「兄」との往復書簡

流空サキ

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6 キャロルの死

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 二階テラスを見上げるふりをしていたフィオナは、忍ばせた手鏡の中に映る小屋の窓から、ピーターとケイシーの姿が消えるのを確かめ、後ろを振り返った。
 コリンの相手をしていたが、そろそろ当主アレクシスが帰宅する時間ということで、後をベラメイド長に託してお役御免となった。

 小屋は庭師ピーターの住居兼物置小屋で、庭を挟んだ木立の中に半分隠れるように建っている。あの小屋でメイドのケイシーと庭師ピーターが密会を重ねていることは、ここで働いている者のほとんどは知っている。
 けれどどうやら当人たちはばれていないと思い込んでいる節がある。休憩時間になるたびいそいそと小屋へ向かうケイシーの姿は人の目をひくということに気が付いていない。メイド長ベラもわかっているが何も言わない。仕事さえきちんとこなせば、いちいちメイドの色恋沙汰に口をだす気はないようだ。
 
 そのケイシーが目撃したと言う姉キャロルの転落。
 ケイシーはたまたまここを通りかかった時、キャロルの転落するところを目撃したと証言しているが、それは通りかかった際ではなく庭師ピーターとの密会中であったはずだ。ケイシーの休憩にあわせ、何度かここへ足を運んだフィオナはそう確信している。そして小屋の窓から外を見ていたのはケイシーではなくピーター。
 見ているとケイシーはいつも窓を背にして立ち、ピーターが庭の方を向いて立つ。それが二人にとってしっくりとくる自然な立ち位置なのだろう。フィオナが確認した限りでは、その法則は必ずだった。とすればキャロルの転落を目撃していたのは、ピーターの方。にもかかわらずピーターは何も言わない。自分はその時小屋にはおらず、何も見ていないと言い張る……。


 ここで働き始めて三か月。
 面接のさい、姉が最後に働いていた屋敷で同じように仕事がしたいとメイド長ベラに言ったことは無論詭弁だ。
 一年前、双子の姉キャロルがこの屋敷で亡くなった事実を、フィオナは信じられなかった。ここで三か月働き、キャロルの転落時のことを聞いた今でさえなお、いまだ信じられない気持ちでいっぱいだ。
 それは両親も同じだった。
 キャロルの死は、当主アレクシス・コールドウェルから送られてきた一枚の書面のみにて知らされたのだから。

 当主アレクシス・コールドウェルからの書面には、姉キャロルが二階テラスから誤って転落死した。まことに申し訳ないとのみ綴られていた。詳しい状況は一切わからず、しかもキャロルの遺骸は返されず、戻ってきたのはひと房の髪だけ。
 丁寧なお悔やみの言葉は綴られていたが、どこか上滑りで心からの謝罪は感じられない。
 両親がひと房の髪を握りしめ、信じられないと呟いた気持ちはフィオナも同じだった。
 両親はすぐさま手紙をしたためた。娘を懇ろに弔いたいので遺骸を返してほしいと訴えた。けれどそれに対する返信はいまだに戻ってこない。業を煮やした両親は何度かアレクシス邸を訪れ、主人との面会を求めた。が、いずれも叶わず、門前で追い返された。対応したベラメイド長は、キャロルの遺骸は当方で弔ったと言い、両親にキャロルを埋葬したという共同墓地を教えた。王都から馬車で三日はかかるコールドウェル伯爵家領内の墓地だ。
 なぜ、埋葬する前にひとめ娘に会わせてくれなかったのか。両親が訴えると、「打診する必要があろうか。主人の命により弔ったのだ」と答えたと言う。伯爵家がわざわざ平民に何を打診するというのだろう。こちらは丁寧に埋葬までしてやったのだ。口には出さなかったが、そう思っていることが透けて見えた。これ以上の追及は両親の身を危うくしかねない。話を聞いたフィオナは、まだ納得のいかない両親を一旦引きとどめ、教えられた共同墓地へと足を運んだ。

 うら寂れた墓地だった。だだっ広い寒風の吹き抜けるようなところだ。一体どの辺りに埋葬されたのかさえわからない。墓地の管理者に問い合わせてみても、さぁと首を傾げられただけだ。ここにキャロルが眠っているのだと言われても、到底信じられない。

 まだどこかで姉のキャロルは生きているのではないか……。

 そんな希望を抱かずにはいられなかった。
 だとすれば、なぜキャロルは死んだなどと、アレクシスは嘘をつくのか。
 姉の生存と真相を調べるため、フィオナはアレクシス邸に潜り込むことを決意した。

 それから三か月。
 フィオナはキャロルの行方を捜すため屋敷にメイドとして潜入し、キャロルの転落した時のことを屋敷の者に聞いてまわった。転落を目撃したのはケイシーで、その後ケイシー、メイド長ベラ、庭師ピーター、当時の執事ブライアンが地面に倒れているキャロルの姿を確認していた。
 当時の執事だったブライアンは現在辞めてしまい、直接話を聞くことはかなわなかった。
 が、ケイシー、ベラ、ピーターの言は一致していた。どうやら二階テラスからキャロルが転落したということは事実のようだ。
 それなりの高さのあるテラスだ。下草は生えているが、衝撃の全てを受け止められるほどのものではない。
 キャロルが生存している可能性は低いのかもしれない…。
 屋敷内もくまなく探し回ったが、キャロルが屋敷内の何処かに留め置かれているということもない。
 それならばせめてキャロルが転落した理由が知りたい。本当に事故だったのか。それとも―――。


―――君が納得するまでやるといい。私は近くで見守っている。


 3ヶ月前、アレクシス邸へ潜り込むことを決めたフィオナに、あの人――ジュード・アーミステッド――はそう言った。

 ジュードは店の上客だった。アーミステッド公爵家の次男であり普段は国境付近の領地で暮らし、時折所用で王都へやってくる。その度ジュードはフィオナに会いに店へやって来ては何かと購入していく。
 私の妻になってほしい、と来るたびにジュードはフィオナを口説く。お得意様だからむげにはできないが、きっと冗談だ。ジュードは銀髪の凛々しい美青年で、しかも貴族。アーミステッド公爵家といえば、この国の貴族のなかで最も多くの領地を所有している大貴族だ。
 一介の下町の小娘なぞ相手にするような身分の者ではない。フィオナだってその辺りのことはちゃんとわかっている。本気にしたりなんかしない。ジュードにとっては、王都へ遊びに来たついでの軽いお遊びなのだ。

 



 
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