出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ

文字の大きさ
30 / 53
第四章

告白

しおりを挟む
―――告白を始める前に、まずは私が初めてエステルを見た時のことを話さなければならない。

 クレトはそう切り出した。
 エステルはえ?とクレトの方を見た。
 初めてクレトと会った日のことは今でもよく覚えている。3年ほど前、父のアルモンテ公爵が知り合いから紹介された商人だと屋敷に連れてきたのが最初だった。
 初めのうちは商談に訪れるクレトと話をすることもなかったが、エステルに異国の物産を手土産として持ってきてくれたところから徐々に話をするようになった。
 父は同じ年頃の異性とエステルが接することを嫌っていたが、クレトは父の信頼が厚かった。おかげでエステルはクレトからたくさんの話を聞けた。毎日の厳しい教育の束の間の楽しみだった。

 けれど違うのだろうか。
 エステルがはてなを顔に浮かべるとクレトは「実はね」と白状した。

「私が初めてエステルを見たのは、レウス王国の王宮で開かれた国王在位十年を祝う式典でだったんだよ。私がバラカルド帝国の要人と知り合いだという話は昨日しただろう? その関係でね。式典に出席していたんだ」

 国王在位十年を祝う式典のことはもちろん知っている。エステルが出席した唯一の式典と言ってもいい。国を挙げて盛大に行われた式典で、当時十五歳だったエステルも参加した。
 バラカルド帝国からもお祝いの使者が参列していたのも知っている。ではその中にクレトはいたのだろうか。

「あの時のことは覚えているけれど、とてもたくさんの出席者だったから」

 全く思い出せない、とエステルが言うと、「それはそうだよ」とクレトは笑った。

「それにね、エステルと直接その時に話したわけでもないからね。でも、居並ぶ出席者の中でも、エステルは飛び抜けて可愛かったんだ。それでつい目を惹かれた」

「……」

 なんと返していいのかわからず頬だけがほてる。あの時のエステルは大勢の人に酔いそうで、未来の王太子妃に相応しく毅然としていろとの父の言葉に恐縮して緊張していた。周りを見る余裕はなかった。

「わたし、きっとあの時顔が強ばっていたと思うの」

「緊張しているなとは思ったよ」

 当時のエステルの顔を思い出すのか、クレトはくすくす笑った。

「わたし必死だったから」

 クレトの目に留まるようなものは何もなかったと思うのだけれど―――。

「そこから君のことが気になりだしてね。君が将来の王太子妃と目されていることも知った。でも私はもっと君のことが知りたくなって、知り合いのつてを頼ってアルモンテ公爵とのつながりを作った。君に会うために」

「そうなの? そのために?」

 そもそも屋敷に出入りするようになったのがエステルのためだったとは……。

「……驚いただろう? 自分でも驚いたよ。君に会いたくてこんなことまでしている自分にね」

 商人として成功しているクレトならば、わざわざそんな手を使わなくとも身近にたくさんきれいな女性はいただろう。何も知らずに無邪気にクレトの土産話に聞き入っていた自分がなんだか恥ずかしい。

 エステルがそう言うと、クレトは首を振った。

「君はとても可愛かったよ。将来の王太子妃だと聞かされていたから初めのうちは気持ちを抑えるようにしていたけれど、その内どうしても君が欲しくなった。だから私は卑怯な手を使った」

「出来レースだった王太子妃選への横槍のこと?」

 これからクレトの話すことは、きっとダナがあの時口を滑らせたことだろう。

「知っていたのかい?」

「いいえ。でもダナさんが今日ちらりとそんなことを口にしていたものだから」

「あいつらはね、昔からの知り合いで私のことも承知している。私はどうしても君をあの王太子なぞにとられたくなかったんだ。だから私はバラカルド帝国要人に頼んで君の王太子妃内定を取り消させた。君が幼いころから王太子妃となるべく教育されてきたことはアルモンテ公爵からも聞いていた。実際、君が頑張っている姿も見てきた。でもね、その全てを壊してでも、私は君が欲しかったんだ。そのせいで君は王宮の広間で皆の笑いものにされ、アルモンテ公爵にも見放された。本当に酷いことをしたと思っている。自分の欲のために勝手な男だろう? 怒るなら怒ってくれていい。これで君の気が変わるなら仕方がないとも思っている」

