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再び冒険の世界へ

星満ちる夜

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肉を口に入れ、噛む。あふれだしてきた肉汁が舌をうま味で包み込み、膨大なエネルギーを伴った塊を飲み込むほどに体から力が湧いてくる。酸味の効いたドレッシングで味付けされた野菜で口をリフレッシュした後に、もう一度肉の塊を口に放り込む。そんな私をジーンさんは愛おし気に見つめる。今までやってきたことはこれ以上に恥ずかしいことなのに、なぜか気恥ずかしさが私を覆った。店の外だからだろうか、、、。

「今日は遠慮せずに食べてくださいね。時間もお金もいっぱいありますから」

「ありがとうございます」

 水を飲み、再び肉を喰らう。今までぼんやりとしていた頭がフル回転を始め、高品質の燃料をぶち込まれた体が運動を求めてうずきだす。白かった肌には血色が戻り、暗かった気持ちも今はすっかり明るくなっていた。

「ふぅっ、、、」

 一息ついた私はジーンさんの方を見る。穏やかな顔でゆっくりと食事や飲み物を口に運ぶ姿は優雅そのものだ。貴族、あるいはもっと上の人間であると言われても疑問は抱かないだろう。まあ、夜はその優雅さなんてどこかに置いてきたかのように激しいのだが。

「落ち着きましたか」

 ジーンさんは私の様子を確認すると「それでは本題に入りましょう」とカバンから古い書物を取り出してきた。

「これは?」

「ウルタールの秘宝である最も美しいクリソベリル・キャッツアイの情報が載った古文書です。ここ読めますか?」

「『大いなるヤマネコの遺跡に、災いと共にその石を封じる』。ヤマネコの遺跡って!」

「そう。ウルタールの奥地にあるシャ・ソバージュ遺跡のことだと思います」

 シャ・ソバージュ遺跡はウルタールにあるもので最も古いと言われている遺跡だ。その奥がダンジョンになっているという噂は昔から有名であり、その遺跡の調査に向かったパーティは過去に10組ほどあったはずだ。しかしそのどれも帰ってくることはなく、現在その遺跡はギルドによってランク30以下の冒険者しかいないパーティは立ち入ることが禁止されている。

「訳あってこのキャッツアイが早急に必要なのです。お手伝いを願えますか」

「願えますかって、私はあなたに買われたんです。選択の余地はないはずですよ」

 買われた人間というのは、買い手を主人と仰ぎ基本的には主人の命令はどんなものであれ受け入れるのが常だ。そこに意思は存在しない。
 しかしジーンさんは首を横に振ると「あなたを召使や奴隷として雇うためにあの店から連れ出したのではありません」と答えた。

「私は遺跡探索のパーティメンバーとしてあなたを指名したのです。無論下心が全くないと言えばウソにはなりますが。私は以前のあなたの盗賊としての技量をかってあなたに依頼をしているんです。あの店から連れ出したのは、、、まあ依頼金の代わりだとでも思って下さい」

 パーティメンバー。その響きには懐かしさを覚えた。スリルとロマンに満ち溢れた世界へのパスポート。あのベッドの中で毎夜毎夜あこがれていたあの世界へと戻るための道。その道が今はただ「はい」と一言口にするだけで開かれる。にも関わらず私は答えることをためらってしまった。

「もし断った場合は」

「その場合もあなたを手放すことはありません。ただ、私の屋敷で働いてもらうことにはなりますが」

「少し、考えさせていただけませんか」

 私の言葉にジーンさんは嫌な顔一つせずに頷くと、「それでは宿の方に向かいましょうか」と言ってきた。

~~~~~

 宿は別々の部屋だった。「あなたは今は仲間です。一人の人間としてこれ以上ない敬意を払うのは当たり前です」と彼は言ってきた。とてもありがたいことだったのだが、少し期待をしてしまっていた自分が恥ずかしい。
 鍵を受け取り自分の部屋に入る。あの店の質素なものとは違い、きちんとした造りのベッドに体を沈め天井を見つめる。

「ウルタールの秘宝、、、か」

 凄く胸が躍る言葉ではある。正直心は完全にジーンの提案を受け入れる方向に傾いていたが、胸につっかえている一つの疑念がミレットの決断を邪魔していた。

(なぜ、彼は私を選んだのだろう)

 正直な話、職にあぶれた盗賊なんてこの街にもまだまだいっぱい居る。その中には私よりも優秀な盗賊だって数多くいるだろう。にもかかわらずブランクがある私を選んだ理由が分からなかった。
 ジーンさんに直接聞くのが一番いいのだろうがパーティメンバーとなる以上、よほどのことが無い限り相手を詮索するのはご法度だった。

 私の選択肢は二つ。彼の提案を受け入れて再び冒険の世界に身を投じるか、あるいは彼の提案を断って彼のお屋敷で働くか。この選択肢しかないのなら、私の選ぶものはこちらしか無かった。
 部屋をでて隣の扉を叩く。「ミレットです」と告げると中から風呂上がりのジーンが出てきた。

「私をあなたのパーティメンバーにしてください」

 ジーンは笑顔で「良かった!!ありがとうミレット!!」とまるで子供のように喜んでいた。普段見る彼の男らしさとのギャップに少し胸が高鳴る。

「それじゃあミレット。これから僕とあなたは対等な立場になる。私も崩した態度で接することになる。ミレットも僕のことは呼び捨てで構わないし、言葉遣いも気を付ける必要はない」

「分かりました。いや、分かったよジーン。これからよろしく」

「ああ、よろしく」
 
私たちは笑顔で手を握り合った。

「私たちの未来は凄く明るいぞ、ミレット」

「そうだね。少なくとも店で一生過ごしたり、屋敷で働くよりは色のある人生になる」

 彼はこれ以上ない笑顔と自信に満ち溢れた表情で私と握手を交わすと、「それじゃあ、また明日」と言って宿の扉を閉めた。

 部屋に戻った私は久しぶりに外を見た。まるで紺色の布に宝石を広げたかのような、綺麗な夜がそこにはあった。

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