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近江八幡の戦い
甲賀の望月
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日が沈み始めた頃になって、ようやく柵を並べ終え、陣の形を整える事が出来た。
もう大規模な野戦に向く時間ではない。夜襲を警戒する歩哨は立てるが、ほとんどの兵は休息に入り、陣幕の内側には、多賀高忠や小笠原家長などの主だった者たちが集まって軍議を開いている事だろう。
いよいよ城を目の前にして大規模な戦が起こる。
だが、経久たちは、戦の緊張が高まる陣をこっそりと抜けだして南へ向かっていた。
「こんなに簡単に抜け出せるとは、ちゃんと警戒しているのか心配になるな」
川沿いの草むらに身を隠し進みながら華模木がつぶやいた。
「俺たちの泥だらけの格好で、敵と戦ったと思ったのだろう。勝手に動いているのに気づいても、剣を交えてきた相手に口出し出来はしない。掃部ノ介殿も見て見ぬ振りをするのさ」
「しかし、敵の城を目の前にして陣を離れるのは、まずくないのか?」
「高家が俺たちの分も頑張ってくれるから問題ないだろ」
「そいつは、また……。旦那から何か、貰う時は気を付けるよ……」
そう言いながらも、肩が小刻みに揺れる。声を押し殺して笑っていた。
大剣を担いで陣に入った高家は、足軽たちの度肝を抜いていた。あれなら、立っているだけで十分目立つだろう。
「そろそろ、甲賀望月家の屋敷が見えて来るはずだ」
「甲賀の忍か」
「しのび? まぁ、鎌倉時代から土地に根付いている豪族だから他家の争いに加わらずにいるが、いずれは動かねばならんだろうな」
「味方じゃないのか?」
「小笠原家とは縁があるが、京極家のどちらにも味方していない。だからこそ、宗祇先生が宿に定めたのだろう」
先の河原に灯りが見える。ほぼ同時に、身を屈め、口を閉ざす。気配を殺しながら近づくと、それは河原に一人で不安そうにしている宗祇の門弟だった。
「……出迎えか」
影から立ち上がると、門弟は驚いて目を見開いたが、直ぐに相手が誰か気づいて大きくため息をついた。
「経久様、お待ちしておりました」
「こんな場所に一人で出迎えか?」
「はい、直ぐに宗祇先生の所へ……」
「直ぐに向かおうかと思っていたんだが、望月屋敷は対岸じゃなかったか?」
門弟は慌てて首を振った。
「駄目です。望月屋敷に行ってはなりません」
「どういう事だ」
「先生も、美濃へ向かう山道でお待ちです。直ぐに追ってください」
「だから、何があったんだと、聞いている」
出発を急かそうとする門弟の態度を不審に思い、少しばかり警戒を強めると、兎のように怯え震え出した。
「あまり脅かすと話したくても話せないだろ? 旦那。彼方を持ってることを忘れえちゃいけないぜ」
華模木の助け舟に大きく何度もうなずいて息を整えると、直ぐにこの場を離れたいかのように話し始めた。
「あ、ああ、あの大変なんです。六角高頼が斯波義廉(しばよしかど)の支援を受けて兵を進めようとしているんです。近江八幡の戦いで京極家が傷ついた所を襲うつもりなんです」
近江守護職を取り戻そうとする六角家に、近江を京極政経に抑えられては、東軍の中に孤立してしまう西軍の斯波義廉。信じるに値する情報だが、騙すにもこれ以上の話はない。
「本当か? それを誰から聞いた?」
「弟子なのだから、先生に聞いたと言うんじゃないか?……」
先回りして華模木が答える。もっともな話だ。
「……望月家は、味方ではないんだろ? そこに、敵である六角家と斯波家が出てくるとなると、嘘か本当か知らないが出来る限り近づかない方がいいぞ」
「探りをかけると、いらぬ敵が出てくるか」
「六角家が京極家の争いの漁夫の利を狙っているのなら、動き出すのは決着がついてからだ」
「それまでに、確かめればいい訳か」
「そういう事」
華模木が門弟の手から灯りを取り上げると、声を潜めた。
「……先に行け」
