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終章

世界の果てまで

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 エステルが部屋から出ると、クレトは駆け寄りエステルをいきなり抱き上げた。

「きゃ……。なに? いきなりどうして……」

「裸足じゃないか。気が付かなかったのかい?」

 言われて足元を見れば、クレトに靴を脱がせてもらったままの状態で部屋を出ていた。父とのやり取りに緊張していたエステルは全く気が付いていなかった。

「ほんと、わたし何をしているのかしら……」

 今戻ってもおそらく父はまだ部屋にいるだろう。

「エステルとダンスを踊ろうと思っていたけれど、またお預けかな?」

 美人コンテストでも踊れなかったし、靴がなければ今日も踊れそうにない。エステルも楽しみにしていただけに残念だ。ごめんなさいと謝れば、クレトは「楽しみが伸びたと思えばいいさ」と笑った。

「それよりエステル。靴もないしダンスも踊れないとなるとこのパーティーはそろそろ抜け出すべきだ。そうは思わないかい?」

「でもまだお祝いは続いているわよ? 途中で抜け出しては失礼にならないかしら」

「なに、大丈夫。父上は私の気質をよく心得ているからね。そんなことで怒りはしないさ。今夜宿をとっているところに一旦戻って着替えたら、帝都見物に出かけよう」

「ほんと?!」

 憧れの帝都見物。一度は訪れてみたいと思っていた街。すみずみまで見尽くしたい。

「お、顔が変わったね。いい顔だ。エステルはそうでなくてはね」

「いやだ、わたしったら。そんなにはしゃいでいたかしら」

「新しい街となるととたんにはしゃぎだすのは、この一年ほどで何度も見てきたからね。慣れっこさ」

 そんなにはしゃいでいただろうか。―――いた気もする…。
 身に覚えがあるだけになんとも言えない。

「あの……クレト」

「なに?」

「ベニタのことだけれど……」

 騎士に連れていかれてどうなったのだろう。別にどうなろうと構わないと残酷に思う気持ちもあるけれど、オラシオの不甲斐なさも知っているだけに少し気の毒でもある。
 カミロ皇太子に歯向かったベニタの処遇について聞くと、クレトはおそらくは罰金刑が課されるだろうと言った。

「罰金って……」

 禁固刑ではないだけましなのかもしれない。けれどクレトは首を振った。

「禁固刑の方がましだったかもしれないよ。おそらく港町の私の屋敷が三軒ほど買えるほどの額が科されるだろうからね」

「クレトの邸が三軒……」

 あの港町のクレトの邸はおそらく王都にあるアルモンテ公爵の屋敷の数倍はする。それを三軒分……。

「あの様子ではオラシオ殿下との話はなくなるだろうから、ベニタは実家に戻って罰金を払うことになる。グラセリ男爵家は家財を全て売り、男爵家の地位を売っても払いきれないだろうね」

「……そう」

 あれほど蔑んでいた平民にベニタも落ちるということだ。オラシオがもう少し配慮のできる王太子だったなら結果は違っていたかもしれないが同情はしない。自らの浅はかさと短慮が今回の結果を招いたのだから。

「かわいそうだと思うかい?」

 エステルは首を振った。

「冷たいかもしれないけれど、かわいそうだとは思わないわ」

「それでいい。どん底まで落ちた人間が這い上がってくるところを私は見てきたからね。ここから先は彼女次第だ」

「……そうね」

 エステルとてもまだまだこれからだ。
 クレトとの恋人関係は始まったばかりだし、これからさき苦難が待ち受けていないとも限らない。
 でもその時選択を誤らず、真っすぐに進めればいい。クレトの手は決して離さずに―――。

「このまま君を連れてどこまでも行きたいな。ブラスには二週間ほどで戻ると言ったけれど、このまま世界中を巡りに行くの悪くない。南の大洋には島があって、珍しい南国のフルーツがたくさんあるとも聞いた。いい商売がみつかるかもしれない」

 クレトは嬉しそうに子供みたいにはしゃいでエステルを抱きかかえたまま、ダンスのステップを踏みながらくるりと一回転した。遠心力にエステルが慌ててクレトの首にしがみつくと、クレトは声をあげて笑った。

 クレトの顔が近い。かぁっと熱くなる頬に両手をあてて見上げれば、クレトはくすくす笑いながら歩き出した。


                                                                                                         終
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