籠の中の鳥

海土竜

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十河一存 2

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 十河一存が自ら姿を現したが、左右に一騎ずつ騎馬を率いているだけで本隊の兵は見えない。峠道をすべて封鎖するために兵を広げていたのだろう。どこに現れても指揮が取れるように中央に居たのだろうが、まさかそこに現れるとは思っておらず、最低限の人数もいなかったのだ。

「ここで会えるとは、幸か不幸か……」

 呟きを漏らすと、その場で一回転して周囲に視線を向ける。刀を構えながらも、騎馬の突進に合わせて徒歩の兵は距離を取っていた。いかに素早く飛び込んでも斬れる距離ではない。
 順番に相手との距離を確かめて、視線を後方の騎馬、弓を構えている相手に向けた。攻撃が届くのは、それだけだ。
 ゆらりと、六角義賢の上半身が横に流れた。
 倒れそうな角度で一瞬止まると、今度は巻き戻るように反対側へ、仰け反った姿勢で止まった。上半身を大きく振る舞のような動きで、弓の狙いを絞らせぬまま前へと走り出し駆け寄ってくる騎馬との距離を詰めた。
 いかに素早く動いたとしても、正面から馬の首を切り飛ばせるものではない。
 馬術の巧みな者なら手首の動きひとつで馬前の相手を蹴り飛ばす事も出来るし、乗り手の指示がなくとも、戦に慣れた馬なら刀の斬撃をかわす事など造作もないだろう。
 しかし、足元の石がそれを阻んだ。
 蹄を乗せた、硬く、不安定に動く石が、馬の反応を鈍らせた。
 馬の注意が足元へ向くように、不安定な石の前で動かずに待った。
 そして、今度は歩幅と速度を計って詰め寄ったのだ。
 騎馬武者が馬上から槍を繰り出そうとした瞬間、足元の石が動き、馬が頭を振る。その一瞬の綻びが、槍の勢いを失わせ、騎馬武者の注意を攻撃する相手から馬の操作に向かわせた。
 馬は直ぐに体制を整えるが、その一瞬の隙に、六角義賢は相手が槍を繰り出した逆手へと回り込んでいた。
 密着するほどの距離。
 回り込まれたのに気づいても槍を振り返る合間もない。
 無論、相手に槍どころか身構える時間も与えずに、馬の鬣を掴むと騎馬武者の体を踏みつけて、文字通り、駆け上がった。
 馬上で体が大きく仰け反り、馬の背から転げ落ちる。空中で体をひねって、落ちていく武者の代わりに馬の背に跨る心算だった。
 その跨ろうとしていた馬上の空間を、十河一存の大太刀が横に薙いだ。
 馬上に駆け上がり、最後の一蹴りを強めて、騎馬武者を蹴り落としていなければ、味方ごと切り倒す勢いだった。
 だが、大太刀は空を薙いだ。
 六角義賢は騎馬武者を蹴り落とした瞬間、馬の背に座るのではなく、馬の鬣を離し自らも宙へ飛んでいた。そして、体を捻ると刀を突き出し、大太刀を振り切って開いた鎧の隙間を刺し貫いた。
 前へ進む騎馬の勢いと突き出された刀の勢いが相まって、刀の中ほどまで鎧の内側にめり込んだ。それを軸に鎧を踏みつけ踏ん張って引き抜くように蹴りを放った。
 刀が抜けた勢いで河原の石の上へ。平坦な地面の上であるかのように一回転し、背を向けて走り出した。

「逃げるか!」

 怒号が六角義賢の背後で上がった。突き刺さるほどの殺気が込められた声だったが、振り返りはしなかった。肩を貫いた傷は十分に致命傷だった。確認するまでもなく、十河一存は、馬上で左手をだらりと下げたまま動いていない。だが、もう一人騎馬が居た。

「ご無事ですか」

 主君の傷を心配して馬を並べるが、強く睨み返されて言葉を噤んだ。

「あれを、早く射ろ!」

 返事をする間も惜しんで矢をつがえた。矢が六角義賢の背中に向けられ、弦がギリッと引き絞られた瞬間、ぱーんと間延びした音が鳴り響いた。矢は放たれる事なく、前のめりに倒れた弓を構えた武者は馬から滑り落ちた。
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