7 / 10
7 ジュード・アーミステッド
しおりを挟む
フィオナははじめ、ジュードにキャロルのことを相談するつもりはなかった。
いくら王都へ来るたびフィオナに妻になってほしいと言ってくる御人でも、ジュードは大貴族の子息。爵位は違えど同じ貴族という枠内の屋敷で起こった身内の不審死を、相談できるとも思えなかった。
フィオナは、こうなったらメイドとしてアレクシス邸へ潜り込み、キャロルのことを探るしかないと考えるようになっていた。
両親は塞ぎ込んだままで、フィオナが潜入の決意を固めた頃、ジュードは、どこからかキャロルのことを嗅ぎつけてきた。
「よかったら相談にのるよ」
決して押し付けがましくなく、そっといたわるような物言いに、フィオナはこらえていたものが崩壊した。気がつけばキャロルの死を知らせる1枚の書面が来たところから一気にジュードに話していた。
最後まで聞き終えたジュードは、しばらくじっと一点を見つめ考え事をしていたが、フィオナの視線に気が付き、ふっと微笑んだ。
「大変だったね。君の気持ちは痛いほど伝わったよ」
そのまま手を伸ばすと、長い指でくしゃっとフィオナの髪を撫でた。
「それに、君がいま考えていることもわかるよ。アレクシス邸へメイドとして潜入しようとしているだろう」
見事に言い当てられた。止められるのだろうかと思ったが、ジュードは
「止めやしないよ。君の納得の行くまでやるといい。ただそれは今すぐじゃない。そうだな、あと一月。メイドとして働きに行くのはあと一月待て。いいね?」
「あの、それはどうして?」
「君ひとりをそんな危険な場所に放り込むわけにはいかない。それとなく君を見守れるよう、私の手の者をその前に潜入させる。そのための準備期間だ」
「それは心強いけれど…。そんなことまでしてもらうなんて…」
公爵子息に払えるような対価はない。
「そんな怯えた目をしなくても大丈夫だ。この件で君に見返りを求めたりしない。それではフェアじゃないからね」
「でも、それではジュード様には何の益もありません」
「そんなこと、気にしなくていいんだけどね。君の役に立てれば私はそれでいいんだよ。でも、そうだな。君がそれでもと気にするなら、この件が落ち着いたら私とのことを真剣に考えると約束してくれないか?」
「わたしなんかジュード様のお相手にふさわしくありません。ほかにもっと―――」
「―――私は君がいいんだ。そうずっと言っているつもりだけれど伝わっていなかったかい? 君に妻になってほしいというのは、嘘じゃない。君は私が冗談で言っていると思っているだろう?」
「それは、その…」
全くその通りだ。そんな考えまで読まれている。
「わかってるさ。君がそう思うのも無理はないとね。ただ、毎回冗談だと思われるのは、それはそれで私もつらい。こちらは大真面目の本気なんでね。そうでなければ王都へ来るたび足しげく通ったりしない。だからこの件が落ち着いたなら私とのことを真剣に考えると約束してくれないか?」
受け入れろ、ではなく考えてほしい。
貴族でありながら平民のフィオナに対して居丈高な態度は決してとらない。考えた末、お断りしてもジュードはきっとすんなり身を引いてくれるに違いない…。
フィオナに否やはなかった。ジュードの条件をのんでも、フィオナに損は一つもない。それに一人で潜入するのは、正直怖かった。ジュードが後ろ盾となって見守ってくれるのなら、これほど心強いことはない。
フィオナはジュードとの約束通り、約一月の後にアレクシス邸のメイドとなった。
誰がジュードの送り込んだ「味方」なのか。ジュードは教えてくれなかった。その代わり、頻繁に「兄」宛で手紙を書くようフィオナに提案した。
「メイドの手紙は、メイド長ベラのところで検閲されるから、屋敷内の、特に主人アレクシスの名は出してはいけないよ。私のところまで届かなくなってしまうからね」
アレクシス・コールドウェルは秘密主義だ。内々のことが外に漏れ出ることを嫌う。
アレクシスのことをよく知っているかのようなジュードの口ぶりだ。同じ貴族なのだから、顔を合わせることもあるのだろう。フィオナがそう言うと、
「向こうは私の顔は知らないかもしれないがね。私は君の知っている通り、辺境伯なのでね。王都にはたまにしか顔を出さないから、私の顔を知らない者は大勢いるさ」
ジュードはそう言ったが、人の目を引き付ける容姿の持ち主が、こっそりと王都を出入りできているとは思えない。本人が思う以上に、ジュードの顔を知る者は多いのではないか。フィオナはジュードの端正な顔を見上げながら、密かに考えた。
