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10 アレクシス・コールドウェル
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「却下だ」
高い会議場の天井にまで響くような、良く通る声だった。
ほぼ決まりかけていた案件に意を唱えてジュード・アーミステッドが立ち上がった。本当は舌打ちしたい気持ちだったが、アレクシスはなんとかそれを飲み込んだ。
ジュードはアーミステッド公爵家の次男。爵位こそアレクシスより上位の公爵であるものの、普段は父親からアーミステッド公爵領の一部を譲り受け、王都からは離れた国境付近の領地で暮らしている、いわば田舎貴族だ。王都に近い場所にも広大な領地を持っているコールドウェル家の長男であるアレクシスとは格が違うのだ。
こうして同じように会議場に居並んでいても、アレクシスとジュードは同等ではない。
にもかかわらず、ジュードはこのアレクシスの持ち込んだ案件に、あろうことか異を唱えて立ち上がった。身の程をわきまえぬとはまさにこのこと。
上背のある端正な顔立ちで、人の目を惹きつけるその立ち姿を、アレクシスは忌々しい思いで睨みつけた。大人しく領地に引っ込んでいればいいものを。
「ヨークの森を切り拓くのは、私は反対です。そもそもヨークの森の大半は我が領地。全てがコールドウェル伯爵家の領地がごとく話を進められては困ります」
決まりかけていた案件は、アーミステッド公爵領とコールドウェル伯爵領との境目にあるヨークの森のことだった。近年、コールドウェル伯爵領地内では年々畑が枯れていき、作付け面積が減っている。その打開策として新たにヨークの森を開拓し、作付け面積を増やそうとの意図だった。
確かにジュードの言うように、そのヨークの森の大半はアーミステッド公爵領だ。けれど境界線はあいまいで、今でも木材の切り出しなどはアーミステッド公爵領地内で行い、売買金はコールドウェル伯爵家の懐に入っているというようなことが公然と行われている。あちらも何も言ってこないので、ヨークの森自体、我が領地だと心のどこかで考えていたところもある。それにあわよくばこの機に乗じ、一気にヨークの森を開拓し、その境界線をこちらに有利なように拡大してしまえばいいとの思惑も無きにしも非ずだった。
どうせここに居並ぶ他の貴族たちにとっては自分の領地外の話であって、半分以上どうでもいい話なのだ。けれど森を切り拓くとなると大規模な事業となり、議会の承認なしに勝手に進めることはできない。そこで一応、議会にお伺いをたてた。作付け面積を増やすためなら、ほとんどの者が同意するだろうと踏んでいた。ただ一人、ジュードは何か言ってくるだろうと思っていたが、そのジュードは成り行きを静観し続けてきて、ほぼ満場一致で決まりかけた今になって異を唱えてきた。
公然と反対を主張され、アレクシスはいらいらして組んだ腕を指で小刻みについた。
せっかく上手くいっていたのに。突然の反論に、議会の場がざわついた。国を分断するように広がるヨークの森が、アーミステッド公爵領とコールドウェル伯爵領とに分かれているということを正確に知る者が、この場にどれほどいることか。おそらくほとんどの者はよくわかっていないはずだ。現にアレクシスがヨークの森を自分の領地であるかのようにここまで話を進めてきたことを、途中で訂正してきた者はいない。
どう言い返せば、この場にいる者たち皆が納得するのか。いや、論点はそこではない。どう言えば、このジュードの主張を覆すことができるのか。いい言葉も思いつかぬままに、先に他の貴族が口を開いた。
この中では一番の年配者だ。議長であり、発言力もある貴族だった。
「確かに、アーミステッド殿がおっしゃる通りだ。ヨークの森はそのほとんどがアーミステッド公爵領と私も記憶しておる。これをうっかり失念し、アーミステッド殿の意見も聞かずに危うく承認の決を下すところであった。まことに申し訳ない。そこでどうだろうか、コールドウェル殿。貴殿はヨークの森のほとんどを開拓すると言ったが、ヨークの森の大半は貴殿の領地ではない。ここは貴殿の領地内だけで開拓をすすめては?」
当然と言えば当然の意見だった。居並ぶ議会メンバーも「そうだそうだ」「それなら問題なかろう」と口々に同意する。アレクシスは慌てて反論した。
「お待ちください。それでは十分な作付け面積がとれません。せっかく大規模な開拓をするのです。ここはアーミステッド殿にもご協力いただき、一緒に開拓をすすめてまいりたいのです」
「そのように言われておるが、アーミステッド殿はいかが思われる」
「私は、そうですね―――」
ジュードはちらりとこちらを見、議長の発言を促す声に応えた。
「我が領地では、これ以上の開拓は必要ないとしか言えません。近頃は品種改良も進んでおりますし、十分な作物が収穫できておりますので。開拓ならコールドウェル殿の領内のみでやっていただきたい」
「アーミステッド殿がそう言われるのなら、コールドウェル殿は己の領内のみで開拓されるとよろしい。各々、これに異を唱えるものは?」
議場の誰もが首を振る。普段ならへつらい、こちらに意見を合わせてくる小貴族も、アレクシスと目を合わせようとしない。分が悪いと踏んだのだろう。でも忘れるな。私に意見を合わせなかったことを必ず後悔させてやる。二度とあいつらに便宜は図ってやるまい。
