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再び冒険の世界へ

スリルあふれる世界へ、再び

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私の体から発せられる水音が、快感と共に脳に届く。
 十分に焦らされ、その手を受け入れる準備が整っていた「私」はその手をほとんど抵抗することなく受け入れる。不潔な指が、まるで獣のように私を弄る。その手に私はまた跳ねる。汗と、蜜と。そして涙で私は濡れる。赤い髪が枕に広がり、この店ではあまり需要の無い小さな胸が熱を帯びる。小さい背中に男の指がぞわっと伝い、細い腰を撫でる。髪に似た色の目が痛みと僅かな快感で潤んで、宝石のように輝く。

(はあ、嫌だな)
 
 お金を払って私を楽しんでいる男はこの店のの常連客だった。風の噂によると貴族らしい。だが、いくらお金を持っていても見目はそこまで変えられないのだろう。結果、彼は妻との生活に破綻が生じこういった店に通うことになったのだそうだ。

「んっ、、、ぐっ」

 痛みで私の声が漏れる。それを快感だと勘違いした男がさらに強く私を弄ぶ。体を揺らし中を締めて、まるで達したかのように演じると男は満足して指を離す。

「それじゃあそろそろ」

 そういうと男は次の行為に移ろうとした。「困ります」という私の声をよそに男は「これでいいだろ」と大量のチップを枕元に投げ捨ててくる。そうなるとこの店の人間は断ることは出来ない。

(ああ、最悪な夜だ)

 私はぎゅっと目をつむった。

~~~~~

「ミレット。このパーティを抜けてくれないか」

 かつての仲間にそういわれたのは二年前。理由ははっきりしている。盗賊である彼女が今の環境ではパーティメンバーとして適切ではないからだ。
  ちょうどその頃、半世紀前に討伐された「邪悪なるもの」が復活の兆しを見せていた。ミレットたちのパーティが属していた国のギルドでは、国王からの命令でほぼ全てのパーティが戦闘特化型に変更されることになった。元は遺跡探索や宝探しを目的として編成していたミレットのパーティはその影響をモロに受けてしまった。パーティメンバーは何とかミレットを残そうと奮闘したが、どうすることも出来ずに解雇の流れになってしまった。

「分かった。みんな、頑張ってね」

 泣きながらミレットは、仲が良かった魔法使いに抱き着いた。魔法使いは彼女を優しく抱きしめると「困ったときはすぐに言ってね。助けに行くから」と言ってくれた。
 彼らは自分たちも厳しいだろうに幾らかのお金をミレットに残してくれた。しかし「邪悪なるもの」との戦いの準備で物の値段は上がっており、どれだけ節約しようともミレットの貯金はすぐに底を尽きた。

 しかも最悪なことに、王は無能であった。ミレットと同様の理由で解雇されたサポート職や低レベルの冒険者が街中には大量に溢れた。しかし王はこれといった救済措置を講じることはなく、結果として多くの人間が浮浪者や盗人になったり生活の為に体を売ったりした。
 ミレットも最初は他の職に就こうとしたり、雇ってくれるパーティはいないか探したが見つかる事はなかった。仕方なく彼女はそういったことをする店で働くことになった。

~~~~~

「いやなこと思いだしちゃったな」

 私はいつの間にか寝ていたのだろう。濡れたベッドから体を起こし、少し片づけをして二階の自室に戻った。生活に困った人のための部屋付きの職場と言えば聞こえはいいが、実際のところは監禁に近い。この施設で生活をするものは接客の時しか衣服が与えられない。逃げられないようにするためだそうだ。
 布団にもぐり目を閉じる。夜を迎える度に、私はなんでこんなことをしているんだろうという気持ちが頭の中をぐるぐると回る。

「もう一度、冒険したいなあ」

 その言葉に呼応するかのように今までの冒険が頭の中を駆け巡る。初めてダンジョンに足を踏み入れたこと。初めてジャイアントラットとエンカウントしたこと。初心者用ダンジョンだったからお宝なんて殆ど無かったけど、それでも数枚の金貨を見つけられたこと。そのお金でみんなでご飯を食べたこと。その後にはもっと危険なダンジョンにも行ったこと。未開封の宝箱を開けてお宝を手にいれたこと。その時手に入れた綺麗な緑色の勾玉は今でも私の宝物だ。これだけは、身を売る覚悟を決めた時も絶対に手放さなかった。

「もう一度、冒険がしたい」

でもこの店にとらわれているミレットには既にかなわぬ夢でもあった。

~~~~~

「ミレットさん。お客様がお呼びです」

 金曜日の夜23時に新たなお客様が入った。。ただ支配人の言葉がいつもの「ご指名です」とは異なるのが少々気になったが。
 綺麗な下着に身を包んで階段を下りる。奥から二番目の部屋に入ると身なりの良い青年が居た。白い髪に赤い目。そして幼さは残るが凛々しい顔立ちのお客様だった。でも普段と様子が違う。いつもなら既に下着になっているはずなのに、今日のお客様はしっかりとした服装をしていた。まるで何かをお願いしに来たかのようだ。

「ミレットさん」

 透き通るような声で青年は私に話しかけてきた。私は思わず姿勢を正し「はい」と答える。下着姿で居住まいを正す様子は非常に滑稽であっただろうが、彼は笑うことなく真剣な目を向けてくる。

「ここから出ませんか?」

「はぁ、えーっと?」

 理解が追い付かず気の抜けた声が出た。青年は再び私に真剣な目を向けて「私と一緒に来てくれませんか」と言って来た。

「えーっとそれは、私をこの店から買うということですか」

「そういうことです」

 「何が目的で」と聞かずにはいられなかった。確かにこの街では現在、こういった店から人を買うことは出来る。だがそれは非常に珍しいことではあった。
 
「ジーン様、こちらにお代をお願いします」
 
 ガチャリと扉が開き支配人が入ってくる。ジーンと呼ばれた青年は支配人に大量の金貨が入った袋を手渡すと、「少し色も付けてる。十分足りるだろう」と言い放った。支配人は笑顔で答えると奥から私の服を引っ張り出してきた。

「お疲れさまでした。ミレットさん。これからのご活躍に期待していますよ」

支配人は短く告げると部屋を出ていった。

「何が目的で、と仰いましたね。目的はただ一つです」

こういった場合、要求されることは大体決まっている。夜伽の相手をしろだの、愛人になれだの、あるいは犯罪行為に手を貸せだのと言ったことだ。しかし彼の要求は違っていた。

「一緒にウルタールの秘宝を探しに行きませんか?」

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