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第五章
過去との遭遇6
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策士らしく、不敵に笑った焔将は未令を見た。
「おまえ、本当は力があるんじゃないのか?」
「まさか……」
「だいたいな、何においても例外なんてそうあるものじゃない。それにそいつはきっと通る者を選ぶように作られているんだ」
「……でも」
緑香との対決で力に目覚めた康夜と違い、未令はあの対決で力に目覚めなかった。
危機的な状況に陥ったが、力には目覚めなかったと言うと、焔将は
「今がまさにその危機的な状況だと思わないか? 出口はない、煙で満たされるのも時間の問題だ。その危機的な状況とやらは、どんな風だったんだ?」
「どんなってそれは―――」
説明しようとしたが、これから起こる未来の出来事を聞かせるのもおかしな気がして、一人頭の中で緑香との対決を思い起こした。
本気でこちらを倒そうと向かってくる木の枝との戦いは、確かに危機迫ったものではあった。
が、―――。
未令は辺りを見回した。
悠長に考え事をしている場合ではない。
煙はもはや倉庫のそこら中を満たし始めている。
これ以上は本当に危険だ。
「術者から聞いたことがあるぞ。力を放出するとき、火なら火の熱を体の中に充足させ、それを一気に解き放つような画を思い描くそうだ」
「火の熱さを、思い描く……?」
熱い炎―――。
めらめらと火の爆ぜる音が間近で聞こえる今の状況は、容易にそのイメージを形作らせた。
何もかもをもむしばんでいく炎の熱さ。
あちこちからばりばりと炎の爆ぜる音が響いてくる。
暑い。
熱い!
身体が焼け付くように熱い!
熱すぎて身体中の水分という水分が蒸発してしまいそうだ。
胸が苦しい。息ができない。
それでも見えないはずなのに、迫る赤い炎の色だけは妙にはっきりと瞳に映じた。
世界が赤に染まる。
身体中の感覚が麻痺し、息さえまともにできないのに赤い色だけが気味悪いほどくっきりと見える。
もうそこまで迫った炎が一際大きく音を立て、一気に食指を伸ばした、ように思えた。
その瞳に映ったものは炎の赤い色。
赤い! こんなにも赤い! 赤、赤、赤
――――――………。
「―――っぅ……」
小さなうめき声に、未令ははっとして顔を上げた。
ほんの一瞬だった。
倉庫内に充満していた煙が一気に消えうせ、清浄な空気に満たされていた。
側では両耳を抑えた焔将がうずくまっていた。
「焔将! 焔将!」
「―――耳元で大声出すな…。俺は何ともない」
軽く頭を振り身を起こすと、言葉の通り焔将は立ち上がり、倉庫内を見渡した。
「やはり力があるんじゃないか」
「これってわたしが……?」
「ああ。何人いたかは知らないが、外の術者をまるごと跳ね返すくらい強い力があるようだ」
そう言われても、あまり実感はない。
ただ、体の中に籠っていた熱が一気に放出していったような感覚だけは残っている。
初めて力を遣った余韻なのか、少し頭がぼうっとしていたが、ガタガタっと揺れる扉口の音に、はっと我に返った。
「誰か来る……?」
「大方、外の術者がいっぺんにやられたんで、俺の様子を見に来ようとしているんだろう」
そして焔将はぐいっと未令を紫檀の扉へと押しやった。
「俺はもう大丈夫だ。あいつらが扉を開いたら、隙をみて逃げられる。おまえは早く紫檀の扉から出ていけ。兄上は大の術者好きだ。これほど強い術者がいるとわかれば、おまえを放ってはおかないだろう。見つかれば帰れなくなるぞ」
「焔将はほんとに大丈夫なの?」
簡単に人を殺そうとしてくるような相手が外には待ち構えているのだ。
「なに、俺は大丈夫。誰の仕業かはわかっているし、向こうから出口を作ってくれるんだ。容易いことだ」
「でも……」
「本当に大丈夫さ。今日はちょっと油断したんだ。もうこれからは誰にも隙は見せない」
焔将は子供とは思えない冴えた目をして、ぞっとするような冷たい笑みを浮かべた。
凍り付いたようなその顔に、未令は思わず手を伸ばすとその両頬を包み込んだ。
「用心するのは大切だけど、あまり思い詰めないで。いつか必ず……」
―――わたしが助けに行くから。
口には出さなかったけれど、焔将はふっと笑い、表情を緩めると、
「また、おまえに会えるといいな」
「会えるよ、絶対。わたし、未令っていうの。またね、焔将。必ずまた会おうね」
「ああ、―――」
