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児島の戦い 小早川隆景と毛利水軍
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さらに潮が満ち、海水が乾いた島を侵食し始めると、小さな島を囲んでいる海賊の攻撃が強まった。
矢を放ち反撃する余力もなくなると、包囲を狭め始める。率いた兵の全体から見れば、はぐれた少数の兵の敗北など問題にはならない。だが、それが目の前で殺されるのを何も出来ず眺めているだけなのは、軍全体の士気に関わる。
何としても救出する手段を取らなければ、例え、それが失敗に終わるとしても。
直家が兵に号令をかけようとした時、見張りが大声を上げた。
「南より、城が、海に城が浮かんでいます!」
一斉にくぎ付けになる視線の先に、波の上に突き出る天守閣の屋根が見えた。だが、それは城ではない、立てられた板が壁のように連なり銃眼を備えた安宅船だ。
突き出た無数の櫂が生き物の足のように波打って動くと、海面を引き裂いて進み、村上海賊の小舟に矢と銃弾の雨を降らせた。
「あれは……味方なのか?……」
思わずため息のような言葉が漏れた。
「左三つ巴、小早川家の旗が立っております」
興奮を隠し切れない、見張りの報告が響いている。
「これが、小早川隆景の率いる毛利水軍なのか……」
波が打ち付ける岩の上に立って、目を背けられないと言った様子の直家は、助けられた安堵よりも、安宅船の異様な存在感に気圧されていたのだった。
海賊の小舟を蹴散らすと、安宅船はゆっくりと直家の居る島へと近づいてくる。喫水の深さから接岸するほどは寄れなかったが、声が届くところまで来ると見上げねばならなかった。
「宇喜多殿、ご無事であったか」
毛利家の水軍を掌握する小早川隆景が、船の舳先に軽く飛び乗ると大きく手を振った。鎧兜ではなく身軽な軽装で、日に焼けた顔と引き締まった腕が年齢よりも若く見せていた。
「御尽力かたじけない、小早川殿」
「船に上がられぬか? 今、迎えを出す」
「ありがたい申し出だが、私は兵を指揮して児島へ渡らねばならないので」
「では、俺がそちらに参ろう」
そう言い終わらぬ内に、舳先から海へ飛び込み、一息に島まで泳ぎ切った。
「村上の動きには気が付いていたが、満ち潮になるまで近づけなかったのだ。遅れて済まない」
「いえ、助かりました。これだけ見通しの良い場所で奇襲されるとは思わず、後手に回りました」
「海はそれほど平坦ではありませんからな。あの高さの安宅船が、波に隠れて見つからないのも、驚くべきことじゃない」
小早川隆景は自分の乗ってきた船の屋根を指さした。
たしかに、見上げるほどの高さだが、戦闘に加わる寸前まで誰も気づいてはいなかった。振り返った小早川隆景は、神妙な顔つきで話始めた。
「次に潮が引くのは、夜中になるだろう。安宅船が引き上げる時間を狙って、攻めて来るかもしれんが、児島まで渡り切る策はあるのか?」
「次の引き潮の内に渡り切る心算だ。少しばかり遅れていたが、向かわせていた水軍も、もうじき着く」
「ならば、渡った後の話だな。本太城は海と山に面した城だが、軍港を抑えられれば山城部分が分断されてしまうのだ。だから、俺の水軍の留守に襲われて、簡単に村上武吉の手に落ちてしまったんだが」
「相手の水軍をいかに誘い出すかか……。我々が海岸沿いの道を進軍しよう。門を守るだけでは防ぎきれないと分かれば、海からも攻撃を仕掛けて来るだろう」
「その水軍を俺が仕留める?」
「いや、そこには戸川通安を向かわせよう。小早川隆景殿には、軍港を抑えてもらいたい。うちの水軍では海戦は出来ても、港の制圧には不向きだからな」
「分かった。まぁ、そのための安宅船だからな。他に何かあるか?」
「そうだな、潮が引き始めるまでに、隣の島に分断された部隊をこちらに運んでもらえないかな」
「おう、それは任してくれ」
小早川隆景は、軽く手を上げたと思ったら急に走り出し、派手にしぶきを上げて海へ飛び込んだ。次に海面から顔を出すと、もう船の側で、垂れ下がった綱に手をかけて登り始めていた。本人の前では表に出さないようにしていたが、魚に負けぬ泳ぎに舌を巻かずにはいられなかった。
