異世界の商人

たか

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創業記

〈閑話〉街の人々

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side デニス

俺はイシュルワルドの街で、そこそこ大きめの質屋を生業にしている。
一般市民が集まる西通りに店はあるのだが、専らの客は下流貴族が主だ。
上流貴族ともなれば、余程事業で失敗でもしない限り金に苦労することは無いだろうが、下流貴族は違う。
イシュルワルドはユーグステル王国と呼ばれる本国の中でも二番目に大きな街であり、勿論の事一番は王都である。
この街を治めるのは、王国内部でも発言権の強いウルノワール・コーウィック・イシュルワルド公爵である。
その後光に預かろうと、近隣の貴族は、街の貴族街に大なり小なりの館を構え、子弟を住まわせている。
お茶会や晩餐会などのイベントも催されているのだが、下流貴族にとっては出費の大きな問題である。とは言っても、見栄を張らなければ上流貴族とのツテや縁談という宝クジのクジを得ることすらできない。
そのため、家財をお金に変えてでもと言う貴族の召使いなどがコッソリ俺の店へ足を運ぶのだ。
では、逆に誰が買うのかと言うと、これもまた下流貴族で、誰々の誕生日だの何だので贈り物をしたためるために、新品同様の物・・・・・・を買っていくのだ。
商売相手がそんな相手なので、下流貴族には贔屓にして貰っている。
商売のコツは、見ざる言わざる聞かざるだ。
そう言った理由で需要と供給が成り立っており、この街で俺は、わりかし稼いでいる方だろう。

一日の中で来る客はそこまで多く無い。
日がな一日カウンターで惚けていることの方が多いくらいだ。
ただ、その日訪れたのは市民でも貴族でも無い雰囲気を持った青年だった。
見たことも無い異国の衣服を見に纏い、この辺りには無い堀の薄い顔立ちをして、こちらを伺う様に店内に入ってきた。
特に上に着ている簡素な服には、胸元に絵柄と謎の文字が印字されている。
宝石やパールをあしらったドレスや、総柄の織物はあっても、服をアートに見立てた様な服は見たことが無い。
年の頃は二十代前半というところだろう。
興味を持った俺は貴族にすらしない愛想を浮かべて対応したのだ。
するとそいつが買取を希望してきたのが現存で稼働しているアーティファクトだった。
アーティファクト自体は迷宮から偶に出て来るのだが、稼働する物は初めて見た。
興奮を顔に出さない様に気をつけたつもりだが、ものがものである。できた自信は無かった。
こう言ったものを収集する癖のある上流貴族から、こう言ったものを研究対象にしている研究所まで、一瞬で計算をする。
少なくとも金貨百枚は超えるはずだ。
後はこちらがどの程度の利鞘を得るかの問題だ。
金貨十枚から始めて見たものの、中々首を縦に振らない。
三十枚まで釣り上げたところで、袖を躱す様にコインを出してきた。
目の前の魚を取り上げられた様な気分でいた俺の内心を見抜いた様にアーティファクトをこれ見よがしにいじって見せる青年の姿に、してやられた気分だ。
商人の中ではよく使う手だが、先に大きな獲物を見せて、小さな獲物を高く売るのだ。
安く買おうとすれば逃げられ、高く買っても恐らくあのアーティファクトは売ってくれないのだろう。
慌てて目の前のコインを見ながら皮算用を始める。
ところが、そこに置かれたコインは見たことも無い文字が書かれ、その意匠も素晴らしいものだった。
こう言ったものを収集する好事家にもツテがある。
決して安物では無いそれに、逆に警戒心を覚えてしまう。
侮れない相手だと自分に言い聞かせながら、適正値を弾き出す。
こちらの内心を見透かした様な相手である。誠意を見せながら価格を提示すると、今度は値を釣り上げる気配すらない。
なるほど、アーティファクトはこれを適正価格で買わせるための餌だったのだ。
コインは、大きな利鞘は得られないが、それでもその筋に恩は売れる。
悪い商談では無かったはずだ。
この先もこの客とは何かしらの商売になる様な予感を感じつつ、足早に店を歩き去る青年の背中を見送るのだった。