「手紙での決まり事を作っておこうか。私は君のことはフィオナと呼び捨てに、君は私のことはお兄様と書くと良い。あとはそうだな―――」
ジュードはアレクシス邸内の大まかな人物たちを紙に書き出していった。
アレクシス・コールドウェル 黒
アレクシス・アンジェリカ 紫
コリン・コールドウェル 猫
ベラ メイド長 赤
ルーカス執事 茶
ケイシー メイド ピンク
ピーター 庭師 白
シンディー メイド 黄
セシリア メイド うさぎ
クリス 料理人 つばめ
「いつも君に監視が付くよう手配したが、君も自分から危険な真似はしないようにね。君のことは必ず私が守る」
ジュードとの約束通り、フィオナはメイドとして潜入してから欠かさず「兄」宛てで手紙をしたためた。
潜入してから三月経つが芳しい情報も得られぬまま、日々メイドとしての仕事をこなす毎日。ジュードへの手紙を書いたり読んだりする時間は、今のフィオナの支えだった。
いくら王都へ来るたびフィオナに妻になってほしいと言ってくる御人でも、ジュードは大貴族の子息。爵位は違えど同じ貴族という枠内の屋敷で起こった身内の不審死を、相談できるとも思えなかった。
フィオナは、こうなったらメイドとしてアレクシス邸へ潜り込み、キャロルのことを探るしかないと考えるようになっていた。
両親は塞ぎ込んだままで、フィオナが潜入の決意を固めた頃、ジュードは、どこからかキャロルのことを嗅ぎつけてきた。
「よかったら相談にのるよ」
決して押し付けがましくなく、そっといたわるような物言いに、フィオナはこらえていたものが崩壊した。気がつけばキャロルの死を知らせる1枚の書面が来たところから一気にジュードに話していた。
最後まで聞き終えたジュードは、しばらくじっと一点を見つめ考え事をしていたが、フィオナの視線に気が付き、ふっと微笑んだ。
「大変だったね。君の気持ちは痛いほど伝わったよ」
そのまま手を伸ばすと、長い指でくしゃっとフィオナの髪を撫でた。
「それに、君がいま考えていることもわかるよ。アレクシス邸へメイドとして潜入しようとしているだろう」
見事に言い当てられた。止められるのだろうかと思ったが、ジュードは
「止めやしないよ。君の納得の行くまでやるといい。ただそれは今すぐじゃない。そうだな、あと一月。メイドとして働きに行くのはあと一月待て。いいね?」
「あの、それはどうして?」
「君ひとりをそんな危険な場所に放り込むわけにはいかない。それとなく君を見守れるよう、私の手の者をその前に潜入させる。そのための準備期間だ」
「それは心強いけれど…。そんなことまでしてもらうなんて…」
公爵子息に払えるような対価はない。
「そんな怯えた目をしなくても大丈夫だ。この件で君に見返りを求めたりしない。それではフェアじゃないからね」
「でも、それではジュード様には何の益もありません」
「そんなこと、気にしなくていいんだけどね。君の役に立てれば私はそれでいいんだよ。でも、そうだな。君がそれでもと気にするなら、この件が落ち着いたら私とのことを真剣に考えると約束してくれないか?」
「わたしなんかジュード様のお相手にふさわしくありません。ほかにもっと―――」
「―――私は君がいいんだ。そうずっと言っているつもりだけれど伝わっていなかったかい? 君に妻になってほしいというのは、嘘じゃない。君は私が冗談で言っていると思っているだろう?」
「それは、その…」
全くその通りだ。そんな考えまで読まれている。
「わかってるさ。君がそう思うのも無理はないとね。ただ、毎回冗談だと思われるのは、それはそれで私もつらい。こちらは大真面目の本気なんでね。そうでなければ王都へ来るたび足しげく通ったりしない。だからこの件が落ち着いたなら私とのことを真剣に考えると約束してくれないか?」
受け入れろ、ではなく考えてほしい。
貴族でありながら平民のフィオナに対して居丈高な態度は決してとらない。考えた末、お断りしてもジュードはきっとすんなり身を引いてくれるに違いない…。
フィオナに否やはなかった。ジュードの条件をのんでも、フィオナに損は一つもない。それに一人で潜入するのは、正直怖かった。ジュードが後ろ盾となって見守ってくれるのなら、これほど心強いことはない。
フィオナはジュードとの約束通り、約一月の後にアレクシス邸のメイドとなった。
誰がジュードの送り込んだ「味方」なのか。ジュードは教えてくれなかった。その代わり、頻繁に「兄」宛で手紙を書くようフィオナに提案した。
「メイドの手紙は、メイド長ベラのところで検閲されるから、屋敷内の、特に主人アレクシスの名は出してはいけないよ。私のところまで届かなくなってしまうからね」