「……それでだったのね…」

 バラカルド帝国からの申し入れがあったのなら、いくら父が手回ししてエステルを内定させていても無理だったはずだ。

「なんだかほっとしたわ」

「ほっとした? 怒らないのかい?」

 クレトは驚いた顔をしてエステルを見た。

「ええ、ほっとしたわ。なぜ出来レースだったのに落ちたのかしらってずっと気になっていたから。あの時のわたしはとんでもなく酷かったから落ちても当然だとは思っていたのだけれど、それでも少しは気になっていたのよ。だからだったのね。なんだか腑に落ちてほっとしたのよ。それに今となってはクレトに感謝しかないわ。あのままお父様の言うままに王太子妃になっていたら、きっとわたし後悔していたと思うもの。わたしを拾ってくれてありがとう、クレト」

「……まいったな…」

 クレトはくしゃりと前髪をかきあげた。

「そんな風に言われるとは思いもしなかった。私はアルモンテ公爵の気質も心得ていたから、きっと君は家を出されるだろうとも踏んでいた。そこまでわかっていて横槍を入れたんだよ?」

「……だからあの日、お別れの日にクレトはあっさりと帰っていったのね。わたし、本当はあの時もっとクレトとお話ししたかったのよ。だって最後だったんですもの。なのにクレトはすぐに帰ってしまって心残りだったの。もしかして、邸にあった服はこうなることがわかっていてクレトが用意したの?」

 拾われた日、邸にはサイズがぴったりの女性ものの服が揃っていた。あれのおかげでクレトには恋人がいるのではと勘違いした。おまけにマリナの服まであった。
 エステルがそう言うと、クレトは苦笑した。

「あまり準備万端すぎるといらぬ邪推を生むのだと身に染みたよ」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗
恋愛
 子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。  しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。  いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。 ※ 本編は4万字くらいのお話です ※ 他のサイトでも公開してます ※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。 ※ ご都合主義 ※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!) ※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。  →同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

氷の王弟殿下から婚約破棄を突き付けられました。理由は聖女と結婚するからだそうです。

吉川一巳
恋愛
ビビは婚約者である氷の王弟イライアスが大嫌いだった。なぜなら彼は会う度にビビの化粧や服装にケチをつけてくるからだ。しかし、こんな婚約耐えられないと思っていたところ、国を揺るがす大事件が起こり、イライアスから神の国から召喚される聖女と結婚しなくてはいけなくなったから破談にしたいという申し出を受ける。内心大喜びでその話を受け入れ、そのままの勢いでビビは神官となるのだが、招かれた聖女には問題があって……。小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

愛してくれない人たちを愛するのはやめました これからは自由に生きますのでもう私に構わないでください!

花々
恋愛
ベルニ公爵家の令嬢として生まれたエルシーリア。 エルシーリアには病弱な双子の妹がおり、家族はいつも妹ばかり優先していた。エルシーリアは八歳のとき、妹の代わりのように聖女として神殿に送られる。 それでも頑張っていればいつか愛してもらえると、聖女の仕事を頑張っていたエルシーリア。 十二歳になると、エルシーリアと第一王子ジルベルトの婚約が決まる。ジルベルトは家族から蔑ろにされていたエルシーリアにも優しく、エルシーリアはすっかり彼に依存するように。 しかし、それから五年が経ち、エルシーリアが十七歳になったある日、エルシーリアは王子と双子の妹が密会しているのを見てしまう。さらに、王家はエルシーリアを利用するために王子の婚約者にしたということまで知ってしまう。 何もかもがどうでもよくなったエルシーリアは、家も神殿も王子も捨てて家出することを決意。しかし、エルシーリアより妹の方がいいと言っていたはずの王子がなぜか追ってきて……。 〇カクヨムにも掲載しています

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

虐げられた令嬢は、耐える必要がなくなりました

天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私アニカは、妹と違い婚約者がいなかった。 妹レモノは侯爵令息との婚約が決まり、私を見下すようになる。 その後……私はレモノの嘘によって、家族から虐げられていた。 家族の命令で外に出ることとなり、私は公爵令息のジェイドと偶然出会う。 ジェイドは私を心配して、守るから耐える必要はないと言ってくれる。 耐える必要がなくなった私は、家族に反撃します。

処理中です...