黙ってうなずいて、河原から離れる経久たちの姿を見送ると、灯りをゆっくり動かして川沿いを歩き、草むらに近づいてから川に投げ込んだ。
もう大規模な野戦に向く時間ではない。夜襲を警戒する歩哨は立てるが、ほとんどの兵は休息に入り、陣幕の内側には、多賀高忠や小笠原家長などの主だった者たちが集まって軍議を開いている事だろう。
いよいよ城を目の前にして大規模な戦が起こる。
だが、経久たちは、戦の緊張が高まる陣をこっそりと抜けだして南へ向かっていた。
「こんなに簡単に抜け出せるとは、ちゃんと警戒しているのか心配になるな」
川沿いの草むらに身を隠し進みながら華模木がつぶやいた。
「俺たちの泥だらけの格好で、敵と戦ったと思ったのだろう。勝手に動いているのに気づいても、剣を交えてきた相手に口出し出来はしない。掃部ノ介殿も見て見ぬ振りをするのさ」
「しかし、敵の城を目の前にして陣を離れるのは、まずくないのか?」
「高家が俺たちの分も頑張ってくれるから問題ないだろ」
「そいつは、また……。旦那から何か、貰う時は気を付けるよ……」
そう言いながらも、肩が小刻みに揺れる。声を押し殺して笑っていた。
大剣を担いで陣に入った高家は、足軽たちの度肝を抜いていた。あれなら、立っているだけで十分目立つだろう。
「そろそろ、甲賀望月家の屋敷が見えて来るはずだ」
「甲賀の忍か」
「しのび? まぁ、鎌倉時代から土地に根付いている豪族だから他家の争いに加わらずにいるが、いずれは動かねばならんだろうな」
「味方じゃないのか?」
「小笠原家とは縁があるが、京極家のどちらにも味方していない。だからこそ、宗祇先生が宿に定めたのだろう」
先の河原に灯りが見える。ほぼ同時に、身を屈め、口を閉ざす。気配を殺しながら近づくと、それは河原に一人で不安そうにしている宗祇の門弟だった。
「……出迎えか」
影から立ち上がると、門弟は驚いて目を見開いたが、直ぐに相手が誰か気づいて大きくため息をついた。
「経久様、お待ちしておりました」
「こんな場所に一人で出迎えか?」
「はい、直ぐに宗祇先生の所へ……」
「直ぐに向かおうかと思っていたんだが、望月屋敷は対岸じゃなかったか?」
門弟は慌てて首を振った。
「駄目です。望月屋敷に行ってはなりません」
「どういう事だ」
「先生も、美濃へ向かう山道でお待ちです。直ぐに追ってください」
「だから、何があったんだと、聞いている」
出発を急かそうとする門弟の態度を不審に思い、少しばかり警戒を強めると、兎のように怯え震え出した。
「あまり脅かすと話したくても話せないだろ? 旦那。彼方を持ってることを忘れえちゃいけないぜ」
華模木の助け舟に大きく何度もうなずいて息を整えると、直ぐにこの場を離れたいかのように話し始めた。
「あ、ああ、あの大変なんです。六角高頼が斯波義廉(しばよしかど)の支援を受けて兵を進めようとしているんです。近江八幡の戦いで京極家が傷ついた所を襲うつもりなんです」
近江守護職を取り戻そうとする六角家に、近江を京極政経に抑えられては、東軍の中に孤立してしまう西軍の斯波義廉。信じるに値する情報だが、騙すにもこれ以上の話はない。
「本当か? それを誰から聞いた?」
「弟子なのだから、先生に聞いたと言うんじゃないか?……」
先回りして華模木が答える。もっともな話だ。
「……望月家は、味方ではないんだろ? そこに、敵である六角家と斯波家が出てくるとなると、嘘か本当か知らないが出来る限り近づかない方がいいぞ」
「探りをかけると、いらぬ敵が出てくるか」
「六角家が京極家の争いの漁夫の利を狙っているのなら、動き出すのは決着がついてからだ」
「それまでに、確かめればいい訳か」
「そういう事」
華模木が門弟の手から灯りを取り上げると、声を潜めた。
「……先に行け」
黙ってうなずいて、河原から離れる経久たちの姿を見送ると、灯りをゆっくり動かして川沿いを歩き、草むらに近づいてから川に投げ込んだ。
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