焔将は頷くと紫檀の扉を開き、未令を扉の向こうへと押しやった。
「―――必ず」
焔将のその言葉を最後に扉は閉まった。
「おまえ、本当は力があるんじゃないのか?」
「まさか……」
「だいたいな、何においても例外なんてそうあるものじゃない。それにそいつはきっと通る者を選ぶように作られているんだ」
「……でも」
緑香との対決で力に目覚めた康夜と違い、未令はあの対決で力に目覚めなかった。
危機的な状況に陥ったが、力には目覚めなかったと言うと、焔将は
「今がまさにその危機的な状況だと思わないか? 出口はない、煙で満たされるのも時間の問題だ。その危機的な状況とやらは、どんな風だったんだ?」
「どんなってそれは―――」
説明しようとしたが、これから起こる未来の出来事を聞かせるのもおかしな気がして、一人頭の中で緑香との対決を思い起こした。
本気でこちらを倒そうと向かってくる木の枝との戦いは、確かに危機迫ったものではあった。
が、―――。
未令は辺りを見回した。
悠長に考え事をしている場合ではない。
煙はもはや倉庫のそこら中を満たし始めている。
これ以上は本当に危険だ。
「術者から聞いたことがあるぞ。力を放出するとき、火なら火の熱を体の中に充足させ、それを一気に解き放つような画を思い描くそうだ」
「火の熱さを、思い描く……?」
熱い炎―――。
めらめらと火の爆ぜる音が間近で聞こえる今の状況は、容易にそのイメージを形作らせた。
何もかもをもむしばんでいく炎の熱さ。
あちこちからばりばりと炎の爆ぜる音が響いてくる。
暑い。
熱い!
身体が焼け付くように熱い!
熱すぎて身体中の水分という水分が蒸発してしまいそうだ。
胸が苦しい。息ができない。
それでも見えないはずなのに、迫る赤い炎の色だけは妙にはっきりと瞳に映じた。
世界が赤に染まる。
身体中の感覚が麻痺し、息さえまともにできないのに赤い色だけが気味悪いほどくっきりと見える。
もうそこまで迫った炎が一際大きく音を立て、一気に食指を伸ばした、ように思えた。
その瞳に映ったものは炎の赤い色。
赤い! こんなにも赤い! 赤、赤、赤
――――――………。
「―――っぅ……」
小さなうめき声に、未令ははっとして顔を上げた。
ほんの一瞬だった。
倉庫内に充満していた煙が一気に消えうせ、清浄な空気に満たされていた。
側では両耳を抑えた焔将がうずくまっていた。
「焔将! 焔将!」
「―――耳元で大声出すな…。俺は何ともない」
軽く頭を振り身を起こすと、言葉の通り焔将は立ち上がり、倉庫内を見渡した。
「やはり力があるんじゃないか」
「これってわたしが……?」
「ああ。何人いたかは知らないが、外の術者をまるごと跳ね返すくらい強い力があるようだ」
そう言われても、あまり実感はない。
ただ、体の中に籠っていた熱が一気に放出していったような感覚だけは残っている。
初めて力を遣った余韻なのか、少し頭がぼうっとしていたが、ガタガタっと揺れる扉口の音に、はっと我に返った。
「誰か来る……?」
「大方、外の術者がいっぺんにやられたんで、俺の様子を見に来ようとしているんだろう」
そして焔将はぐいっと未令を紫檀の扉へと押しやった。
「俺はもう大丈夫だ。あいつらが扉を開いたら、隙をみて逃げられる。おまえは早く紫檀の扉から出ていけ。兄上は大の術者好きだ。これほど強い術者がいるとわかれば、おまえを放ってはおかないだろう。見つかれば帰れなくなるぞ」
「焔将はほんとに大丈夫なの?」
簡単に人を殺そうとしてくるような相手が外には待ち構えているのだ。
「なに、俺は大丈夫。誰の仕業かはわかっているし、向こうから出口を作ってくれるんだ。容易いことだ」
「でも……」
「本当に大丈夫さ。今日はちょっと油断したんだ。もうこれからは誰にも隙は見せない」
焔将は子供とは思えない冴えた目をして、ぞっとするような冷たい笑みを浮かべた。
凍り付いたようなその顔に、未令は思わず手を伸ばすとその両頬を包み込んだ。
「用心するのは大切だけど、あまり思い詰めないで。いつか必ず……」
―――わたしが助けに行くから。
口には出さなかったけれど、焔将はふっと笑い、表情を緩めると、
「また、おまえに会えるといいな」
「会えるよ、絶対。わたし、未令っていうの。またね、焔将。必ずまた会おうね」
「ああ、―――」
焔将は頷くと紫檀の扉を開き、未令を扉の向こうへと押しやった。
「―――必ず」
焔将のその言葉を最後に扉は閉まった。
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