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第四章
覗き見
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謝るつもりなんてなかった。
焔将の宮へ呼ばれ、その場にいた卓水と涼己に連れられ焔将の宮を訪れた。
未令からの話とは一体何なのだろう。
康夜の頭を占めていたのはそのことばかりで、焔将に謝罪しなければならないとも思っていなかった。
けれど宮には先客がいて、あの奈生金が頭を床に擦り付けて焔将に謝っていた。
「焔将さまのご側妃とは知らず、勝手にお連れしてしまい申し訳ございませんでした」
「観月の宴も近いからな。そこまで気が回らなかったのであろう?」
焔将は眠っている未令の頭を膝に乗せ、その髪を梳きながら奈生金の謝罪に対し、知らなかったのだから仕方なかろうと視線も上げずに応じる。
穏やかな言葉遣いで、口調も強くない。
未令の髪を梳きながら応じるさまは、泰然として一見怒っているようには見えない。
卓水と涼己は、間の悪いところに来たと踵を返し別の部屋へと向かったが、康夜は足を止めた。
一貫して強気で上から目線だった奈生金が、本気で頭を下げている…。
焔将はさして怒っているようにも見えないのに、何をそんなに恐れているのだろうか。
そう思い視線を向けると、変わらず焔将は未令の髪を愛しそうに梳き、肩からずれた上掛け代わりの衣を直してやっている。
何をそんなに奈生金が恐れているのかわからない。
けれどふと顔を上げ、奈生金を見た焔将の眼光の鋭さにドキリとした。
「時に奈生金。以前から打診している武具についての話だが」
「あの、その件につきましては忙しておりますが、何分観月の宴も近いこともありまして、仰られる日にすべて揃えるというのは困難でありまして」
奈生金は、恐縮してしどろもどろに答える。
それにも焔将は穏やかな口調で応じる。
「なに、わかっておる。そなた達、金の血族は武具づくりに長けているとはいえ、今は忙しかろう。無理を言うておるのはわかっている。ただな、国境警備のための武具を早急に揃えることに、依存はあるまい?」
「はっ、それはもちろんでございます」
そしてふと未令の髪を梳く手を止める。
「なるほど。必要性についてはおまえも承知しているのだな? 観月の宴を言い訳にするのなら、さぞや宴が終われば作業は捗り、武具も早急に揃うと思うてよいのだろう」
「あの、それは……」
「なんだ。何か異論があるのか? こちらは最大限譲歩してやっているつもりだが?」
膝の上で無心に眠る未令の頬をなぞり、肩にかかった髪を一房つかんで指に絡める。
焔将の言わんとしていることは明白だった。
側妃である未令を勝手に連れ出したことを許す代わりに、自分の要求を奈生金にのませようとしている―――。
態度も口調も怒っていないように見せかけて穏やかそのものの姿勢を示しながら、その実相手を決して許してはいない。
そうして再び顔を上げた焔将の視線が、部屋の外から覗き見ていた康夜をとらえた。
はっとして康夜は後ずさり、慌ててその場を駆け出した。
怖い人だ、焔将は。
祥文帝も恐ろしいが、あの帝は分かりやすい。喜怒哀楽がはっきりしている。
でも焔将は、内心を見せず相手に理解させようとする。
愚かな人間なら、その表面だけを見て話をし、痛い目を見るに違いない。
あの一瞬で植え付けられた焔将への恐怖感は、康夜の頭を下げさせるのに十分だった。
焔将の宮へ呼ばれ、その場にいた卓水と涼己に連れられ焔将の宮を訪れた。
未令からの話とは一体何なのだろう。
康夜の頭を占めていたのはそのことばかりで、焔将に謝罪しなければならないとも思っていなかった。
けれど宮には先客がいて、あの奈生金が頭を床に擦り付けて焔将に謝っていた。
「焔将さまのご側妃とは知らず、勝手にお連れしてしまい申し訳ございませんでした」
「観月の宴も近いからな。そこまで気が回らなかったのであろう?」
焔将は眠っている未令の頭を膝に乗せ、その髪を梳きながら奈生金の謝罪に対し、知らなかったのだから仕方なかろうと視線も上げずに応じる。
穏やかな言葉遣いで、口調も強くない。
未令の髪を梳きながら応じるさまは、泰然として一見怒っているようには見えない。
卓水と涼己は、間の悪いところに来たと踵を返し別の部屋へと向かったが、康夜は足を止めた。
一貫して強気で上から目線だった奈生金が、本気で頭を下げている…。
焔将はさして怒っているようにも見えないのに、何をそんなに恐れているのだろうか。
そう思い視線を向けると、変わらず焔将は未令の髪を愛しそうに梳き、肩からずれた上掛け代わりの衣を直してやっている。
何をそんなに奈生金が恐れているのかわからない。
けれどふと顔を上げ、奈生金を見た焔将の眼光の鋭さにドキリとした。
「時に奈生金。以前から打診している武具についての話だが」
「あの、その件につきましては忙しておりますが、何分観月の宴も近いこともありまして、仰られる日にすべて揃えるというのは困難でありまして」
奈生金は、恐縮してしどろもどろに答える。
それにも焔将は穏やかな口調で応じる。
「なに、わかっておる。そなた達、金の血族は武具づくりに長けているとはいえ、今は忙しかろう。無理を言うておるのはわかっている。ただな、国境警備のための武具を早急に揃えることに、依存はあるまい?」
「はっ、それはもちろんでございます」
そしてふと未令の髪を梳く手を止める。
「なるほど。必要性についてはおまえも承知しているのだな? 観月の宴を言い訳にするのなら、さぞや宴が終われば作業は捗り、武具も早急に揃うと思うてよいのだろう」
「あの、それは……」
「なんだ。何か異論があるのか? こちらは最大限譲歩してやっているつもりだが?」
膝の上で無心に眠る未令の頬をなぞり、肩にかかった髪を一房つかんで指に絡める。
焔将の言わんとしていることは明白だった。
側妃である未令を勝手に連れ出したことを許す代わりに、自分の要求を奈生金にのませようとしている―――。
態度も口調も怒っていないように見せかけて穏やかそのものの姿勢を示しながら、その実相手を決して許してはいない。
そうして再び顔を上げた焔将の視線が、部屋の外から覗き見ていた康夜をとらえた。
はっとして康夜は後ずさり、慌ててその場を駆け出した。
怖い人だ、焔将は。
祥文帝も恐ろしいが、あの帝は分かりやすい。喜怒哀楽がはっきりしている。
でも焔将は、内心を見せず相手に理解させようとする。
愚かな人間なら、その表面だけを見て話をし、痛い目を見るに違いない。
あの一瞬で植え付けられた焔将への恐怖感は、康夜の頭を下げさせるのに十分だった。
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