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こんな時間になるとは思わなかった。
隣では不機嫌な顔で運転する主人。
周りの運転者への罵りをぶつぶつと言っている。

そもそもお前が買い物に行きたいなんて言い出さなければ‥

初めてのスーパーの底値に興奮してあれやこれやと買い物かごに入れに来てた貴方がそう言いますか。

私は牛乳が欲しかっただけで‥それに貴方は目新しいスーパーに行ったら楽しいと思って‥

事実、あんなにはしゃいでた癖に
慣れないスーパーの立体駐車場に手こずって気候は天から地へと急降下した。

私の仕事定時を終えてからの買い物は少しはしゃぐと周りが暗くなる時間になった。

こんな暗い中、黒い服装で出歩く人間の気がしれない。轢いて良いかと問う彼に

人は服でも生き方でも色んな事情があるかも知れないからとりあえず轢かない様に注意しようと促す私。

どうせ轢く気も無い癖に納得のいかない変わらずの機嫌の悪さで一つ大きなため息をついた。

人気の無い道だった。
細い道なのに不機嫌なままスピードを上げる。

遠くにうっすら黒い影が見えた。
その真っ黒な影。

気がつかない隣の彼。

一緒、早いスピードで近づいた影の表情が見えた。

幸せそうに笑っていた。
わりぃ、わりぃと言いたげに顔の前で手を合わしていた。

衝撃。

轢かれた影、車内に響き渡る罵詈雑言。
俺は悪く無いと繰り返す不機嫌な彼。
どうしてお前が気がつかなかったのかと責め立てる。

一向に車を降りる気配もなく。
確認する気配もなく、ただ責め立てる。
自分以外の全てを。

私はため息をつき車を降りた。
夢ではなく、人の体はアスファルトに転がっていた。

動きはしない。

救急車に連絡しようと思って携帯を取り出した時に脳裏を掠める影の表情。

助かりたい‥のか?
死にたかったんじゃないのか?

不意に車の扉がして主人が降りてくる。
脳内会議が終わり1番気持ちの良い答えが出たらしい。

悪戯をしている子どもの様に彼は言った。

君が轢いた事にしよう。
そうしたら俺の仕事にも支障はない。
俺がまた無職になって困るのは君だろう?

これが最善なんだ。


私は動かない塊を見て羨ましくなった。

本当は主人がこうなるのが1番良いのに。

彼だけに留まらず、自分本位で生き、子どもの様に喚き散らした人間の言い分が通り、我々空気を読み、平和に真面目に暮らそうと思っている人間がいつだってこう追い込まれるのだ。

そして生きて行けなくなる。
多分、この人は助かりたくは無い。

国が悪いのか?
社会が悪いのか?

抗ってきたつもりだけど、どこに行ってもこうなるのだ。

多分、自分が悪いのだろうな。


何か囃し立てる彼を置いて
私はふらりと国道へ。

なるだけ肌を隠す様にして
車道に飛び出す。

笑みが堪えきれない。
ただ、車には大変申し訳ない。

手を合わせて、さようなら。

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