「水中をあれだけ自在に動ければ、船にも負けぬか……」
矢を放ち反撃する余力もなくなると、包囲を狭め始める。率いた兵の全体から見れば、はぐれた少数の兵の敗北など問題にはならない。だが、それが目の前で殺されるのを何も出来ず眺めているだけなのは、軍全体の士気に関わる。
何としても救出する手段を取らなければ、例え、それが失敗に終わるとしても。
直家が兵に号令をかけようとした時、見張りが大声を上げた。
「南より、城が、海に城が浮かんでいます!」
一斉にくぎ付けになる視線の先に、波の上に突き出る天守閣の屋根が見えた。だが、それは城ではない、立てられた板が壁のように連なり銃眼を備えた安宅船だ。
突き出た無数の櫂が生き物の足のように波打って動くと、海面を引き裂いて進み、村上海賊の小舟に矢と銃弾の雨を降らせた。
「あれは……味方なのか?……」
思わずため息のような言葉が漏れた。
「左三つ巴、小早川家の旗が立っております」
興奮を隠し切れない、見張りの報告が響いている。
「これが、小早川隆景の率いる毛利水軍なのか……」
波が打ち付ける岩の上に立って、目を背けられないと言った様子の直家は、助けられた安堵よりも、安宅船の異様な存在感に気圧されていたのだった。
海賊の小舟を蹴散らすと、安宅船はゆっくりと直家の居る島へと近づいてくる。喫水の深さから接岸するほどは寄れなかったが、声が届くところまで来ると見上げねばならなかった。
「宇喜多殿、ご無事であったか」
毛利家の水軍を掌握する小早川隆景が、船の舳先に軽く飛び乗ると大きく手を振った。鎧兜ではなく身軽な軽装で、日に焼けた顔と引き締まった腕が年齢よりも若く見せていた。
「御尽力かたじけない、小早川殿」
「船に上がられぬか? 今、迎えを出す」
「ありがたい申し出だが、私は兵を指揮して児島へ渡らねばならないので」
「では、俺がそちらに参ろう」
そう言い終わらぬ内に、舳先から海へ飛び込み、一息に島まで泳ぎ切った。
「村上の動きには気が付いていたが、満ち潮になるまで近づけなかったのだ。遅れて済まない」
「いえ、助かりました。これだけ見通しの良い場所で奇襲されるとは思わず、後手に回りました」
「海はそれほど平坦ではありませんからな。あの高さの安宅船が、波に隠れて見つからないのも、驚くべきことじゃない」
小早川隆景は自分の乗ってきた船の屋根を指さした。
たしかに、見上げるほどの高さだが、戦闘に加わる寸前まで誰も気づいてはいなかった。振り返った小早川隆景は、神妙な顔つきで話始めた。
「次に潮が引くのは、夜中になるだろう。安宅船が引き上げる時間を狙って、攻めて来るかもしれんが、児島まで渡り切る策はあるのか?」
「次の引き潮の内に渡り切る心算だ。少しばかり遅れていたが、向かわせていた水軍も、もうじき着く」
「ならば、渡った後の話だな。本太城は海と山に面した城だが、軍港を抑えられれば山城部分が分断されてしまうのだ。だから、俺の水軍の留守に襲われて、簡単に村上武吉の手に落ちてしまったんだが」
「相手の水軍をいかに誘い出すかか……。我々が海岸沿いの道を進軍しよう。門を守るだけでは防ぎきれないと分かれば、海からも攻撃を仕掛けて来るだろう」
「その水軍を俺が仕留める?」
「いや、そこには戸川通安を向かわせよう。小早川隆景殿には、軍港を抑えてもらいたい。うちの水軍では海戦は出来ても、港の制圧には不向きだからな」
「分かった。まぁ、そのための安宅船だからな。他に何かあるか?」
「そうだな、潮が引き始めるまでに、隣の島に分断された部隊をこちらに運んでもらえないかな」
「おう、それは任してくれ」
小早川隆景は、軽く手を上げたと思ったら急に走り出し、派手にしぶきを上げて海へ飛び込んだ。次に海面から顔を出すと、もう船の側で、垂れ下がった綱に手をかけて登り始めていた。本人の前では表に出さないようにしていたが、魚に負けぬ泳ぎに舌を巻かずにはいられなかった。
「水中をあれだけ自在に動ければ、船にも負けぬか……」
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