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十河一存 3
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「急いでください」
目の前で繰り広げられていた戦いを呆けたように眺めていたが、後ろから軽く背中を叩かれ、慌てて足を前に出した。
握りこぶしよりも大きな丸い石が積み重なって、真っ直ぐ走っているつもりでもふらふらと左右に頭が振れる。同じく丸い石を蹴って激しく音を立てる戦いの様子が気にはなったが、正面と足元に集中しなければ、とても前へは進めなかった。
今すべき事は走るだけだと言い聞かせるように、気をそらさぬよう懸命に走った。
それでも足を取られそうになって、体勢を立て直し次の石にしっかりと足を置くと、足元の石が少し大きくなっている。その先には、さらに大きな石があり、その向こうには、底が見通せない水の流れがあった。
「その先です」
とても渡れそうにない川の流れに足を止めようとすると、すぐ後ろから軽く肩を押された。大きめの平らな石の上へ追いやられたが、真向かいに小舟が浮かんでいた。
(別行動していた後藤賢豊の漕ぐ船だ。)
戦場の中を見つからない様に川をさかのぼって来たのか、それともと近場で新しい船を手に入れたのだろうか?
考えるよりも先に足が平らな岩を踏み切った。十分寄せられていたため、大袈裟に飛ぶ必要もなかったが、船に飛び乗るとバランスを崩さないように縁に手を底に膝をついた。
水面に映る自分の顔と見合いながら落ちなかった事にほっと溜息をついたが、直ぐ振り向いて三雲成持が飛び乗る場所を開けた。飛び乗る衝撃に備えようと縁を掴んで見回したが川岸には誰の姿もなかった。
岩の向こうで争う物音が聞こえている。
加勢に行ったのだろうか?
戦いの様子が気になったが、岸からは小さな小石が敷き詰められたなだらかな河原も、水面から眺めれば大きな岩が目隠しとなり良く見通せはしない。岸に上がるのも場所を選ばなければ苦労しそうなほど起伏に富んでいた。
立ち上がる訳にも行かず、船の底に座ったまま背筋を伸ばして岸を覗き込んだが、何ほど見える景色が変わる物でもない。聞こえてくる硬い物のぶつかり合う音や切れ切れの叫び声が余計に不安を募らせるだけだった。
突然、頭上から降り注ぐ眩しい光を何かが遮った。反射的に顔を上げたが、逆光の光を切り取った真っ黒な四角い影としか見えなかった。
影を縁取る光の眩しさに目を閉じ、もう一度開けた時には、それは船の舳先につま先をついていた。
とんっと、小石でも転がったかのような軽い音でそこに立っていたのは六角義賢だった。体重は足利義藤の倍はあるはずだったが、船も僅かに揺れただけ、まるで重さを感じさせずに舳先に立ったまま抜身の剣で空を切って鞘にしまった。
「船頭のおかげですよ」
不思議そうに見上げたのに気づいて、口元に笑みを作りながら言った。
「このまま上流に進めば、近江までそう時間もかかりません……」
話しながらも急に表情が厳しくなり視線を岸へ向けた。義藤もつられて視線を動かしたが、特に何がある訳でもなかった。それより船の揺らさず飛び移った方法の方が気になって、六角義賢の方をちらちらと見ながら問いかけようとしていたが、いざ口に出した疑問は別だった。
「三雲成持たちは、無事なんですか?」
「ええ……、彼らなら船に乗るより安全ですし……」
仲間の無事を確認する当然の問いのはずが、視線を岸から離さず、うわの空であるような返事が返ってくる。もう一度岸を眺めても、ごつごつした岩が並んでいるだけだ。何があるのか尋ねようと、振り返ると、六角義賢が刀を抜いていた。
声をかける前に石が跳ね飛ばされる音に呼び戻された。
もう尋ねるまでもなく義藤も追手の存在に気づいた。さほど多くはない、騎馬武者が数人と言ったところだが、上流に向かう船の速度では簡単に追いつかれ、岸から矢を放たれれば、身を隠す場所のない水面の小舟は格好の的だった。
先頭の騎馬武者が馬上で弓を構える。頭を低くして矢の当たる面積を少しでも小さくしようとしたが、舟を漕ぐ後藤貴豊も六角義賢も立ち上がったまま動こうとはしない。
そして、突き出した右手で握った刀を目の高さで水平に構え、刀身の中央辺りに左手で指を立てて添える。
そうやって相手との距離と方向を測っているのだ。
飛び道具は放たれれば目で追える速度ではないが、真っ直ぐに飛ぶ法則からは逃れられない。正確な距離と撃ち出された方向さえ分かれば点を線で結べる。それならば避ける事は容易。熟練の者なら飛んで来る矢を空中で斬る事も可能だった。
揺れる舟板の上でも六角義賢ならば防げるのではないだろうかと思ったが、追手の数が増し、防ぎきれないほどの矢を射かけられるのではないかとも思えた。
だが、川岸から一本の矢も飛んで来ることはなかった。
先頭の馬が嘶いて棹立ちになり乗り手を河原の石の上へ落とすところが見えた。足を取られて自滅した訳ではない。弓を構え足だけで馬を操っていれば、石礫程度で簡単に落馬させる事も出来る。それが、三雲成持たちが船に乗らずに残った訳だった。
追手を振り切れば、後は頭上からの光を遮る物がないのが唯一の問題でもあるかのように静かなものだった。足利義藤は水面に反射する光に目を細めながら、跳んで来る矢を次々と切り落とす六角義賢の剣技を見られなかった事を少し残念に思っていた。
目の前で繰り広げられていた戦いを呆けたように眺めていたが、後ろから軽く背中を叩かれ、慌てて足を前に出した。
握りこぶしよりも大きな丸い石が積み重なって、真っ直ぐ走っているつもりでもふらふらと左右に頭が振れる。同じく丸い石を蹴って激しく音を立てる戦いの様子が気にはなったが、正面と足元に集中しなければ、とても前へは進めなかった。
今すべき事は走るだけだと言い聞かせるように、気をそらさぬよう懸命に走った。
それでも足を取られそうになって、体勢を立て直し次の石にしっかりと足を置くと、足元の石が少し大きくなっている。その先には、さらに大きな石があり、その向こうには、底が見通せない水の流れがあった。
「その先です」
とても渡れそうにない川の流れに足を止めようとすると、すぐ後ろから軽く肩を押された。大きめの平らな石の上へ追いやられたが、真向かいに小舟が浮かんでいた。
(別行動していた後藤賢豊の漕ぐ船だ。)
戦場の中を見つからない様に川をさかのぼって来たのか、それともと近場で新しい船を手に入れたのだろうか?