アレクシス・コールドウェルは秘密主義だ。内々のことが外に漏れ出ることを嫌う。
アレクシスのことをよく知っているかのようなジュードの口ぶりだ。同じ貴族なのだから、顔を合わせることもあるのだろう。フィオナがそう言うと、
「向こうは私の顔は知らないかもしれないがね。私は君の知っている通り、辺境伯なのでね。王都にはたまにしか顔を出さないから、私の顔を知らない者は大勢いるさ」
ジュードはそう言ったが、人の目を引き付ける容姿の持ち主が、こっそりと王都を出入りできているとは思えない。本人が思う以上に、ジュードの顔を知る者は多いのではないか。フィオナはジュードの端正な顔を見上げながら、密かに考えた。
「手紙での決まり事を作っておこうか。私は君のことはフィオナと呼び捨てに、君は私のことはお兄様と書くと良い。あとはそうだな―――」
ジュードはアレクシス邸内の大まかな人物たちを紙に書き出していった。
アレクシス・コールドウェル 黒
アレクシス・アンジェリカ 紫
コリン・コールドウェル 猫
ベラ メイド長 赤
ルーカス執事 茶
ケイシー メイド ピンク
ピーター 庭師 白
シンディー メイド 黄
セシリア メイド うさぎ
クリス 料理人 つばめ
「いつも君に監視が付くよう手配したが、君も自分から危険な真似はしないようにね。君のことは必ず私が守る」
ジュードとの約束通り、フィオナはメイドとして潜入してから欠かさず「兄」宛てで手紙をしたためた。
潜入してから三月経つが芳しい情報も得られぬまま、日々メイドとしての仕事をこなす毎日。ジュードへの手紙を書いたり読んだりする時間は、今のフィオナの支えだった。
0
あなたにおすすめの小説
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ
みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。
婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。
これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。
愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。
毎日20時30分に投稿
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。
大森 樹
恋愛
【短編】
公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。
「アメリア様、ご無事ですか!」
真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。
助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。
穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで……
あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。
★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。
私に婚約者がいたらしい
来栖りんご
恋愛
学園に通っている公爵家令嬢のアリスは親友であるソフィアと話をしていた。ソフィアが言うには私に婚約者がいると言う。しかし私には婚約者がいる覚えがないのだが…。遂に婚約者と屋敷での生活が始まったが私に回復魔法が使えることが発覚し、トラブルに巻き込まれていく。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】ありのままのわたしを愛して
彩華(あやはな)
恋愛
私、ノエルは左目に傷があった。
そのため学園では悪意に晒されている。婚約者であるマルス様は庇ってくれないので、図書館に逃げていた。そんな時、外交官である兄が国外視察から帰ってきたことで、王立大図書館に行けることに。そこで、一人の青年に会うー。
私は好きなことをしてはいけないの?傷があってはいけないの?
自分が自分らしくあるために私は動き出すー。ありのままでいいよね?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる