の者があえて手に取って口に入れるとは思えないが、年端のゆかぬ子供なら興味本位から口にしてもおかしくはない。
「ベラメイド長は知ってて育ててるのかしら」
「さぁ。どうだろ。聞いてみる?」
仕草ばかりでなく時々セシリアは大胆なことも言う。この図鑑だってどこから入手したのか不思議だ。これだけ精緻なスケッチが施された植物図鑑となるとかなり高価なものに違いない。下働きのメイドが手を出せる代物ではない。
疑問をぶつけたのは自分だったが、フィオナはぶんぶんと両手を振った。
「聞かなくていいわ、セシリア。あのしっかりもののベラメイド長だもの。考えてみれば知らないとは思えないわ。知っててあえてアレクシス様がお好きだから育てておられるのよ」
「だとしてもコリン様もいらっしゃるのに不注意なことだよ」
「それは確かに、そうなんだけれど…。大量にって書いてあるから、少しくらい誤って口にしても問題ない、とか……?」
とてもそうは思えないだけに、言っている声がしりすぼみになる。大人は大量でも子供は少量で意識障害を引き起こすかもしれない。
「ベラメイド長にはちゃんと言ったほうがいいよ。わたし、今からちょっと言ってくるよ」
セシリアはそう言うと、よっと軽い身のこなしでベッドから起き上がった。気が付いていなかったが、セシリアは寝込んでいたはずなのにきちんとメイド服を着ていた。髪もちゃんと整えられている。
「待って。もう体調はほんとに大丈夫なの?」
「うん、見ての通りよ」
セシリアは身軽にその場でくるりと一回転するともう部屋を飛び出していく。
セシリアはフィオナと同時期にメイドとして雇われた。線の細い華奢な女性で、ちょっとおっちょこちょいなところがあるけれど聞き上手で話しやすい女性だ。同じ部屋をあてがわれ、年も近いこともあり、セシリアの聞き上手にのせられて色々なことを話しているうちにすぐに打ち解けた。仕事面で何かと教えあったり、忙しいときに手伝いあったりできるここでの唯一の友達だ。
そのセシリアが、昨夜から体調を崩して部屋で休んでいる。
仕事が一段落したフィオナは、途中厨房に立ち寄って料理番のクリスに粥を作ってもらい、自室へ戻った。
フィオナが入っていくと、セシリアはベッドヘッドに背を預けて座っており、分厚い本をぱらぱらとめくっていた。
「セシリア、起き上がって大丈夫なの?」
「ええ。もうだいぶいいの」
セシリアは本を閉じるとサイドテーブルに置き、フィオナの持っている盆へと目を向けた。
「いい匂いがする」
その言葉と共に、計ったようにぐーっとセシリアのお腹がなる。フィオナはそのタイミングの良さにくすくす笑いながら、ベッドテーブルをセットするとその上に盆を載せた。
「クリスに頼んで作ってもらったの」
「それなら美味しいに決まってる。ありがとフィオナ」
ふわりと可憐にセシリアは微笑む。同性のフィオナでも思わず目を惹かれる。けれど仕草は可憐な見かけを裏切る。今も粥を匙に大盛りにとると、唇をすぼめてふぅふぅ冷まし、一口でぱくりとかきこむ。粥はあっという間になくなった。
「もっと作って来てもらおうか?」
あまりの食べっぷりに、足りなかったかと危惧したが、セシリアはにかっと笑った。
「大丈夫。足りない分はあとで自分でもらってくるから」
「……やっぱり足りなかったのね? わたしもっと作って来てもらうね」
「ふふふ。いいよ、フィオナ。行かないで。鍋ごといきたいくらいの気持ちなの。フィオナじゃここまで持ってこれないよ」
「そんなに!」
それならば急いで追加をもってこなくては。
慌てて走り出そうとしたフィオナの腕を、セシリアはがしりと掴んだ。
「今はいらないよ。それよりフィオナ。これ見たことある?」
セシリアは、フィオナが部屋に入ってきたときに見ていた分厚い本を軽々持ちあげると、しおりも挟んでいないのに、さっとあるページを開いた。
そこには小さな紫色の花の絵が描かれていた。花弁が五つある丈のごく短い花だ。
「これって……。北西の東屋の周りに咲いている花よね。これがどうかしたの?」
ベラメイド長が庭師ピーターには任せず、手ずから手入れをしている花だ。なんでも当主アレクシスのお気に入りの場所とかで、フィオナがここへきて三か月。常にきれいに花々が咲いている。
あまり見かけない珍しい花だ。フィオナはここに来るまで市井で見たことはなかった。セシリアの開いたページに目を走らせたフィオナは「え…」と思わず顔をしかめた。
「意識障害をもたらす花なの?」
大量に摂取すると意識障害を引き起こすと書かれている。そんな危険な花をベラメイド長はせっせと手入れしているというのだろうか……。
「どうしてこんな花……」
小花は薄い紫色で群れ咲く姿は観賞用にはいいのだろうが、屋敷には幼いコリンもいる。ここの屋敷の者があえて手に取って口に入れるとは思えないが、年端のゆかぬ子供なら興味本位から口にしてもおかしくはない。
「ベラメイド長は知ってて育ててるのかしら」
「さぁ。どうだろ。聞いてみる?」
仕草ばかりでなく時々セシリアは大胆なことも言う。この図鑑だってどこから入手したのか不思議だ。これだけ精緻なスケッチが施された植物図鑑となるとかなり高価なものに違いない。下働きのメイドが手を出せる代物ではない。
疑問をぶつけたのは自分だったが、フィオナはぶんぶんと両手を振った。
「聞かなくていいわ、セシリア。あのしっかりもののベラメイド長だもの。考えてみれば知らないとは思えないわ。知っててあえてアレクシス様がお好きだから育てておられるのよ」
「だとしてもコリン様もいらっしゃるのに不注意なことだよ」
「それは確かに、そうなんだけれど…。大量にって書いてあるから、少しくらい誤って口にしても問題ない、とか……?」
とてもそうは思えないだけに、言っている声がしりすぼみになる。大人は大量でも子供は少量で意識障害を引き起こすかもしれない。
「ベラメイド長にはちゃんと言ったほうがいいよ。わたし、今からちょっと言ってくるよ」
セシリアはそう言うと、よっと軽い身のこなしでベッドから起き上がった。気が付いていなかったが、セシリアは寝込んでいたはずなのにきちんとメイド服を着ていた。髪もちゃんと整えられている。
「待って。もう体調はほんとに大丈夫なの?」
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