臓腑が煮えくり返るアレクシスの耳に、その時むなしく決を下す木槌が打ち鳴らされた。
高い会議場の天井にまで響くような、良く通る声だった。
ほぼ決まりかけていた案件に意を唱えてジュード・アーミステッドが立ち上がった。本当は舌打ちしたい気持ちだったが、アレクシスはなんとかそれを飲み込んだ。
ジュードはアーミステッド公爵家の次男。爵位こそアレクシスより上位の公爵であるものの、普段は父親からアーミステッド公爵領の一部を譲り受け、王都からは離れた国境付近の領地で暮らしている、いわば田舎貴族だ。王都に近い場所にも広大な領地を持っているコールドウェル家の長男であるアレクシスとは格が違うのだ。
こうして同じように会議場に居並んでいても、アレクシスとジュードは同等ではない。
にもかかわらず、ジュードはこのアレクシスの持ち込んだ案件に、あろうことか異を唱えて立ち上がった。身の程をわきまえぬとはまさにこのこと。
上背のある端正な顔立ちで、人の目を惹きつけるその立ち姿を、アレクシスは忌々しい思いで睨みつけた。大人しく領地に引っ込んでいればいいものを。
「ヨークの森を切り拓くのは、私は反対です。そもそもヨークの森の大半は我が領地。全てがコールドウェル伯爵家の領地がごとく話を進められては困ります」
決まりかけていた案件は、アーミステッド公爵領とコールドウェル伯爵領との境目にあるヨークの森のことだった。近年、コールドウェル伯爵領地内では年々畑が枯れていき、作付け面積が減っている。その打開策として新たにヨークの森を開拓し、作付け面積を増やそうとの意図だった。
確かにジュードの言うように、そのヨークの森の大半はアーミステッド公爵領だ。けれど境界線はあいまいで、今でも木材の切り出しなどはアーミステッド公爵領地内で行い、売買金はコールドウェル伯爵家の懐に入っているというようなことが公然と行われている。あちらも何も言ってこないので、ヨークの森自体、我が領地だと心のどこかで考えていたところもある。それにあわよくばこの機に乗じ、一気にヨークの森を開拓し、その境界線をこちらに有利なように拡大してしまえばいいとの思惑も無きにしも非ずだった。
どうせここに居並ぶ他の貴族たちにとっては自分の領地外の話であって、半分以上どうでもいい話なのだ。けれど森を切り拓くとなると大規模な事業となり、議会の承認なしに勝手に進めることはできない。そこで一応、議会にお伺いをたてた。作付け面積を増やすためなら、ほとんどの者が同意するだろうと踏んでいた。ただ一人、ジュードは何か言ってくるだろうと思っていたが、そのジュードは成り行きを静観し続けてきて、ほぼ満場一致で決まりかけた今になって異を唱えてきた。
公然と反対を主張され、アレクシスはいらいらして組んだ腕を指で小刻みについた。
せっかく上手くいっていたのに。突然の反論に、議会の場がざわついた。国を分断するように広がるヨークの森が、アーミステッド公爵領とコールドウェル伯爵領とに分かれているということを正確に知る者が、この場にどれほどいることか。おそらくほとんどの者はよくわかっていないはずだ。現にアレクシスがヨークの森を自分の領地であるかのようにここまで話を進めてきたことを、途中で訂正してきた者はいない。
どう言い返せば、この場にいる者たち皆が納得するのか。いや、論点はそこではない。どう言えば、このジュードの主張を覆すことができるのか。いい言葉も思いつかぬままに、先に他の貴族が口を開いた。
この中では一番の年配者だ。議長であり、発言力もある貴族だった。
「確かに、アーミステッド殿がおっしゃる通りだ。ヨークの森はそのほとんどがアーミステッド公爵領と私も記憶しておる。これをうっかり失念し、アーミステッド殿の意見も聞かずに危うく承認の決を下すところであった。まことに申し訳ない。そこでどうだろうか、コールドウェル殿。貴殿はヨークの森のほとんどを開拓すると言ったが、ヨークの森の大半は貴殿の領地ではない。ここは貴殿の領地内だけで開拓をすすめては?」
当然と言えば当然の意見だった。居並ぶ議会メンバーも「そうだそうだ」「それなら問題なかろう」と口々に同意する。アレクシスは慌てて反論した。
「お待ちください。それでは十分な作付け面積がとれません。せっかく大規模な開拓をするのです。ここはアーミステッド殿にもご協力いただき、一緒に開拓をすすめてまいりたいのです」
「そのように言われておるが、アーミステッド殿はいかが思われる」
「私は、そうですね―――」
ジュードはちらりとこちらを見、議長の発言を促す声に応えた。
「我が領地では、これ以上の開拓は必要ないとしか言えません。近頃は品種改良も進んでおりますし、十分な作物が収穫できておりますので。開拓ならコールドウェル殿の領内のみでやっていただきたい」
「アーミステッド殿がそう言われるのなら、コールドウェル殿は己の領内のみで開拓されるとよろしい。各々、これに異を唱えるものは?」
議場の誰もが首を振る。普段ならへつらい、こちらに意見を合わせてくる小貴族も、アレクシスと目を合わせようとしない。分が悪いと踏んだのだろう。でも忘れるな。私に意見を合わせなかったことを必ず後悔させてやる。二度とあいつらに便宜は図ってやるまい。
臓腑が煮えくり返るアレクシスの耳に、その時むなしく決を下す木槌が打ち鳴らされた。
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