side イシュカ

店を閉める準備をしていると、突然声をかけられた。
声の方を向くと、この辺りでは見ない顔立ちの青年がこちらを見つめていた。変わった異国の服装をしている。
この時間に声をかけてくるのは、ナンパ目的の冒険者や遊び歩いている貴族の子弟ばかりで、この彼もそう言った類なのだろう。
「あ、すいません。鞄が欲しいんですけど、まだ大丈夫ですか?」
予想を反してそう声を掛けられたため、ついつい否定してしまった。
すると更に頼み込んでくる。
よく見てみると手元には金貨か銀貨かはわからないが、貨幣がたっぷり入った貨幣袋を持っている。
…なんか嫌味な感じ。
ついつい目線がキツくなってしまった私を誰が責められるだろう。
「人の嫁に何のようだ?」
突然店の中から父が出てきた。
この時間はナンパが本当に多いため、私が声を掛けられて困っていると、父がよく助け舟を出してくれるのだ。
嫁といえば大概の男たちは尻尾を巻いて逃げていく。
「え、嫁!?あ、いや、私はですね……」
慌てながら言い繕う姿に、いい気味だと思いつつ、しかし客は客だ。父に弁明をする。
「父さん、お客さんよ。鞄が欲しいんだって。」
「って、え?父さん?」
目を白黒させて、私と父を交互に見ているその男に笑いを覚えた。
「がっはっは、なんだ客か!すまんすまん。鞄だったな、ついてきな。」
父はそう言って、その青年を店内へ連れ立っていった。

店の前に並べていた長いこと在庫になっている処分品の外套をしばらく畳んでいた。
売れないものは安くても売れないもので、処分品は中々減らず、いい加減畳むことも億劫になってきた。
そろそろ本当に処分すべきかしら…
三年前から並べている外套は、毎日綺麗に畳んでいるのだが、それでも幾分くたびれてきている様に見える。
それでも処分できないのは、日々の糧を得る苦労からだ。
そんな事を考えている際に、横合いから突然名前を呼ばれた。
見れば先ほどの客だ。
私の名前を知っているということは、父が教えた。つまり父が気に入ったという事だ。
意外さを感じつつ、話を聞いてみると、あの強面の父から値切ったと言うのだ。
とてもそう言った事が出来るタイプには見えないのだが。
それにこれ見よがしに持った大金がありながら、金が無いとのたまう彼についつい目線が厳しくなる。
こちらは日々謙虚に生活を送っても、手元に残るのは金額は精々知れているのだ。
ついつい嫌味が出てしまう。
ところが聞いてみると、質屋に家財を売って得た金だった様だ。
つまり鞄すら持っていないという事だ。先程までの自分をついつい恥じる。
そんな私の表情を見て、慌ててフォローを入れてくれる。この辺りの軽い男たちには無い気遣いだ。
この辺りの頭も態度も軽い男共は、少し否定されるとやたらと自分の有意さをアピールしてくるのだ。
そういう自分が何様だと言われてしまえばそれまでの話だが、私だって話す相手を選ぶぐらいの権利はあるはずだ。
そう言う意味では、こちらの事を考えて気遣いながら冗談でデートに誘ってくるその姿に少し興味を持ってしまった。

宿泊先に悩んでいたらしく、相談を持ちかけられたのだが、風呂に入りたいなんて、彼は何処かの王族なのだろうか。
しかし、よく考えてみると彼の薄い顔立ちはアルトガ島国の顔立ちそのものである。
そう言えば彼の国では地面からお湯が沸き、市民でも湯浴みを愉しむと言う事を聞いた事がある。そのあたりのお国柄の違いを説明してあげると納得した様だ。
その上で彼の条件に合う宿泊先をピックアップしていると、湖畔の月夜亭を思い出す。
特にその弟がやっているレストランが貴族からも人気である事を。
デートの約束をして、歩き去る彼の後姿を見ながら、今更ながらに気づいた。
「名前聞くの、忘れてた。」

正直奥手の筈の私からデートの約束をした事が、後から考えると気が触れていたとしか思えなかった。
思い出すと頬が少し熱くなる。
「面白い奴だったな。」
突然横合いから声を掛けられて、ビクッとしながら振り向くと、父がそこにいた。
「そうね、なんて名前なのかしら。」
「ヒデハルと言うらしい。
  …と言うかお前は名前も知らん男をデートに誘ったのか?」
「ちょ、ちょっと!聞いてたの!?」
ニヤニヤしながらこちらを見る父に、更に顔面の温度が上昇していくのを感じる。
「がっはっは!なに、悪い事じゃ無いさ。お前は随分奥手だからな。
  それに悪い奴じゃ無さそうだ。
  今時の貴族のガキ共みたいに甘くも無いしな。」
ヒデハルの評価は、随分高いらしい事を父の口ぶりから感じる。
「あ、あの、明日…」
「分かってるよ、五の鐘で上がって服でも買ってこい。」
そう言って銀貨五枚を父は手渡してくれた。
我が家では、私が物心つく頃には母が既に他界しており、父が男手一つで育ててくれたのだ。
そのため、こちらの心の機微にすぐ気がついてくれる事には恥ずかしくも有難く思う。
「まぁ、あんまり遅くならん様にな。」
そう言って店の奥に入っていく。
「そう言えば、あいつ明日三の鐘には店に来るからな。」と言う言葉を残して。
「は、早く言ってよ!」
明日何を着ようかと、少ない選択肢の中から頭を悩ませるのだった。
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