考えるよりも先に足が平らな岩を踏み切った。十分寄せられていたため、大袈裟に飛ぶ必要もなかったが、船に飛び乗るとバランスを崩さないように縁に手を底に膝をついた。
水面に映る自分の顔と見合いながら落ちなかった事にほっと溜息をついたが、直ぐ振り向いて三雲成持が飛び乗る場所を開けた。飛び乗る衝撃に備えようと縁を掴んで見回したが川岸には誰の姿もなかった。
岩の向こうで争う物音が聞こえている。
加勢に行ったのだろうか?
戦いの様子が気になったが、岸からは小さな小石が敷き詰められたなだらかな河原も、水面から眺めれば大きな岩が目隠しとなり良く見通せはしない。岸に上がるのも場所を選ばなければ苦労しそうなほど起伏に富んでいた。
立ち上がる訳にも行かず、船の底に座ったまま背筋を伸ばして岸を覗き込んだが、何ほど見える景色が変わる物でもない。聞こえてくる硬い物のぶつかり合う音や切れ切れの叫び声が余計に不安を募らせるだけだった。
突然、頭上から降り注ぐ眩しい光を何かが遮った。反射的に顔を上げたが、逆光の光を切り取った真っ黒な四角い影としか見えなかった。
影を縁取る光の眩しさに目を閉じ、もう一度開けた時には、それは船の舳先につま先をついていた。
とんっと、小石でも転がったかのような軽い音でそこに立っていたのは六角義賢だった。体重は足利義藤の倍はあるはずだったが、船も僅かに揺れただけ、まるで重さを感じさせずに舳先に立ったまま抜身の剣で空を切って鞘にしまった。
「船頭のおかげですよ」
不思議そうに見上げたのに気づいて、口元に笑みを作りながら言った。
「このまま上流に進めば、近江までそう時間もかかりません……」
話しながらも急に表情が厳しくなり視線を岸へ向けた。義藤もつられて視線を動かしたが、特に何がある訳でもなかった。それより船の揺らさず飛び移った方法の方が気になって、六角義賢の方をちらちらと見ながら問いかけようとしていたが、いざ口に出した疑問は別だった。
「三雲成持たちは、無事なんですか?」
「ええ……、彼らなら船に乗るより安全ですし……」
仲間の無事を確認する当然の問いのはずが、視線を岸から離さず、うわの空であるような返事が返ってくる。もう一度岸を眺めても、ごつごつした岩が並んでいるだけだ。何があるのか尋ねようと、振り返ると、六角義賢が刀を抜いていた。
声をかける前に石が跳ね飛ばされる音に呼び戻された。
もう尋ねるまでもなく義藤も追手の存在に気づいた。さほど多くはない、騎馬武者が数人と言ったところだが、上流に向かう船の速度では簡単に追いつかれ、岸から矢を放たれれば、身を隠す場所のない水面の小舟は格好の的だった。
先頭の騎馬武者が馬上で弓を構える。頭を低くして矢の当たる面積を少しでも小さくしようとしたが、舟を漕ぐ後藤貴豊も六角義賢も立ち上がったまま動こうとはしない。
そして、突き出した右手で握った刀を目の高さで水平に構え、刀身の中央辺りに左手で指を立てて添える。
そうやって相手との距離と方向を測っているのだ。
飛び道具は放たれれば目で追える速度ではないが、真っ直ぐに飛ぶ法則からは逃れられない。正確な距離と撃ち出された方向さえ分かれば点を線で結べる。それならば避ける事は容易。熟練の者なら飛んで来る矢を空中で斬る事も可能だった。
揺れる舟板の上でも六角義賢ならば防げるのではないだろうかと思ったが、追手の数が増し、防ぎきれないほどの矢を射かけられるのではないかとも思えた。
だが、川岸から一本の矢も飛んで来ることはなかった。
先頭の馬が嘶いて棹立ちになり乗り手を河原の石の上へ落とすところが見えた。足を取られて自滅した訳ではない。弓を構え足だけで馬を操っていれば、石礫程度で簡単に落馬させる事も出来る。それが、三雲成持たちが船に乗らずに残った訳だった。
追手を振り切れば、後は頭上からの光を遮る物がないのが唯一の問題でもあるかのように静かなものだった。足利義藤は水面に反射する光に目を細めながら、跳んで来る矢を次々と切り落とす六角義賢の剣技を見られなかった事を少し残念に思っていた。
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